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第五話 ミツバとソウジ


 スギノとハジメは、ほぼ同時に鞄からスマートフォンを取り出した。

 そして画面に目を落とす。二人の目が僅かに細くなった。読んでいくにつれて、スギノは眉間にシワを寄せている。

 家族からの連絡でこうはならない。たぶん仕事の連絡なのだろう。

 二人同時のところを見るに、同じ内容なのだろう。そう思いながらミツバが見ていると、一通り読み終えたらしいスギノがハァ、とため息を吐いた。


「まったく。今日は大事な用事があるから、仕事を振って来るなと言っておいたのに……」

「俺もだよ。たぶん、お前と入れ替わりでユキノが出張に出たからだろうなぁ」

「一人で三人分くらい働くからな、あの子は……」

「若いよなぁ……。さて、現場は微妙に近いが、どうする?」

「…………」


 苦笑気味のハジメがそう聞くと、スギノは難しい顔で考え込み始めた。

 ややあって、ミツバの方へ顔を向ける。見ていると、義父の顔がだんだんと申し訳なさそうな表情になってきた。


「ミツバ……」

「大丈夫ですよ、お父様。ここで待っていますから、お仕事へ行って下さい」

「すまない……。決して、お前より仕事が大事というわけではないんだ」

「いえいえ。お仕事は大事ですし。それにお仕事へ行くお父様は格好良いですよ」

「そ、そうか!」


 どこか、しゅん、としたスギノにそう言えば、少し表情が明るくなった。

 表情の変化は薄い義父だが、顔に出ないだけで喜怒哀楽はしっかりある。その事にミツバが気付いたのは、引き取られて半年たった頃の事だ。

 懐かしいなぁなんて思いながら、そんなやり取りをしていると、ハジメが何となく羨ましそうな目をしていた。

 彼はそのままバッとソウジの方へ顔を向ける。何か期待しているような顔だ。


「ソウジ……」

「行ってらっしゃい」

「もう一声欲しかったぁ!」


 ちょっと思っていたのと違ったらしい。

 笑顔で短く言い切ったソウジに、ハジメは肩を落とした。


「うだうだ言っていないで行くぞ、ハジメ。さっさと済ませて戻って来たい」

「お前だってうだうだ言っていたじゃんよ。何なら俺より言っていたじゃんよ」


 口を尖らせたハジメの言葉をスルーして、スギノはミツバとソウジを順番に見る。


「ミツバ、それからソウジ君。出来る限り早く済ませて来るから、ここで待っていてくれ。マスターにも話しておく。もし時間が掛るようなら、また電話をするから」

「はい。気を付けてくださいね、お父様、ハジメさん」

「戻るのが難しい時は、ちゃんと家までお送りしますので安心してください」


 ソウジが手を胸に当てにこりと微笑むと、スギノは軽く目を見張った後、


「……君はハジメよりしっかりしているな。よろしく頼む」


 と言った。その言葉にハジメは、


「えっ俺そんなにちゃらんぽらん……?」


 と軽くショックを受けていたが。

 そうして二人揃って店を出て行った。


「祓い屋のお仕事って忙しいんですねぇ」


 彼らの背中を見送りながら、ミツバはそう呟く。

 スギノが出張によく出ている事から、忙しい仕事なのだろうなと思っていたが、休日にも呼び出されている姿を見ると、改めてそう思ったのだ。

 ミツバの言葉にソウジが頷く。


「そうですね。祓い屋の仕事は資格が必要なものなので、人数もそう多くはないんですよ。まぁ、それ以外にも理由はあるんですが」

「なるほど……。あ、だからお父様はよく出張に出るんですね」

「ええ。他の区で人手が足りない時、応援に呼ばれるんです。吾妻さんは腕が良いと評判ですから」

「お父様が褒められるのは嬉しいですけれど、その分、大変そうなのは少し複雑ですねぇ」

「そうですねぇ。もう少し人数を増やす事が出来たら、それが一番なんでしょうけれど……」


 そう教えてくれたソウジの声には、少し苦さが混じっていた。何やらややこしい事情も絡んでいそうだ。

 鬼人や祓い屋という仕事にも色々あるらしい。そういう辺りは種族が違っても同じなのだな、とミツバが考えていると、


「おまたせしました、お嬢さん。本日のおすすめです」


 『月猫』のマスターのカオルが、ミツバの注文を持って来てくれた。

 柔和な笑顔を浮かべたカオルはテーブルの上に、

 でーん、

 と大変可愛らしいチョコレートパフェと、温かいほうじ茶を置いてくれた。

 大きい。意外と大きい。

 まず第一印象がそれだった。

 そしてアイスやチョコレート、バナナなどが、猫の形になっていて、とても可愛らしい。

 大きいは大きいが、食べきれない量でもなさそうなのが絶妙である。

 ミツバは、おお、と目を輝かせた。


「可愛いですね、わあ……!」

「いやぁ、久しぶりにおすすめをご注文いただいたので、楽しくて気合いを入れてみました」

「これはすごいですね。どの角度から見ても可愛いです、さすがはマスター」

「ふふ。お褒めに預かり光栄です。それでは、ごゆっくりお召し上がりください」


 カオルはそう言って胸に手を当てて軽く頭を下げると、またカウンターの方へと戻って行った。

 ミツバは「ありがとうございます」とお礼を言ってから、パフェを眺め始める。

 上から見て、下から見て、右から見て、左から見て。

 わー、わー、と小さく呟きながらパフェを見るミツバを、ソウジは面白そうに見つめていた。


「これ、姉さんにも見せてあげたいな……」

「写真を撮ってはいかがですか?」

「いえ、これはぜひ、実物で驚きを感じて欲しいです」

「ふふふ。……なるほど、これはツバキさんが自慢する気持ちが分かります」

「姉さんが?」

「ええ。うちの妹は可愛いのよって。最近だと、婿養子だからギリ許すけど節度を守ってお付き合いしてよね、と言われましたね」

「まだ婚約前なのに、姉さんったら」

「ミツバさんが大事なのが伝わってきましたよ」


 そう言ってソウジは自分が注文した珈琲を飲んだ。ふわり、と良い香りがする。

 ミツバもスプーンを手に取って、パフェを食べ始めた。

 猫の部分を崩してしまうのが何となくもったいなくて、端の方のアイスを掬う。チョコレートアイスだ。口に運んでみると、思ったよりも甘さが控えめでさっぱりしていて食べやすい。


(さすがおすすめ、美味しい)


 そうミツバがほくほくした気持ちになっていると、ふふ、とソウジが小さく笑う声が聞こえた。


「ミツバさんは甘いものがお好きですか?」

「はい。というより、甘いものも辛いものも含めて、料理全般が好きですねぇ」

「おや、もしかして好き嫌いがない?」

「そうですねぇ。今まで食べた物はどれも美味しくいただけました」


 言われてみると、確かに「これが嫌い」という食べ物はなかったな、とミツバは思う。

 食べ物に関しては、食べられるか否かの方が自分にとって重要な気がする。


「良かった。なら、今度食事にお誘いしても、大丈夫そうですね」

「ソウジ君は結構、大人な感じですね」

「父が子供っぽいので、何となくそうなりました」

「なるほど……?」


 分かったような、分からないような。

 けれども、言葉からは少しからかうようなニュアンスを感じたので、家族仲が悪いわけでも、父親の事が苦手なわけでもなさそうだ。仲が良いのは何よりである、とミツバは笑う。


 その時、ふと、ソウジとの婚約について頭に浮かんで来た。婚約、つまり、いずれ家族になるという事だ。

 婚約の話自体は十和田家から来たものだが、一応、ソウジにちゃんと意思を確認した方が良いだろう。

 そう思ったので、ミツバは彼に聞いてみる事にした。


「ところでソウジ君は私と婚約になって、本当によろしいので?」

「はい。こちらからお願いした事ですし」

「あなたにちゃんとメリットがありますか?」

「ありますよ。ミツバさんは天秤体質の事をご存じですか?」

「あ、はい。父から聞きました」

「それは何より。実は僕、鬼人としての力が不安定で、暴走しがちなんです。ですから、天秤体質のミツバさんの傍にいられるというのは、メリットしかないんですよ」

「なるほど……。その辺りは人間の私にはよく分かりませんが、大変ですね。ですがメリットがあって納得されているなら良かったです」


 なら問題ないね、とミツバが頷いていると、ソウジがぱちぱちと目を瞬いていた。


「……」

「ソウジ君、どうしました?」

「いえ、少し意外だったので。ミツバさんは恋とか愛とか、そういう話をされないんだなって」


 ああ、とミツバは呟いた。

 確かにミツバ達くらいの年齢ならば、恋愛の話に興味を持ってもおかしくはない。

 しかしながらミツバはそういった事に興味が薄い方だった。


「お互いに上手くやれるなら、恋とか愛とかは特に。……その、そういうのを期待されていたら申し訳ないのですが」

「いえいえ、その方が僕も気楽です。ミツバさんは面白そうな方ですし、ゆっくり仲良くなれたら嬉しいです」


 するとソウジも少しほっとした様子でそう言った。

 それならば良かったとミツバは思う。何となく、彼とは話が合いそうな気がする。

 そう考えていたら、


「邪魔するぜぇ!」


 突然、そんな声が響いたと同時に、硝子の割れる音が響く。

 音の方を見ればミツバ達の頭上にある天窓が蹴破られ、そこから何者かが勢いよく落下してきた。


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