第十七話 初めての膝枕
ソウジが倒れたのは、邪気にあてられた事と、不安定な状態で術を使い過ぎたかららしい。
少し休めば治るわとツバキに言われたミツバは、離れた場所にあるベンチでソウジの膝枕をしていた。
ソウジは倒れた当初は苦しそうに息をして顔色も悪かったが、ようやく落ち着いてきたところだ。
「うわ、邪気すげぇ濃い……」
「無茶をしたな、これは……」
ちょうどヒメカが立っていた辺りで、ハジメやスギノ達がそんな会話をしていた。他にも複数人の祓い屋が来ている。
ツバキ達が呼んだのだ。
彼らは事情聴取と、その場に残っている邪気を祓いに来たらしい。
今回、ヒメカは術で邪気を呼び出していた。自然発生と違い、術で発生した邪気はその場に長く残りやすいのだそうだ。
なので丁寧に祓う必要があるらしい。祓い屋の仕事も色々と大変そうだ。
そんな事を考えながら眺めていると、
「…………ん?」
ふっとソウジが目を覚ました。
「あ、気が付きましたか、ソウジ君」
「…………ミツバさん?」
少しぼうっとした様子でソウジは呟き、ミツバを見上げて来る。
何度かゆっくりと瞬きをした後、ソウジは目を動かして、
「どうして膝枕に……?」
と聞いて来た。どうやら一番の疑問はそこだったらしい。
「ソウジ君、倒れたんですよ。不安定な状態の力を使い過ぎたのと、邪気にあてられたそうです。これが一番だとツバキ姉さんが言っていました」
「ああ、そうか……。ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、無事でよかったです。本当に」
ふふ、とミツバは微笑む。
するとソウジはミツバを見上げたまま、
「……これはちょっと照れますね。吾妻さんから睨まれそうです」
少し頬を赤くしてそう言った。
まぁ実際にスギノは面白くなさそうな雰囲気ではあったが。
今も時々ちらちらとこちらの様子を伺っては、ハジメにため息を吐かれている。
ミツバも苦笑しながら、
「私、膝枕なんてしたの初めてですよ。どうですか?」
とりあえずスギノの事には触れず、そう聞いてみた。
起きたばかりに刺激の強い話はしない方が良いだろうと思ったからだ。
「意外と、いいなぁって。痺れませんか?」
「このくらいではまだまだ」
「ふふ」
ソウジは小さく笑った後、先ほどヒメカが立っていた場所へ目を遣る。
少し、罪悪感を感じている表情だ。
「……ヒメカさんはどうなりました?」
「病院で状態を調べてから、祓い屋の本部の方で話を聞くそうですよ。先ほど搬送されました」
「……そうですか」
ミツバが答えると、ソウジは目を伏せる。
「……もう少し、上手く話せたら良かったんですかねぇ」
「話が伝わらないのと、話を受け取って貰えないのは別のお話になりますから、そこはどうでしょう。私が見た限りでは、ソウジ君はちゃんとお断りをしていましたよ」
「そうですかね」
「ええ」
ミツバはその事はしっかりと肯定した。
入学式の日も、その後も、先ほどだって、ソウジは言葉を濁さずはっきりとヒメカに「嫌だ」と伝えていた。
柔らかい言葉で遠まわしに言っていたら、伝わっていない可能性はあっただろう。
けれどもミツバが聞いていた限り、それはなかった。ソウジはちゃんとお断りをしていたのだ。
あれで諦めなかったのなら、理解しなかったのなら、それはヒメカに問題がある。
ミツバがそう言うと、ソウジは少しだけ表情を和らげた。
「でも、少し不思議でもありました。ソウジ君なら上手く避けそうな気がしましたし」
「…………」
首を傾げてミツバが聞けば、ソウジはそっと左腕を持ち上げた。
手首にミツバとお揃いで買った組紐のブレスレットがつけられている。
「……これを、取られそうになりまして。嫌だったので抵抗したら、ですね」
「――――」
その言葉にミツバは軽く目を見開いた。
そして嬉しくなって「ふふ」と笑う。
「すみません」
「いえ。何か、嬉しいです」
「……そうですか」
ちょっと照れくさくなったのか、ソウジはふい、と顔を逸らす。
だけれども、そうしたらミツバの太ももに頬をつける形になった事に気が付いて、慌てて顔を戻していたが。
「……僕は正直、恋だの愛だのに興味はなかったし、期待もしていなかったんですよ。でも少しだけ、期待してみたいなと、これを見ていたら思いました」
「私も――そういうのはあまり関心がなくて。縁がないなと思っていたので。……デートが終わって家に帰ったら、姉さんから嬉しそうにしているって言われたんですよ。自分にそんな感情があった事に、驚いています」
正直にミツバが言えば、ソウジは目を瞬いた後、ふっと笑う。
「……改めて、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
そしてお互いにそんな事を言い合った。
――直後、見つめ合ったままの状態でソウジが、
「ところでいつまで見ているつもりですか、コウ君?」
なんて言った。
ミツバは目を瞬く。すると近くから、
「お前達が急にいちゃいちゃし始めるのが悪い」
と、コウの声が聞こえてきた。
つい先ほどまでいなかったはずだが、いつ近づいて来たのだろう。
気配がなかった事に驚くミツバをよそに、
「ふふ、婚約者同士ですからね。羨ましいでしょう?」
「煽るんじゃない。……だが、ああ、そうだな。羨ましいよ」
なんてやり取りをしていた。
それからコウは深呼吸をした後、
「――この間はすまなかった。自分の事に必死で、嫌な思いをさせた」
と、勢いよく頭を下げた。
この間と言うと、ソウジが不在の時に教室で話しかけられた時の事だろう。
思い出して一瞬だけ気持ち悪さが喉を這い上がって来たが、ミツバはそれを振り払うように首を横に振る。
「いえ、私こそ先ほど助けてくださってありがとうございます。というかお礼をしないといけない奴ですよ、これは」
「いや、それは必要な――」
「鬼人の力の練習とか。時々になってしまいますが、必要ならお手伝いしますよ」
「え?」
「妹さんの。両親から聞きました」
ソウジとの婚約破棄はしない。したくない。
けれども先ほどコウには危ないところを助けて貰った。
そのお礼に自分が出来る事は何かとミツバは考えて――やはりこれかなと思ったのだ。
なのでミツバがそう提案すると、コウはぱくぱくと口を動かした後、
「良い、のか?」
おずおずとミツバとソウジを交互に見る。
ソウジは「んー」と少しだけ悩んだ振りをして、
「僕かツバキさんが一緒の時で良いのなら」
と言った。するとコウは、
「あ、ああ。――ありがとう!」
パァッと顔を輝かせた。
この雰囲気だと、コウは本当にそのためだけに婚約云々を言って来たのだろう。
妹を大事に想う気持ちはミツバにも分かる。
吾妻家の家族からそれだけの愛情を貰っているからだ。
「ひと段落、ですかねぇ」
ガッツポーズをするコウを見ながらソウジが呟く。
ミツバも「そうですねぇ」と答えたのだった。




