第十八話 森川家の当主交代
事件から数日後のお昼休み。
ミツバは学園の屋上で、ツバキ、ソウジ、レンジの四人とお弁当を食べていた。
雲一つない晴れた空に桜の花がひらひらと舞っていた。
「森川家の当主交代?」
箸を動かす手を止め、ツバキが片方の眉を上げて行った。
「ああ。この間の森川ヒメカの件が、問題視されたらしくてな。それで、現当主が責任を取って引退するという形で、話を治めたらしい」
「大分、大事になっているんですね」
「まぁ、邪気を使って嗾けて来た件が一番大きかったからかしらね。邪気を祓う側の人間が、悪用したんですから」
仕方ないわ、とツバキは口の中に肉団子を放り込む。
それを租借し飲み込んでから、
「ちなみに次の当主はもう決まっているの?」
彼女はそうも言った。
「森川サクヤだとよ」
「あ~、そこしかいないかぁ……」
「そうなんですよね……」
レンジの言葉にツバキとソウジはため息を吐いた。
この反応は覚えがあるなぁとミツバは思った。
ヒメカが兄の話を出した時に、ツバキ達がした反応と同じだったからだ。
「もしかして森川ヒメカさんのお兄さんですか?」
「そうそう」
ミツバが聞くと、ツバキは頷いてくれた。そうらしい。
レンジがハァ、とため息をついて、後頭部をかしがし掻いた。
「あいつな~、どうも昔から合わねぇって言うか。……あ、一応、俺達と同い年な、ここにも通ってるぜ。あんまり出席してねーけどな」
「とすると十七歳ですか?」
「うん。異例っちゃあ異例だけど、あいつ、祓い屋としての才能はすげぇからな。お偉いさんが、あの年齢で祓い屋の資格試験合格出すくらいだし」
という事は学生でありながら、すでに祓い屋の仕事もしているという事だ。
すごい人はなかなかどうしているものである。
へぇ~とミツバが感嘆の声をあげていると、今度はツバキがハー、とため息を吐いた。
「性格が良ければ言う事なしなんだけどね~……」
「姉さん、その森川サクヤさんって、どういう人なの?」
「ん~~そうねぇ。一言で表すと……恋に一途過ぎる奴よ」
「一途?」
「ええ。そのために生きていて、他を巻き込んでもどうでも良いと思っているのよ」
思わずミツバが微妙な顔になった。
どうも苦手な気配をひしひしと感じる。
「私が言うのも何ですが……鬼人の恋愛事情って、ちょっとドロドロし過ぎじゃありませんか?」
ミツバが聞いただけでも、そういう話ばかりである。
もう少しサッパリ爽やかな感じにならないだろうか。
ミツバがそう思っていると。
「ふふ、心外です。でも、言ったでしょう? 鬼人は執着心が強いんだって」
「確かに聞きましたね……種族の特徴なんですか?」
「例外無くだからそうじゃない?」
ツバキが肩をすくめた。
種族の特徴なら仕方ないのかもしれない。
ただ、それに巻き込まれるのは嫌だなぁとミツバはしみじみ思った。
何となくげっそりした顔になったミツバを見てレンジは苦笑する。
「まぁ、それはそれとしてよ。とにかくミツバとソウジは気を付けた方がいいぜ」
「ああ、ええ。そうですね……」
「でも私、森川さんのお兄さんとは面識がありませんが……どうしてですか?」
「サクヤが好意を寄せている相手が天秤体質らしいんだよ。人間な。つまり、お前達と同じ状況って事」
「八つ当たりとかそういう……?」
「遠くて近い……かなぁ」
それだとイマイチよく分からないが、とりあえず彼の想定では面倒事に巻き込まれる可能性が高いらしい。
他のトラブルならまだ良いが、恋愛絡みのそれは本当に勘弁してほしいものである。
ミツバが「わぁ……」と呟いていると、
「森川ヒメカを嗾けたのも、その辺りが理由な気がしてきたわね」
とツバキが言った。困った理由である。
「ご当主になるにあたって、その辺りは考慮されないんですか?」
「古くから続く祓い屋の家系は少ないですから、サクヤさんの才能を含めて惜しいと思ったのでしょうね。森川家で当主を継げるのはサクヤさんとヒメカさんしかいませんし」
「なるほど……。ですが、そう嗾けてくるなら、抱いているのは負の感情でしょう? 天秤体質で何とかなるのでは?」
「鬼人の力を安定させるのと比べると、負の感情の方は少し効果が落ちるんですよね」
「何かこれ、意外と不便ですね……」
天秤体質がどうのと言われるなら、もうちょっとこう、この体質しっかりして欲しい。
まぁ、自分の事なのだが。
とは言えどうにもならない事を、色々言っていても仕方がない。
うん、とミツバは頭を切り替える。
「ですがそれなら近づかなければ、とりあえずは良さそうですね。しばらくは他人の目がありますし」
「……それがね、その危険がある行事が一つあるのよ」
「行事?」
「ええ。春の宴って言う、祓い屋の集まり。簡単に言うとお花見ね」
「お花見……。でも姉さん、私は祓い屋ではないわ」
「そうね。でも今回は特別なのよ。ミツバはソウジと婚約したでしょう? そのお披露目をしなきゃいけないの」
あら、とミツバは目を瞬いた。
その話は聞いていないなぁと思いながら、
「お披露目をするものなんだ?」
と聞き返す。
レンジも「ああ」と頷いた。
「鬼人と天秤体質の子の婚約とか結婚は吉兆だからな~。すげぇめでたい事なんだぜ」
「そのわりには色々あったような……」
「レンジさんもやらかしてましたねぇ」
「うっ! そ、その事は横に置いておいて……。だけど本当に例外なんだよ、ミツバの周りで起こっている事は。婚約前はともかく、婚約後に面倒事が起こるのは珍しいんだ」
ソウジがちくりとそう言うと、レンジが大慌てで話を逸らした。
話を聞いていると、このまま婚約せずにいたら、今より厄介な状況になっていたように聞こえる。
改めてソウジと婚約して良かったなとミツバは思った。
「まぁ、お披露目したら色々落ち着くと思うわ。周りが気にかけてくれるから」
「そういうものなの?」
「そういうものなの。縁が出来るからとも言うわね」
「縁……」
そう言われて、ミツバた手首につけた組紐に目を落した。
薄桜神社で買った縁結びのお守りだ。
ミツバはもう片方の手で組紐をそっと撫でる。
「……じゃあ、頑張ろうかな。私は参加するだけだけど」
「それでいいのよ。お父様、いっぱい自慢する気でいると思うから、甘えてあげると喜ぶわよ? あたしも自慢するけど!」
「このシスコンめ。まぁ、俺達も参加するし、固まってりゃ対処出来るから安心しな」
レンジがどん、と胸を叩いてニッと笑った。
するとソウジが衝撃を受けたように、僅かに仰け反った。
「おかしいな、レンジさんが頼もしい……?」
「お前は本当に可愛くねぇな?」
あんまりな言い様にレンジが半眼になる。
彼はソウジを睨んだ後で、ふっと噴き出した。
つられてミツバ達も笑い出す。
笑いながら、その声を聞きながら、縁と言うなら、これも縁だなとミツバは思った。




