第二十一話 幽世に送った犯人
「ミツバさん!」
次に聞こえて来たのはソウジの声だった。
呼びかけにハッとして目を開くと、ソウジの顔が飛び込んで来た。
彼は心配そうにミツバの顔を覗き込んでいる。
「ソウジ君……?」
少しぼうっとする頭でミツバはソウジを見上げる。
どうやら自分はどこかに寝かされているらしい。
ソウジの顔の向こうに、見覚えのない天井が見えた。
周囲にカーテンが引いてあるところを見ると、たぶん、保健室だろうか。
「良かった、目が覚めて……」
心底安堵した様子のソウジの声を聞きながら、ミツバは身体を起した。
特に痛みも不調も感じない。ただ少しだるい気がするだけだ。
(さっきのあれは夢だったのかしら)
そう思いながらミツバはソウジに尋ねる。
「えーと、今、何時ですか? 私、どうなっていました?」
「放課後の四時です。授業が始まっても戻って来なかったので探しに行ったら、昇降口を出たところで倒れていたんですよ。それから全然目を覚まさなくて……」
「あー、はは……ご心配をおかけしました」
ミツバは指で頬をかいて苦笑する。
どうやら昇降口のところで倒れていたらしい。幽世を出た場所を考えると、どうやらあれは夢ではなかったようだ。
ミコトは幽世を、この世とは少しずれた場所にあると言っていたが、なるほどそういう事かとミツバは納得する。
軽く頷いていると、ソウジは相変わらず心配そうに聞いて来た。
「何があったんですか?」
「実は幽世にいました」
「は!?」
正直に答えると、ソウジがぎょっと目を剥く。
そして珍しく焦った様子でミツバに顔を近づけた。
「どうしてそんな場所に……具合は本当に悪くないんですかっ?」
「はい、それは全然。こことほとんど変わらなくて、綺麗な場所もありましたよ」
「…………綺麗」
本当に綺麗だったのだが、ソウジは微妙そうな顔になってしまった。
鬼人達の間で幽世という世界はどんな風に伝えられているのだろう。
ちょっと興味が出て来たので、後で聞いてみようとミツバは思った。
けれどもそれは後だ。今は、そこで何を見たのかを伝える方が先である。
「そこでミコトさんという人と会いました。その人が帰り道を教えてくれたんです」
「ミコト……?」
名前に聞き覚えのあるのか、ソウジは少し思案するように顎に手を当てる。
「どういう方でした?」
「長い黒髪のとても綺麗な女性の方でしたよ。赤い着物を着てらっしゃって。あと天秤体質だと言っていました」
「…………!」
ミツバの言葉にソウジは大きく目を見開いた。
そして苦い顔になり、
「神坂ミコト……」
と言った。
それから彼は数回首を振ると、
「……あなたを幽世に送ったのは、森川サクヤですね」
と聞いて来る。
はっきりそうだと断言は出来ないが、状況的に彼の仕業だろうなというのはミツバも思っていた。
なので「恐らく」と頷く。
「実はお昼休みに図書館で会いまして。あ、図書委員の方も一緒だったんですよ、途中まで」
「なるほど。迂闊でしたね……着いて行けば良かった」
ハァ、とソウジは息を吐く。
ソウジがこういう反応になるのは、今までの経験からだろう。
けれどもやっぱりミツバには、森川サクヤはそこまで危うい鬼人というよりは、普通の人に見えてしまっていた。
それに。
(ミコトさんも気にかけている様子だったしなぁ)
ミコトが見せた、慈しむようなあの眼差しと言葉から考えると、そこまで警戒すべき鬼人思えないのだ。
うーん、とミツバは考えながら、
「森川先輩が好きな相手って、もしかしてミコトさんなんですか?」
と聞いた。するとソウジはこくりと頷く。
「ええ。サクヤさんはずっと、ミコトさんの事を一途に思っているんです。怖いほどに」
「なるほど……。……実は私、ミコトさんから森川先輩へ伝言を預かっているんです」
「伝言ですか?」
「はい。なので先輩を探しに行きたいのですが、着いて来てくれますか?」
「…………」
ミツバがそう言うと、ソウジは困った顔になった。
彼は腕を組んで、しばらく思案した後、
「分かりました」
と頷いてくれた。
◇ ◇ ◇
森川サクヤを一言で表すならば、掴みどころがない男だ。
周囲からの評価は、性格が悪いだの、恋に一途だの、優秀だの、面倒くさいだの、意外と優しいだの、色々ある。
色々ありすぎて分かりにくい、というのがミツバが受けた印象だった。
ソウジと一緒に三年生の彼のクラスを訪ねた時も、
「あ~あいつな~。今いないよ。またサボリじゃない?」
「え~? 仕事じゃない? いつも呼び出されていたわよ、もうちょっと休ませてあげれば良いのにねぇ」
「もう祓い屋してんだもんな~。あいつ、すげぇよな~」
と、評判はまちまちだ。
良くも悪くも反応は半々である。
ただ共通しているのは「良く不在になる」という事だろう。
サボリか仕事かはミツバには分からないが、これがこのクラスにおけるサクヤの普通らしい。
「とりあえず、お昼休みの後は戻っていないみたいですね」
「そうですねぇ。もう帰ったのかな……とりあえず、あと図書館だけ寄って見ても良いですか?」
「ええ、もちろん」
ソウジが頷いてくれたのでミツバは図書館へと向かった。
初めてサクヤに出会ったのがあそこだからだ。
さすがに今もいる――とは少し考えにくいが、念のためである。
「あ、吾妻ちゃん! また来てくれたんだ~」
夕焼けの色が濃くなっていく中、図書館に到着すると、図書委員のヒバリがいた。
彼女はニカッと笑って手を振ってくれる。
「鈴宮先輩、先ほどはご馳走になりました」
「いえいえ~! 本借りる? おすすめのあるよ!」
「あっ、それはぜひお借りしたいですが、別の用事もありまして。森川先輩、来ていませんか?」
「森川先輩? お昼休みが終わるギリギリに戻った頃にはいたけど、そのまま帰っちゃったんじゃないかな? 何か、いつも忙しそうだし」
顎に指を当ててヒバリはそう教えてくれた。
これは困ったなぁとミツバは思う。
何となくだが、あのミコトの伝後は出来るだけ早く伝えた方が良いと思ったからだ。
「そうですか……。実は先輩宛てに伝言をお預かりしたので、お伝えしたかったんです」
「ほーん? それならあたし、連絡してみよっか? 番号知っているから」
「いいんですか?」
「うんうん、もちろん! 後輩の面倒は見ないとねって、森川先輩も言っていたし」
「えっ」
ヒバリの言葉にソウジは意外そうな顔になった。
サクヤが言ったらしい台詞に驚いているようだ。
(この反応の差……普段どんな感じでやりとりしているのかしら)
見てみたいような、知らないままでいた方が良いような。
ヒバリとソウジ達の両極端な反応を見て、ミツバはそう思った。
さて、そんな中、ヒバリはすいすい、とスマートフォンを操作して、サクヤに電話をしてくれていた。
「……あ、先輩! 涼宮です、今どこですか? 駄菓子屋? 分かった、ポン菓子でしょ? 先輩ほんと好きですよねぇ。って、いや、違いますよ。延滞料の件はまたお話しますよ。そうじゃなくて、先輩に用事がある子がいるんです。ほら、吾妻ちゃん。今代わりますから、ちょっと待っててくださいね。……よし、はい、吾妻ちゃん。どーぞ!」
「ありがとうございます、鈴宮先輩。お借りします」
ミツバは差し出されたスマートフォンをそっと受け取ると、耳に当てた。
「お電話代わりました、吾妻です」
『はーい、こんにちは吾妻君。さっきはゴメンね~? びっくりしたでしょ~?』
明るい声でサクヤは言う。
彼から謝罪を受ける理由はアレしかないだろう。
思ったよりあっさりと自白するサクヤに、ミツバは何とも言えない顔になった。
「びっくりしましたけれども。正直に仰るんですね」
『ハハハ。ま、戻って来た時点でバレているのは分かったからね。……ミコトさん、元気にしてた?』
サクヤは相変わらずの調子だったが、最後、ミコトの名前を呼んだ時に声色が変わった。とても優しい声だ。
「はい。親切にしていただきました。それと、ご伝言を預かっています」
『伝言?』
「私は自分で選んでここにいる。だからもう忘れて、自由に生きなさい」
『…………』
ミツバはミコトの言葉を伝えると、サクヤは黙ってしまった。
それからややあって、
『そうか。……ありがとう、伝えてくれて』
サクヤは小さく息を吐いた後、苦笑交じりにそう言った。
『……忘れられたら楽だったんだろうけどね。この執着心の全部が、そこに繋がってる』
自嘲気味にサクヤは言う。
その声にわずかに熱が籠っているようにミツバは感じた。
「森川先輩、あの」
『吾妻君、ありがとう。君がいてくれたおかげで、ようやく――進められる』
え、とミツバが聞き返しかけた、その瞬間。
大きく、
ドォン、
と縦に揺れた。
そして同時に、床から光る彼岸花が生え、咲き始める。
ミツバの脳裏に幽世で見た光景が一瞬浮かぶ。
「この彼岸花……」
「地震!? それにこれ、いや、でも――うわ」
するとソウジが驚いた声をあげた。
反射的にミツバが顔を向けると、彼の身体に光の糸が巻き付いているのが見える。
その糸の先は、壁をすり抜けて、どこかへ伸びている。
(この糸、ミコトさんと同じ)
ミツバが目を向いていると、耳に当てたスマートフォンから、サクヤの声が響く。
『あの人に何もかも押し付けなくたって、自分達で何とか出来るくらいにはなっているんだ。だからボクは――全部を断ち切る』
「森川先輩っ!?」
その言葉を最後に、通話が切れた。




