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第二十話 彼岸花の中の『彼女』


(思っていたのと少し違ったなぁ……)


 ミツバはそんな事を考えながら、自分の教室を目指して歩いていた。

 ぱたぱた、ぱたぱた。

 ミツバが歩く音だけ(・・)があたりに響く。


「――――あれ?」


 ふと、そこでミツバは違和感を感じた。

 どうして自分の歩く音だけしか聞こえないのだろうか?

 今はお昼休みだ。学生が大勢いるはずなのだ。

 なのに何故何の音もしないのか。

 いいや、それだけではない。

 音どころか、人そのものと一度もすれ違っていない。

 ミツバは思わず足を止め、周囲を見回した。

 廊下にも、近くの教室にも、窓から見える反対側の校舎にも、誰一人、人の姿が無い。


「…………これは」


 もしかしなくても、何か仕掛けられたのではないだろうか。

 状況から見て森川サクヤにだ。

 ミツバは頭を抱えた。先ほど、やはりヒバリと同じタイミングで出れば良かったかもしれない。

 いや、そもそも珈琲なんて頂かずに、本を返してサッと図書館を出れば良かったのだ。

 自分の危機管理が甘かった。


「……とりあえず教室に行ってみようかな」


 ふう、と自分を落ち着かせるために息を吐いた後、ミツバは再び歩き出した。


 ――――その時。


 ちりん、

 と鈴の音が響いた。

 初めて違う音が聞こえて、ミツバは反射的に音がした方へ顔を向ける。

 廊下の奥。窓がなくなって薄暗くなっている場所に、白色の子ぎつねがいた。首に鈴がつけられている。

 子ぎつねはくりくりした瞳でミツバを見ると、一度、ふわりと尻尾を揺らした。

 それからくる、と背中を向けて歩き出す。


(……どうしよう)


 子ぎつねの事が気になるが、果たしてついて行って良いものか。

 ミツバが迷っていると、子ぎつねは歩みを止めて、首だけをこちらに向けた。

 そして再び歩き出し、止まり、こちらを見る。

 それを何度か繰り返している。


「これはついて来いって事かな……」


 子ぎつねの行動を見る限り、どう考えてもそう(・・)だろうなとミツバは思った。

 ついて行って大丈夫か少々不安だ。けれども不思議と、あの子ぎつねからは嫌な感じはしない。

 迷っていても、悩んでいても、動かないなら何も解決しない。

 ミツバは両手で軽く頬を叩いて気合いをいれると「よし」と子ぎつねを追いかけて歩き出した。


 ちりん、ちりん。

 子ぎつねが歩くたびに首の鈴が綺麗な音を響かせる。

 どこを目指しているのだろうか。

 そう思いながらついていくと、子ぎつねは階段を上り始めた。

 この階段は屋上に繋がっているはずだ。


「キュ」


 階段を登り切り、屋上に繋がるドアの前まで来ると、子ぎつねは一声鳴いた。

 手でかりかり、とドアをひっかいている。

 開けろと言う事らしい。

 ミツバはドアに手を当てると、ゆっくりと開けた。

 するとそこには、真っ赤な彼岸花が一面に咲き誇っていた。


「これは……。ここに何が……」


 ミツバがそう呟きながら子ぎつねを見下ろす。

 しかし、子ぎつねはミツバを見上げた後で、すう、と消えてしまった。

 こんなタイミングで消えられてしまっても困るのだが。

 ミツバが少し慌てていると、


「……おや、珍しい。こんなところで人間に会うなんて」


 と、人の声が聞こえてきた。

 そちらへ顔を向けると、彼岸花の花畑の中に、一人の女性が座っているのが見えた。

 長い黒髪の、赤色の着物を着た美人だ。額に角はない。人間、だろうか?

 彼女はミツバを見るとにこりと微笑む。


「こんにちは、お嬢さん。どうしたんだい? 迷い込むにしては、場所が場所だから意外だけど」

「いえ、あの……気が付いたらここにいて」

「ふむ? ちょっとこっちへおいで」

「ええと」

「ふふ。大丈夫だよ、取って食ったりはしないさ。ほら、おいで」


 女性はミツバを手招きする。

 ミツバは少し迷ったが、ここまで来たのだから何とかなれ、と歩いて行く。

 そして女性の目の前までくると、彼女はミツバの頬に手を伸ばした。

 そしてそっと触れられる。温かくて柔らかい感触がする。

 彼女はそのまま立ち上がり、ミツバへ顔を近づけると、くん、と匂いを嗅いだ。


「……なるほど。そういう事か。諦めが悪い子だ」


 それから少し苦しそうに笑ってそう呟いた。


「あの……」

「ああ、すまないね。うーん、どうしようかな。……とりあえず自己紹介をしようか」

「私はミコトと言う。ここにはもうずいぶん長い事住んでいてね。君の名前も教えてくれるかい?」

「吾妻ミツバです」

「そうか、ミツバ。名前が少し似ているね、ふふ」


 ミコトと名乗った女性は楽しそうに言った。

 友好的な雰囲気を感じる。

 先程の子ぎつねは彼女に合わせるために、ここへ案内してくれたのだろうか。

 そう思いながらミツバは浮かんで来た疑問をミコトに尋ねる。


「ミコトさん、ここは――その、常桜学園ではないんですか?」

「そうだね。そことは、少しだけズレた場所にあるんだ」

「ズレた場所……」

「そう。ここは幽世。普段、君達が見ている世界のすぐそばにあって、決して交わってはいけない世界さ」


 ミコトはそう教えてくれた。

 ――のだが、あいにくとミツバにはよく分からない単語である。

 いわゆる死後の世界とか、そういうものだろうか。

 ミツバが困惑しているとミコトは小さく笑った。


「よく分からないという顔をしているね。そうだな……君は邪気について知っているかい?」

「はい。父が祓い屋なので」

「ああ、そうか。吾妻と言ったね、なるほど」


 ミコトは何度か頷くと、咲いている彼岸花に触れた。


「その邪気はね、この幽世からそちらの世界へ漏れているんだよ。強い負の感情や、術等で導かれてね」

「ここから!?」

「ああ、安心しなさい。君は大丈夫だよ、天秤の子。君の体質なら、よほど強い邪気以外は近づけられない」

「……体質の事もご存じなんですか?」

「ああ。匂いで分かる。私も同じだからね」


 ミツバは目を見開いた。

 匂いで分かるものなのだろうか――という部分は置いておいて。

 どうやらミコトもミツバと同じ天秤体質らしい。


「あの」

「さあおいで、ミツバ。君を元の世界へ返してあげよう」


 もう少し話を聞こうと思ったら、ミコトは校舎内へ続くドアへ向かって歩き出した。

 すいすい、と歩いて行く彼女をミツバは慌てて追いかける。


「あの、ミコトさんはどうしてここに?」

「ああ――幽世の邪気を減らしているんだよ。漏れがある分は申し訳ないがね」

「いつから……」

「ふふ、忘れてしまったよ。もうずっと昔の事だ」

「私をこちらに留めてもらうために、鬼人達には無理を強いてしまっている」

「――そのせいで、君にも迷惑をかけたね」

「迷惑、ですか?」

「うん。……約束に巻き込んでしまった」


 そんな話をしながら、ミツバ達は階段を降りて行く。

 そしてしばらく歩くと昇降口に辿り着いた。

 ちょうど外へ繋がる境目。そこに眩い光が満ちている。


「さあ、この光の先が君のいた世界だ。行きなさい、ミツバ」


 ミコトはその光を指して言った。

 ミツバは光とミコトを交互に見る。


「ミコトさんは……行けないんですか?」

「久しぶりに里帰りはしてみたいがね。ポン菓子、という奴も食べてみたいし。けれど私はここでやる事があるからね。それに……」


 そう言いながらミコトは両手を開いた。

 すると、今まで見えなかった、無数の光の糸が現れる。その糸がミコトの身体に幾重も絡んでいた。

 その光の糸を辿ると、昇降口の光と、この世界の地面と繋がって伸びている。


「どの道、これがあるから」


 だから動けないと、行けないと、ミコトは寂しそうに言う。


「あの、ミコトさん」

「行きなさい、天秤の子。それから、もしあの子と――サクヤと会う機会があれば伝えて欲しい」


 ミコトはとても優しい眼差しになり、


「私は自分で選んでここにいる。だからもう忘れて、自由に生きなさい、と」


 そう言った後、ミツバの背をトン、と押す。

 意外と強い力だ。

 ミツバは前につんのめって、数歩進む。

 勢いで光の中に入ってしまった。

 何とか顔だけ振り返った。


「久しぶりに人と話せて楽しかったよ。さようなら、ミツバ」


 目が合うとミコトは笑って手を振ってくれる。

 その顔と言葉を最後に、ミコトの視界は、真っ白な光に覆われて――何も見えなくなった。


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