第二話 婚約のお話
ミツバはあまり他人に執着しない子供だった。
どうしようもない自分の両親を近くで見ていたから、執着するほど期待しなかったという方が正しいかもしれない。
「ミツバさんって、掴みどころがないね」
学校ではそんな風に言われたこともあった。
だからきっと、自分は色々と薄いのだろうとミツバは思う。
他人を想う気持ちや、自分というものを外に出そうとする気力。そういうものがミツバにはあまりない。だから薄く感じさせてしまうのだろう。
ミツバはこれまで、あるがままにそこにいて、流されるままに生きてきた。それはきっと褒められることではないのだろうとも、彼女は自覚している。
――けれど、それでも運だけは良かった。
風に吹かれたススキのように、ただされるがままに生きてきただけの自分を、吾妻家の人達は養子として迎え入れてくれた。それはとても幸運で、ミツバにとってはこの上なく幸せなことだ。
だからミツバはいつか、自分が吾妻家の家族の役に立てることがあれば、何がなんでもしたいと思っている。
◇ ◇ ◇
「――ところでミツバ。私としてはまったくもって不満だし、伝えたくないことだが……お前と婚約したいという話が来ている」
夕食を終えて、まったりとした気持ちで四人が食後のお茶を飲んでいると、スギノがそんなことを言い出した。表情こそあまり変わっていないが、声は何とも嫌そうである。
「私に婚約のお話ですか?」
「ちょっと、お父様。それどこの馬の骨よ。ちゃんと処すから、ミツバの耳に入る前に私に教えてちょうだい」
「ツバキ、淑女はそのようなことを言うものではありませんよ。ですから――あなた、私が処しますから教えてくださる?」
ツバキとキキョウがしれっとした顔で、それでいて殺気混じりにそう言った。物騒にもほどがある。
「お母様、姉さん、処しては駄目」
「馬の骨を処して何が駄目なのよ?」
「そうですよ、馬の骨ですよ」
「そんなことをして、お二人に会えなくなることのほうが遥かに嫌ですよ」
この国の法律的に処するから連想されるあれこれは、どう考えてもアウトだ。二人も本気でやったりはしないだろうけれど、それでもこれまでの行動を考えると少々心配になって、ミツバがそう止める。すると二人は「うっ」と言葉に詰まった。
「そっ、それなら仕方がないわね! 処さないわ!」
「ええ! 仕方ありませんわね、命拾いしましたわ、その馬の骨は!」
そして二人は少し頬を赤くしながら早口でそう言った。
「…………」
するとスギノが何とも言えない顔で三人を見る。
「……あなた。自分も言っておけば良かったなどと、目で訴えるのはやめて下さい」
「だって、ずるいじゃないか。二人に会えなくなることが嫌などと……私だって、私だってミツバにそう言われたいのに……」
スギノは拗ねたように口を尖らせる。普段は格好良い家長だが、家族の前だけだとこうして可愛くなるのだから、まったく不思議なものである。
「お父様はお仕事でお忙しいのに、こうしてちゃんと帰ってきてくださって嬉しいです。お父様とお話が出来るの、ミツバはとても嬉しいし楽しいです」
「…………! そ、そうか!」
するとスギノは機嫌が直った様子で、何ともご機嫌にお茶を飲み始めた。
それから義父は少しして、
「……少し話がズレたが、ミツバと婚約したいと言ってきたのは、十和田家の三男坊だ」
「十和田……」
十和田という苗字にミツバは聞き覚えがあった。
「十和田と言うとお父様のお仕事仲間の、祓い屋の十和田さん……で合っていますか?」
そしてミツバはそう訊ねた。
『祓い屋』というのは、邪気という、生き物に病などの不調や害をもたらす悪いモノを祓うことを生業としている者達だ。吾妻家もそれである。
ただ立ち回り方は少し違っていて、簡単に言えば吾妻家は『攻め手』側の、十和田家が『守り手』側の役割を担っていた。戦い方や、得意とする鬼人の力の傾向でそうなっているらしい。
だからバランス的に吾妻家と十和田家は組んで仕事をすることが多いのだ。
(私は養子だけど良いのかしら?)
ミツバはそこが心配になった。ミツバは鬼人ではないから、特別な力は持っていない。そして人間と鬼人は見た目が似ていても別の種族のため、結婚したとしても子が出来難い。
もしもそれが吾妻家にとってメリットのある話ならば受けたいが、果たしてどうなのだろうか。そんなことをミツバが思っていると、
「ああ、そうだ。よく覚えているな。相手は十和田ソウジと言って、ミツバと同じ十五歳の子だ」
スギノがそう教えてくれた。名前にも聞き覚えがなかったので、やはり面識のない相手である。
ふむふむ、と思いながら訊いていると、ツバキが「げっ」と顔をしかめた。
「ソウジぃ~~? よりもよってあいつ~~?」
「ツバキ、そういう顔はよしなさい。どんな表情のお前も可愛いが、もったいないぞ」
「だってお父様! あいつってば、顔は良いけど性格悪いのよ!」
腕を組んでツバキは口を尖らせた。どうやら義姉はその十和田ソウジを知っているらしい。しかもこの様子を見る限り、あまり良く思ってもいないようだ。
「姉さん、その十和田ソウジさんってどういう人なの?」
「性格が悪い」
「もうちょっと情報をプラスして欲しいかな」
「そうねぇ……笑うと胡散臭くなるし、何考えているかよく分からないし、飴をガリガリ噛むのが癖だから絶対に気が短いわよ」
ツバキの口からが物の見事に悪い点しか出てこなかった。
これではさすがに判断が難しい。もう少し情報が欲しいなと思って義父を見れば、彼は仕方ないなという風にため息を吐いた。
「……ツバキとは相性が良くないから、昔からこんな調子なんだ。ただ、まぁ私からすれば、ソウジ君は人当たりの良い優しい子だよ」
「なるほど……?」
身内以外に対してはわりと辛口なスギノが褒めるくらいだ。それならばそうなのだろうとミツバは納得して軽く頷く。
「それに、ここからが重要な話だが……十和田の話では、婿養子も可だそうだ」
そうしているとスギノはテーブルの上で手を組んで、目をキラリと光らせた。
思わずミツバは苦笑する。さすが義父の仕事仲間だ。十和田の家長はスギノのことをちゃんと分かっている。
「素敵だわ、お父様! なら、ミツバとずっと一緒にいられるのね!」
するとツバキの心の琴線にも触れたようだ。彼女は両手をキュッと握って、華やいだ声を上げた。先ほどまでの嫌そうな顔なんて、どこかへ飛んで行ってしまったようだ。ツバキは満面の笑みを浮かべている。
「ツバキったら、そんなことを言って。あなたもそろそろ、自分の相手を見つけなければならない年頃ですよ?」
「あら、お母様。お言葉ですけど、あたし、弱い男なんて嫌だもの。せめてあたしよりも強くなくっちゃね! そういう男に出会えたら、もちろん口説き落とすつもりでいるわよ」
「先が長いわねぇ……」
キキョウは頬に手を当てて、ふうと息を吐いた。ちなみに義姉のこれは鬼人の性のようなものらしい。鬼人は自分よりも強い相手に惹かれる傾向が強いのだそうだ。
「それにお嫁に行くか、ここに残るかはミツバの意思が一番大事なのですよ。もちろん婚約の話だってそうです。いいですか、ミツバ。あなたがしたいようにして良いのですよ」
「ああ、その通りだ。ミツバが嫌だと言えば、私も断るつもりでいる」
キキョウとスギノの優しい言葉に、ミツバは胸がじぃんとした。
ミツバの意思を何よりも尊重しようとしてくれるその気持ちが嬉しくて、照れてしまったミツバは指で頬をかく。
「でも……もしもお断りしたら、お父様はお困りになりませんか?」
それでもと思って、ミツバはそう訊いた。二人の気持ちは嬉しいが、ミツバにとって何より重要なのはそこだ。自分の選択が吾妻家に少しでも迷惑となるのならば、ミツバは絶対に選ぶつもりはないのだ。
するとスギノは目元を緩めて、首を横に振る。
「いいや、困らない。十和田の方も別に悪くは思わないだろうし、何よりもお前やツバキ達に嫌なことを強いてしまう方が、私にとってはよほど困る」
「お父様……」「お父様……」「あなた……」
「そ、そういう事だ。だからミツバ、お前が自由に選びなさい」
妻と娘達から、嬉しい気持ちをこれでもかと込めた視線を向けられたスギノは、分かりやすく照れつつそう言った。
そんな義父を見つめながら、ミツバは微笑んで頷く。
「分かりました。お父様が大丈夫だと思う方なら、お会いしてみたいと思います」
「――そうか、分かった。では日程を調整しよう。私も同席するからな」
「あら、あなたもですか?」
「当然だ。私がミツバの父だからなっ」
スギノは胸を叩いて堂々と言い放った。
頼もしいその姿に、ミツバが「おお……!」と感動していると、義父の隣に座るキキョウが苦笑して、
「……本当は娘が取られるのが嫌だからついて行く癖に」
なんて言ったものだから、スギノはちょっと咽ていた。




