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鏡に囚われた少女  作者: 最上優矢
第一章 鏡に囚われた少女

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堕ちた天使

 昼休み。

 母が作ってくれたお弁当を平らげた僕の元に、ある一人の相談者がやってきた。

 それが誰かと言えば、僕の担任教師、浜崎先生だった。


 相談をするにはうってつけの寂れた場所の体育館裏で、僕らは缶ジュースをチビチビ飲みながら顔を突き合わせた。


「先生ね、もう先生をやめようかな、って思っていて……正直、先生の自信なくしちゃったんだ。あーあ、どうしたらいいと思う、宗田くん」


 うーん。


「なんだろう、ここはいっそのこと、開き直ってみるのはいかがでしょうか」

「開き直る……?」

「今朝の内田さんの件で、教師を続ける自信をなくしたわけですよね」


 躊躇いながらも、こくんとうなずく浜崎先生。

 僕も小さくうなずき返すと、人差し指を一本伸ばした。


「だったら、今後は教え子に何を言われても、それこそが自分なんだ、って開き直ってみるのはどうでしょうか、というわけですよ」

「え……じゃあ宗田くんは、先生が貧乏神だとでも言いたいの?」


「ぶふっ」

「きゃっ」


 笑った勢いで、僕はオレンジジュースを噴き出してしまった。

 口から噴き出したオレンジジュースの一部は、浜崎先生が着ている白のブラウスにもかかり、一瞬のうちにその部位をオレンジ色に染めていく。


 僕はたまらず青ざめた。


「すみません、すみません!」

「……宗田くん」

「は、はい」

「先生は、やっぱり貧乏神、なの。どう、なの。答えて。ね……?」


 危険な雰囲気を漂わせる浜崎先生。


 堕ちた天使は怖いものだと、僕は思い知った。


「せ、先生、は……」

「先生、は……?」


 それ以上は、恐怖で言葉にならなかった。

 ならば、僕がすることは一つ。


 必至になって、僕は首をブルンブルンと横に振り続けた。

 意外にも、それから割とすぐに浜崎先生は元の様子に戻った。


「でもまあ、開き直るのはいいかもしれない、かな。それなら、少しは楽になれる、よね」

「は、はい。まあ、あとは実践あるのみです」

「そっか、そうだよね……! ありがとね、宗田くんっ」

「いえいえ、何のこれしき」


「というわけでね、宗田くん」

「はい」

「ジュースで汚れたこのブラウスは、一体どうしてくれるのかしら……?」

「……回れー、右! さよならバイバイ、また明日~」


 頭を無にして、僕はその場から逃げ出した。

 真っ白なブラウスを汚されて泣きわめく浜崎先生を、体育館裏に置き去りにするのは心忍びなかったが、それでもやむを得なかった。


 純白のブラウスを汚した罪は、今の僕には到底償えない。


 息を切らした僕が教室の席に戻ると、隣で柏餅を頬張っていた江口くんが、ゆらりと立ち上がった。


「ど、どうしたのかな」


 しばらくの間、江口くんは息を荒くしながら、突っ立っていた。


 やがて彼はもう一つの柏餅を僕の手に押し付けると、うなり声を上げて着席した。


「あっ、ども」

「気のせいか、唯人くんが女を一匹泣かせたような気がしてな。

 しばしの間、オレは興奮していたんだが……やれやれ、なんてことはない。ただの気のせいだった」

「ははっ、まさかね……気のせい気のせい」


 震える手で柏餅を食べる僕には、柏餅の美味しい味は分からなかった。

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