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第三話 ミツバを引き取った理由


 恋とか愛とかそう言うものに、ミツバはあまり興味が無い。

 理由はやっぱり両親を見ていたからだ。

 愛情があって結婚したはずの二人は、ミツバが物心ついた頃には仲は冷え切っていた。そしてお互いに、愛情を別の人間へと向けていたのだ。

 恋とか愛とか、何て薄っぺらいものだろう。

 きっと自分は恋なんてしない。ミツバはそう思っている。




◇ ◇ ◇




「ところでお父様。どうして私に婚約のお話が来たんですか?」


 その日の夜、ミツバは義父の部屋を訪れ、浮かんだ疑問を聞いてみた。

 やっぱり何度考えてもミツバが選ばれる理由が分からなかったからだ。

 吾妻家のためになるなら、別にミツバからすればどういう理由でも良い。けれども十和田家側と話をする時のために理解しておいた方が良いと思ったからだ。

 向かい側に座ったスギノは、軽く頷くと空の前で手を組む。


「うちの娘が可愛いから縁談が来るのは当然だが?」


 そして真顔でそう言った。

 うちの義父大丈夫だろうかとミツバはちょっと思った。


「当然でもないですし、それなら姉さんに殺到しますよ。あんなに可愛い姉さん他にいません」

「確かにツバキも可愛い娘だ。しかし、あいつは婿の条件を、自分より強い奴だと公言しているからな」


 スギノはハァ、とため息を吐いた。

 確かにそれはミツバも知っている。先ほどもツバキはそう言っていた。

 鬼人は基本的に身体が大きく強く、不思議な力も持っている。義父の仕事である『祓い屋』も、その力を使って行われているものなのだそうだ。

 将来はツバキも祓い屋の仕事をするのだと意気込んでいるのを、ミツバはよく聞いていた。

 その際には、


「ミツバはあたしの助手よ! いいわね、一緒にお仕事するのよ!」


 と手を握られて言われた事がある。キラキラした目でそう話す義姉はとても可愛い。思い出してミツバは小さく笑った。

 しかし一緒に仕事をするとなると、現場に出るならミツバは足手まといだ。やるなら事務方の仕事だろうか。


(……何かその辺りの資格を取ろう。簿記とかいるかしら)


 そんな事を考えていると、スギノから「ミツバ」と名を呼ばれた。

 ハッとしてミツバは顔を上げる。


「失礼しました、お父様。うっかり、ツバキ姉さんとの将来について考えておりました」

「将来……?」


 ミツバの発言にスギノは少々怪訝そうな顔になる。

 義父の表情を見て、ミツバは言葉が足りなかったと気付いたが――しかしそんなに間違っていないので、訂正するのをやめた。

 こういう部分がミツバはわりと大雑把なのだ。


「ところでお父様、話は戻りますが。鬼人のお相手に、ただの人間が挙がるのが不自然だと思うのですよ」

「待ちなさいミツバ。前提が抜けている。お前も私の可愛い娘だ」

「お父様、話が進まないのでそこはそっと横に置いておいてください。あとさすがに照れます」

「そうか、照れるのか……」


 あまりに可愛い娘、可愛い娘、と言われるものだから頬が少し熱くなる。

 なので正直にそう言うと、スギノは目を瞬いて、柔らかく微笑んだ。


「まぁしかし、確かにお前の言う事は正しい。鬼人と人間が婚約をするのは、メリットのある場合がほとんどだ」

「ですよねぇ。私相手にメリットって、何かあるんですか?」

「お前と結婚する事にメリットがないわけがないだろう。……だが、そうだな。鬼人の事情としては――あるには、あるが」


 言葉を濁すスギノにミツバは首を傾げた。


「何か良くない理由でも? ご安心を、ほぼまったく気にしません」

「お前は本当にそういう……。いや、私の言い方も悪かったが、そうではない。その……メリットの部分が、私達がお前を引き取った理由の一つになっていてな」


 スギノはそこまで言うと、言い辛そうに目を伏せた。

 そして、


「ただ……それのためにお前を引き取ったと思われたくない。私達はちゃんと、家族になりたかったからお前を引き取ったのだ」


 とも続けた。ミツバは軽く目を見開いて、それからぱちぱちと瞬く。


「ありがとうございます?」

「うちの娘、相変わらず反応が薄い……」


 ハァ、とスギノはため息を吐いた。

 確かに淡白な反応だったが、ミツバはこれが普通なのだ。

 幼少期の影響で、これが普通になったという方が正しいかもしれない。

 そんなミツバを見て、スギノは観念したように話し出した。


「昔、道に迷ったツバキを助けてくれた事があっただろう?」

「あ、はい。大泣きしていましたね、姉さん可愛かったです」

「本人に言えばしばらく口をきいて貰えなくなるぞ」

「墓場まで持って行きます」


 それは嫌だと思ったミツバは即座に口の前で指でバッテンを作った。

 大好きな義姉と話せないなんてとんでもない。

 絶対に嫌だ、と強い意志を表現するミツバにスギノは苦笑した。


「お前は本当にツバキの事が大好きだな」

「私の自慢の姉さんですので。……あ、でも、お父様とお母様も自慢ですよ」

「――……そ、そうか」


 ミツバがそう言うと、今度はスギノがちょっと照れた。その表情が義姉によく似ていて、ミツバはフフと笑った。


「あの事がきっかけで、私を引き取って下さったんですよね」

「ああ、そうだ。あの時ツバキは精神的な面がとても不安定だった。それがお前と出会った後は落ち着いたのだ。それで色々と調べたところ――お前には周囲の力や負の感情、邪気等を整える事が出来る『天秤』という体質である事が分かった」

「ええと、天秤……?」

「まぁ、要は空気清浄機とか、ろ過装置とか、そんなイメージだな」

「なるほど……?」


 分かったような、分からないような。だがスギノの言葉の意味は、何となく伝わったのでミツバは頷く。


「鬼人には力が安定しない者がいる。だからこそ、ミツバのような体質の持ち主は貴重なんだ」

「自覚はありませんけれど、お父様達のお役に立てているなら嬉しいです」

「だが! 引き取ったのはお前がツバキを助けてくれた方が大きいからな! 私も、キキョウも、ツバキもだ!」


 くわ、と目を見開いてスギノは言った。

 本当に、その体質とやらの話をするのが嫌だったらしい。こういう所も義父は義姉によく似ている。

 吾妻家の家族はいつだって、ミツバを気遣ってくれるし、大事にしてくれている。

 それは両親からいらないと捨てられたミツバにとって、とてもありがたくて嬉しい事だった。


「はい、お父様。もちろん分かっておりますとも。お父様も、お母様も、ツバキ姉さんも、大好きです」


 だからミツバも素直な気持ちを言葉に乗せる。

 するとスギノは目を瞬いて微笑む。

 ついでに、


「……もう一回」


 なんておかわりまで来てしまったから、ミツバは思わず「ふは」と噴き出した。

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