3 愚痴
コンビニバイトが終わると、私は近くにオープンしたBARに立ち寄ってみた。
中に入ってみると、思ったよりもカジュアルで、値段も普通のBARよりも懐事情に優しい価格だった。これならたまに来れそうだ。
店内にはジャズが流れ、木目調のカウンターには数人の客が座っていた。
そう思っていると、ある人が目に入った。
あ…あの人…
最近コンビニに来る、カッコいいお兄さんだ。
私は声をかけてみた。
「あ、あの…」
彼はこちらを見た。
やっぱり…疲れた顔をした彼だった。
この疲れた顔が悲壮感を纏い、さらに彼を魅力的にしているように私には見えた。
そんな彼は、怪訝そうに私のことを見ていた。
「あの、私そこのコンビニで働いてる──」
「ああ…君か。君もこの辺りに住んでるの?」
“君も”ってことは、やっぱりこのお兄さんも?
「はい。近所なんです」
私はそんなことを言いながら、しれっと彼の隣に座ったあと、ビールを頼んだ。
「俺もこの近くなんだ」
「お仕事忙しいんですか?」
「…そう。出張も多くてね。本音を言うと辞めたいんだ」
私も同じ。私も辞めたい。魔法少女を辞めたい。
「実は私もなんですよ。掛け持ちで仕事してるんですが、もう一つの方を辞めたくて…」
「…辞められないの?」
「はい」
「俺も同じ。お互い大変だね」
彼は私が隣に座ったことに対して、別に嫌そうにはしていなかった。
…どころではなかった。
むしろ誰かに聞いて欲しかったかのように、仕事の愚痴を話し始めた。
ひと通り話終わると、彼はもう一杯「同じのを」と言ってお酒を頼んでいた。
「何飲まれてるんですか?」
「ん?ウイスキーのロックだよ」
かっけー…
私はメニュー表を見て値段を確認した。これなら私も飲める値段だ。私も同じものを頼んだ。
そのあとは私の愚痴を聞いてもらった。
そうやってお互いに話していると、時間なんてあっという間に過ぎてしまった。
自然と連絡先を交換すると、明日も仕事があるからと、解散することになった。
…宮本誠一郎…
それが彼の名前だ。
“今日は楽しかった。また一緒に飲もうよ”
彼は最後にそう言ってくれた。
やったぁっ。出会いあるじゃん。もうマチアプするしかないんじゃないかと思って、アプリをとりあえずダウンロードだけしていた。これなら必要なさそうだな。
この日の私は、ルンルン気分で家に帰った。
するとすぐにハンゾウが姿を現した。
「ティンクル・ルリカっ。敵が現れた」
「いや、今日はもう無理」
「…何ニヤけてんの?」
「ふふっ。いいことがあったからっ」
「早く変身しろ」
「彼氏できちゃうかもっ」
「世界の平和を──」
私は小さなコンパクトを手に取り胸に当てた。
「ティンクルプリズム、ラリルリカッ」
「…」
「これでいいんでしょ?」
「わかってんじゃん」
怪獣が暴れているところまでハンゾウと向かうと、今日もダーク・ロウがいた。
またいんのかよ…
せっかく気分が良かったのに、これじゃあまた戦いが長引く。
「ふふ。ティンクル・ルリカ。お前はいつ夜専門になったんだ?」
「うるさい。こっちにだって色々あんの」
「まぁいい。今宵も楽しませてもらうよ」
ぷぷっ。今宵って。
こいつ厨二病なんじゃね?
そう思っていると、彼らの攻撃が始まった。
私はステッキを使い、次々と魔法をぶっ放していた。
怪獣を全て倒すと、彼はこう言った。
「さすが…ティンクル・ルリカ。他の魔法少女とは格段にレベルが違うな」
だから名前呼ぶのやめてってば。
私は思わず笑いそうになるのを必死に堪えた。
「また戦おう。今日のところはここまでだ」
負けておいて何言ってんの?この人。
私は吹き出しそうになってしまった。
家に戻ると、ハンゾウはすぐには帰らなかった。
安アパートの薄い壁から、隣人の鼻歌が聞こえていた。
「んで?その彼氏になりそうな人には、正体はバラしていないだろうね?」
「は?言うわけないでしょ?言ったら高額な罰金が発生するんでしょ?」
「わかってるならいい」
「私がお金に困ってるの知ってるでしょ?」
「…その人はちゃんとした人なの?」
なんだかハンゾウの様子がいつもと違った。
「なんなの?人のこと干渉しないでよね」
「だって、僕はルリカのことを14の時から見てるんだよ?心配にもなるだろ」
私は冷蔵庫からビールを2本取り出し、そのうちの1本をハンゾウに手渡した。
「…飲む?」
「飲む」
それにしても心配?
「何を今さら。敵と戦わせておいて」
「僕はもう、保護者としてルリカを見てるんだ」
「ゆず!私の名前は柚」
「柚…変な男だったら、僕は許さないからな」
めんどくせー。親でもないくせに。
「わかったわかった。大丈夫だから」
私は適当にハンゾウをあしらった。




