6 クリーンヒット
「出張お疲れ様です」
「ありがと」
あのBARで私と誠一郎さんは2人で飲んでいた。
「はい、これお土産」
そう言って、お菓子を手渡してくれた。
めっちゃ嬉しい。
「ありがとうございます。誠一郎さん、忙しかったのに、ちゃんと覚えててくださったんですね」
「あのさ、なんかあだ名で呼んでくれない?長いでしょ、俺の名前」
あだ名か…
セイくん?セイちゃん?
「んー…じゃあセイくんでいいですか?」
「おっ、いいね。それと敬語じゃなくていいから」
「わかった。そうする」
なんだかグッと距離が近づいた気がして、嬉しくなった。
店内に流れるジャズが、いつもよりも心地よく感じた。
少し離れたところに、カップルらしき男女が目に入った。2人とも少し緊張している様子で初々しく見え、心の中で密かに応援した。
それからも私たちはいつものように、仕事の愚痴を言い合った。
すると…
「今度さ、2人でどこか行かない?息抜きにさ。ドライブとかでもいいから」
おっ。デートのお誘いだ。もうすぐボーナスも入るから洋服も買える。少しは自分に気を使える。いいタイミングだ。
「ぜひっ。日頃の疲れを癒しましょう」
「ははっ。よかった。足湯とかがあるところに行こうか。のんびりと」
のんびりか…
なんかいいな、そういうの。
最近は敵が現れることが増えていたから、ゆっくり、のんびりしたい…
このあとはお互いにスマホで“足湯”があるスポットを探し、2人で色々と話し合った。
ある夜、ピンポンが鳴った。
ドアスコープを覗いてみると、そこにはハンゾウがいた。すぐにドアを開けると、ハンゾウは浮遊しながら部屋の中に入ってきてこう言った。
「ルリカッ。敵が現れたっ」
でしょうね。
「なんで今日はピンポン?」
「柚が彼氏できるかもって言ってたから。さすがに僕も、そういうシーンに出くわしたくないからな」
「お気遣いありがと」
私はすぐにコンパクトを手に取り、胸に当てた。
現場に着くと、4体の怪獣がいた。
今回は山だ。人々への被害はどうやら避けられそうだった。
もし被害が出ても、魔法で修復はできる。だけど本部の連中はそれを嫌がる。
修復には大量の魔力が必要だからだ。
その魔力は、私たち魔法少女が日々コツコツ貯めているもの。もし使い切れば、本部はまた適性のある子を探し回り、献血みたいに魔力を分けてもらわなければならない。
つまり──人件費がかかる。
だからあいつらは街よりも金の心配を先にする。
こんちきしょうめ。
私は魔法でステッキを出すと手に握った。
「どうもこんばんは、ティンクル・ルリカ」
「あんたもよく飽きないね。そんなにこの世界を滅ぼしたいの?」
「ははっ。なぜ今さらそんな──」
その時、ヤツは咳きこんだ。
「え?大丈夫?」
すると、“ちょっと待って”なのか“大丈夫”の意味かはわからないけど、片方の手のひらを私に向けてきた。
ヤツはまだ咳きこんでいた。
「ごめっ…ん゛ん゛っ。ごめん。もう大丈夫」
「最近ずっと暴れてたから、体調崩したんじゃない?」
「気にするな。さぁ、怪獣たちよ。思いっきり暴れるがいい」
私は怪獣に次々と魔法をぶっ放した。
すると、そのうちの一発が、ダーク・ロウにクリーンヒットした。
空中戦をしていたから、ヤツはそのまま落ちていった。怪獣はすでに倒している。私はヤツの生死を確認するため、落ちていった場所に向かった。
いた。
あそこだ。
空からヤツの姿が見えた。
木のそばで倒れている。
急いで近づくと、いつも被っていたヤギの骸骨のお面が割れ、素顔が見えていた。
……。
…うそ…
セイくんだ…。
私は急いで彼を抱きかかえると、生きているか確認をした。
よかった。ちゃんと生きてる。
私はハンゾウに事情を説明した。
「えっ?柚の彼氏候補、ダーク・ロウなの?」
「どうやらそうみたい」
「僕は反対だからな。よりによって世界征服を目論んでるヤツとだなんて」
「でも何か事情があるのかもしれない」
普段のセイくんを見ていてそう思った。
私はそのまま、ダーク・ロウ…いや、セイくんを自分の家へと連れ帰った。
セイくんが身につけていた黒いマントを取り外し、顔についた土汚れを丁寧に拭き取ると、ベッドに寝かせた。こういう時、魔法少女は便利だ。成人男性でも軽々と持ち上げることができる。
顔を拭いた時に思ったけど、セイくんは熱を出していた。さっきは咳もしていたし、もしかしたら元々風邪でもひいていたのかもしれない。
私は自分の魔法を解くと、急いでコンビニへと向かい、冷却シートや、栄養ドリンク、スポーツドリンクや食べやすそうなものを買って帰った。
「本当に看病する気?」
「当たり前でしょ?放っておけないよ」
「…」
「本部の人たちには黙っておいてよね」
「…僕は何も見てない。それでいいだろ」
「ありがとね」
ハンゾウはそこで姿を消した。
最近のハンゾウは、幹部の人たちに嫌気がさしていたようで、以前より優しくなっていた。
セイくんの様子を見つつ、私は畳に座ったまま、ベッドに突っ伏し仮眠をとった。
……──
「…ずちゃん…」
「柚ちゃん」
その声と共に、私は肩を揺らされ起こされた。
外はもう、すっかりと明るくなっていて、太陽の光がカーテンを透かしていた。
「あ…気分はどう?」
「なんで俺…ここは柚ちゃんの家?」
「うん。そうだよ」
セイくんは困惑しているようだった。
「…セイくん、ダーク・ロウだったんだね」
「っ…なんでそれをっ」
セイくんは、青ざめるどころか、少し耳を赤くして恥ずかしそうにしていた。
そんなセイくんに、私はダーク・ロウからもらった猫のアクキーを見せた。
「…それ…ティンクル・ルリカにあげたやつ…まさか柚ちゃん、魔法少女…?」
私は頷き、それからこう聞いた。
「もしかして仕事の愚痴って、ダーク・ロウのこと?」
私がそう聞くと、セイくんはさっきまで上体を起こしていた体勢からうつ伏せになると、足をバタつかせていた。
「セイくん?」
「あー…恥ずかしすぎる…」
……。
わかる。わかるよその気持ち。
私はセイくんの背中をさすった。
「忘れて?」
「え?」
セイくんは顔だけこちらに向けた。
「俺が今まで、その…ダ、ダーク・ロウの時に話してたこととか…全部忘れて?」
「“今宵は楽しませてもらうよ”とか?」
「っ…柚ちゃんのいじわるっ」
セイくんはさっきよりも耳を赤くして恥ずかしそうに、顔を枕にうずめていた。
かわいい…
昨日、セイくんを寝かせる前に、枕カバー変えておいてよかった。
「ごめんごめん」
「…」
「ごめんね?」
「…柚ちゃんだって…」
「え?」
すると、セイくんはまたこちらを見た。
「“この世の平和はティンクルにおまかせ。愛と勇気がいっぱい、ティンクル・ルリカ”って、登場する時毎回言ってる…」
これを毎回ちゃんと言わないと、本部の怖い大人に怒られるのだ。
私は顔が熱くなるのを感じ、ベッドに突っ伏した。
「言わないでぇ…」
「ははっ。仕返しだよ」
楽しそうなセイくんのそんな声が、耳に届いた。




