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鬼人の養子になりまして~天秤の娘と鬼人の婚約者~  作者: 石動なつめ


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第三話 ミツバを引き取った理由


 恋とか愛というものにミツバはあまり興味がない。

 理由はやっぱり自分の両親を見ていたからだ。


 愛情があって結婚したはずの二人の仲は、彼女が物心ついた頃には冷え切っていたし、その時にはすでにお互いの愛情をそれぞれ別の人間へと向けていた。

 もちろんその愛情は、ミツバにひと欠片すらも与えられていなかった。


 だからミツバは恋する気持ちも、愛する気持ちもよく分からない。恋だの愛だのを口にする人を見て、何て薄っぺらいんだろうとすら思っている。


 だから――だからきっと自分は恋なんてしないだろう。



     ◇   ◇   ◇



「ところでお父様。どうして私に婚約のお話が来たんですか?」


 夕食を終えた後、どうしてもそこが気になったミツバは義父の書斎へと向かい、そう訊いてみた。何度考えてもやはり、自分が選ばれる理由が分からなかったからだ。


 吾妻家のためになるなら、どういう理由であれミツバは構わない。けれども婚約について十和田家と話をする席に、何も知らないまま座るわけにはいかない。だからその辺りをちゃんと知っておこうと、スギノに話を聞きに行ったのである。


 広々とした書斎の中央に置かれたソファに、テーブルを挟んで向かい合って座ったスギノは、膝の上で手を組むと、


「うちの娘は可愛いから、縁談が来るのは当然だが?」


 真顔でそう言い切った。うちの義父は大丈夫だろうかとミツバはちょっと思った。


「お父様、それは当然ではないですよ。そういうお話でしたらまず姉さんに縁談が殺到します。あんなに可愛い姉さんは他にはいません」

「確かにツバキも可愛い娘だ。しかしあいつは結婚相手の条件に、自分より強い奴以外は認めないと公言しているからな」


 スギノは如何ともし難いとため息を吐く。

 それについてはツバキ自身もよく言っているので、ミツバも知っている。


 そもそもの話、鬼人は基本的に、人間よりも体が大きく、頑強で、不思議な力を持っている。だからこそ古い時代からずっと、物事の判断基準が『力』であるのだ。

 そのため結婚相手にも強い相手をと望む者が多く、恋や愛で将来を決めるのは、今の時代になってから増えた考え方である。


 そしてツバキは前者だった。彼女自身、結婚願望自体はあるらしいが、それ以上に自分の力を試したいという気持ちの方が強いようで、結婚なんて二の次で、将来は自分もスギノのように祓い屋の仕事をするのだと意気込んでいる。


「ミツバはあたしの助手よ! いいわね、一緒にお仕事するのよ!」


 ミツバも幼い頃に義姉から、そう誘われたことがあった。わくわくした笑顔で夢を話すツバキは今思い出しても可愛らしい。そしてその誘いは今も有効のようで、ミツバは彼女から「事務所は家とは別に作った方がいいかしら?」なんて相談を受けたりもしている。


 ミツバとしても大好きな義姉と一緒に仕事が出来るのは楽しみだ。しかしミツバは祓い屋の使う特別な力はない。もし義姉と一緒に働くとすれば、事務方専門になるだろう。


(何かその辺りの資格を取ろう。簿記とかいるかしら)


「ミツバ、急にぼうっとしてどうした? 大丈夫か?」


 そうしているとスギノに呼びかけられ、ミツバはハッと我に返る。ツバキのことを考えていたら、気がそぞろになっていたようだ。


「失礼しました、お父様。うっかりツバキ姉さんとの将来について考えておりました」

「将来……?」


 ミツバの若干危うく聞こえかねない発言に、スギノは少しばかり怪訝そうな顔になった。もしかしなくとも言葉が足りなかったようだ。

 しかし、内容から考えると特に間違ってもいないので、ミツバは訂正するのをやめた。こういう部分、彼女はわりと大雑把なのだ。


「ところでお父様、話は戻りますが……鬼人のお相手に、ただの人間の名前が挙がるのは不自然だと思うのです」

「待ちなさい、ミツバ。前提が抜けている。お前も私の可愛い娘だ。だから縁談が来るのは当然で――」

「お父様、話が進まないのでそこはそっと横に置いておいてください。あとさすがに照れます」

「そうか、照れるのか……」


 何度も可愛い娘なんて言われるものだから、ミツバは頬が熱くなった。嬉しいのはもちろんだが、どうしようもなく照れくさい。だから正直にそう頼めば、スギノは目を瞬いて、柔らかく微笑んだ。


「まぁしかし、確かにお前の言う事は正しい。鬼人と人間が婚約をするのは、メリットのある場合がほとんどだからな」

「ですよねぇ。私相手にメリットって、何かあるんですか?」

「お前と結婚出来ることにメリットがないわけがないだろう。……だが、そうだな。鬼人の事情としてはあるには、あるが……」


 するとスギノにしては珍しく言葉を濁した。

 おや、とミツバは首を傾げる。


「何か良くない理由でも? ご安心を、ほぼまったく気にしません」

「お前は本当にそういう……いや、私の言い方も悪かったが、そうではない。その……メリットの部分が、私達がお前を引き取った理由の一つになっているんだ」


 スギノはそこまで言うと、言い辛そうに目を伏せた。


「ただ……それのためにお前を引き取ったと思われたくない。私達はお前と家族になりたかったから、引き取らせて欲しいと願ったのだ」

「なるほど?」

「……うちの娘、相変わらず反応が薄い」


 スギノはしょんぼりと肩を落とした。

 確かに淡泊な反応ではあったが、こと自分の話題になると、ミツバにはこれが普通なのだ。幼少期の影響で、普通になってしまったと言う方が正しいかもしれない。


 そんなミツバの様子を見て、スギノは観念したように話し始めた。


「……昔、道に迷ったツバキを助けてくれたことがあっただろう?」

「あ、はい。姉さん、大泣きしていましたね。とても可愛かったです」

「それを本人に言ったら、しばらく口をきいて貰えなくなるぞ」

「墓場まで持って行きます」


 ミツバは即座に口の前で、指でバッテンを作った。大好きな義姉に口をきいてもらえないだなんて、これ以上の罰があるのだろうか。いや、ない。

 想像して悲壮な気分になってしまったミツバは神妙な顔になる。


「お前は本当にツバキのことが大好きだな」

「私の自慢の姉さんですので。……あ、もちろんお父様とお母様も自慢ですよ」

「――……そ、そうか」


 ミツバがそう言うと、今度はスギノがちょっと照れた。その表情が義姉によく似ていて、ミツバはふふっと微笑んだ。


「あのことがきっかけで、お父様達は私を引き取って下さったんですよね」

「ああ、そうだ。あの時ツバキは精神的な面がとても不安定だった。それがお前と出会った後は落ち着いたのだ。それで色々と調べたところ――お前にはそこにいるだけで、周囲の力や負の感情、そして邪気等を整える『天秤』という体質であることが分かったんだ」

「ええと、天秤……?」

「まぁ、要は……そうだな。空気清浄機とか、ろ過装置とか、そんなイメージだ」

「なるほど……?」


 分かったような、分からないような。

 だがスギノの言葉の意味は、何となく伝わったのでミツバは頷く。


「鬼人には力が安定しない者がいる。だからこそ、ミツバのような体質の持ち主は貴重なんだ」

「自覚はありませんけれど、お父様達のお役に立てているなら嬉しいです」

「ああ……だが! だがな、ミツバ! 引き取ったのはお前がツバキを助けてくれた方が大きいからな! 私も、キキョウも、ツバキもだ! お前の優しさにどれほど救われたことか……!」


 くわっと目を見開いてスギノは言った。ちょっとムキになっている様子を見ると、どうやら心の底から、その体質とやらの話をするのが嫌だったらしいのが伝わってくる。


(気にしなくていいのにな)


 ミツバにとって吾妻家の家族は大事だし、何においても優先されるべき存在だ。彼らはいつだってミツバを気遣い、尊重して、大事にしてくれる。両親からいらないと捨てられたミツバにとってスギノ達の存在は、暗闇を照らす星のような標であり、心の支えなのだ。


「お父様、もちろん分かっておりますとも。お父様、お母様も、ツバキ姉さんも……かけがえのない大好きな家族です」


 だからミツバも素直な気持ちを言葉に乗せる。こうなれたのも全部、吾妻家の家族のおかげだ。

 するとスギノは目を瞬いて、それから微笑む。


「……もう一回」


 ついでにおかわりまで頼まれてしまって、ミツバは思わず「ふは」と噴き出したのだった。

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