4 ティンクル
私たちはあの日から、ほぼ毎日連絡を取り合っていた。
え…?誰とって…?
そんなの誠一郎さんに決まってるじゃん。
って…私は一体誰と話してるんだっつーの。
廃れた日々に、潤いが加わわり、私はひとり舞い上がっていた。
私はベッドから起き上がると、カーテンを左右に引き分け、窓を開けた。
そこで深呼吸をするかのように大きく息を吸い込んだ。
気持ちのいい朝だ。
春も過ぎ、遠くに見える木々の葉は、とても青々として生命力に満ち溢れていた。
今までそんな風に思ったことなかったな。木なんて所詮木。季節が巡れば葉は散り、暖かくなればまた芽吹く。そんな感じだったのに…
私はまだ、完全に恋には落ちていないものの、誠一郎さんが私の人生を…って言ったら大袈裟かもしれないけど、その存在が私の世界を一気に明るくしたように思っていた。
今日はこのあとバイトだ。
そのことは誠一郎さんも知っている。
来て…くれるかな?
出張はまだ先だと言っていたから、来てくれる確率は高い。
私は胸を躍らせながら支度をしていた。
「しゃっせー」
来店してくるお客にそう声をかけながら、商品の補充をする。
すると…
「柚ちゃん」
彼の声だ。
「誠一郎さん。いらっしゃい」
「今日も頑張ってるね」
「はい」
そうやって短い会話を終えると、誠一郎さんはお弁当コーナーに向かった。
私はレジに入り、誠一郎さんのことを待っていた。
今日も彼は目の下にくまを作って、疲れた顔をしている。それなのに、私はそれを魅力的に思ってしまう。
蛍光灯の明かりの元では、彼の疲れた顔が、より一層引き立てられていた。
誠一郎さんはお弁当と飲み物をレジに持って来ると…
「バイトが終わったら、またあのBARで一緒に飲まない?」
やっふぅーいっ。誘われたっ。
「ぜひっ」
私は満面の笑みで答えた。
それから…
さっきこっそりと買った栄養ドリンクを、お弁当と一緒に忍ばせておいた。
「はい。いつもありがとうございます」
「こちらこそ」
誠一郎さんはそう言うと、柔らかく笑いかけてくれた。
ズキュンッ…
やられた。
私はその笑顔にやられてしまった。
カッコいい…
疲れた顔をしてるのに、色気を感じてしまった。
お主…
もしやそれを無意識にやっているのか…?
だとしたらそれは罪だぞ。
犯罪級の色気だ。
落ち着け。落ち着け柚。ゆっくりでいいんだぞ?お近づきになるのはゆっくりでいいんだ。ここで暴走したら元も子もない。ゆっくり…ゆっくりと育むんだぞ。
私はうんざりするほど聞いている、コンビニソングを耳にしながら、そうやって必死に自分に言い聞かせていた。
バイトが終わり、あのBARへと向かう。
目的地に着き、ドアの取っ手を握ると手前に引いた。
店内は前と同じようにジャズが流れ、まばらにお客がカウンターを埋めていた。
一番奥の席に誠一郎さんを見つけると、私はすぐに駆け寄った。
「おまたせです」
「お疲れ様。何飲む?」
「とりあえずビールで」
そんな会話を重ねてから、また2人で仕事の愚痴を言い合った。
何これ…すごく楽しい。愚痴を聞いているのに、わかりみが多すぎて共感しまくる。
私がそういう反応をするたびに、誠一郎さんも嬉しそうにしていた。
私たちは確かに“仕事の愚痴”を言い合っているのに、共感することが多すぎて、それを苦痛だと思うことはなかった。
「来週からまた出張なんだ」
「どこに行くんですか?」
「…南の方に色々と」
「大変ですね」
誠一郎さんは丸氷にウイスキーの入ったグラスを手に取ると、それを揺らしてカラカラと鳴らした。
「ま…やるしかないからね」
「…」
遠くを見ながらそう言った誠一郎さんから、目を離せなかった。
「お土産、買って来るからね?」
…嬉しい…
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
ふぅっ。ってことは、また会えるってことだよね?
「あ、そういえば…」
「はい?」
「今日、栄養ドリンク入れてくれたでしょ?」
「あ…はい…」
「ありがとね。でも俺ってそんな疲れてるように見える?」
「…え…?」
その時、テーブル席でバースデーソングを歌い始める声が聞こえてきた。そちらを見てみると、6人のグループだった。そのうちのひとりの女の子が恥ずかしそうにしていた。
いいな…
あんな風に祝われて…
「…柚ちゃんの誕生日はいつ?」
「え?」
「誕生日」
「来月です」
「…何か予定はある?」
これは…もしかして…?
「ない」
「じゃあ俺がお祝いしてもいい?」
もちろん、もちろん、もちろんっ。
「ぜひっ」
私がそう言うと、誠一郎さんはまた柔らかく笑った。
もう胸の中が…ティンクルティンクルだった。




