堕ちた天使
昼休み。
母が作ってくれたお弁当を平らげた僕の元に、ある一人の相談者がやってきた。
それが誰かと言えば、僕の担任教師、浜崎先生だった。
相談をするにはうってつけの寂れた場所の体育館裏で、僕らは缶ジュースをチビチビ飲みながら顔を突き合わせた。
「先生ね、もう先生をやめようかな、って思っていて……正直、先生の自信なくしちゃったんだ。あーあ、どうしたらいいと思う、宗田くん」
うーん。
「なんだろう、ここはいっそのこと、開き直ってみるのはいかがでしょうか」
「開き直る……?」
「今朝の内田さんの件で、教師を続ける自信をなくしたわけですよね」
躊躇いながらも、こくんとうなずく浜崎先生。
僕も小さくうなずき返すと、人差し指を一本伸ばした。
「だったら、今後は教え子に何を言われても、それこそが自分なんだ、って開き直ってみるのはどうでしょうか、というわけですよ」
「え……じゃあ宗田くんは、先生が貧乏神だとでも言いたいの?」
「ぶふっ」
「きゃっ」
笑った勢いで、僕はオレンジジュースを噴き出してしまった。
口から噴き出したオレンジジュースの一部は、浜崎先生が着ている白のブラウスにもかかり、一瞬のうちにその部位をオレンジ色に染めていく。
僕はたまらず青ざめた。
「すみません、すみません!」
「……宗田くん」
「は、はい」
「先生は、やっぱり貧乏神、なの。どう、なの。答えて。ね……?」
危険な雰囲気を漂わせる浜崎先生。
堕ちた天使は怖いものだと、僕は思い知った。
「せ、先生、は……」
「先生、は……?」
それ以上は、恐怖で言葉にならなかった。
ならば、僕がすることは一つ。
必至になって、僕は首をブルンブルンと横に振り続けた。
意外にも、それから割とすぐに浜崎先生は元の様子に戻った。
「でもまあ、開き直るのはいいかもしれない、かな。それなら、少しは楽になれる、よね」
「は、はい。まあ、あとは実践あるのみです」
「そっか、そうだよね……! ありがとね、宗田くんっ」
「いえいえ、何のこれしき」
「というわけでね、宗田くん」
「はい」
「ジュースで汚れたこのブラウスは、一体どうしてくれるのかしら……?」
「……回れー、右! さよならバイバイ、また明日~」
頭を無にして、僕はその場から逃げ出した。
真っ白なブラウスを汚されて泣きわめく浜崎先生を、体育館裏に置き去りにするのは心忍びなかったが、それでもやむを得なかった。
純白のブラウスを汚した罪は、今の僕には到底償えない。
息を切らした僕が教室の席に戻ると、隣で柏餅を頬張っていた江口くんが、ゆらりと立ち上がった。
「ど、どうしたのかな」
しばらくの間、江口くんは息を荒くしながら、突っ立っていた。
やがて彼はもう一つの柏餅を僕の手に押し付けると、うなり声を上げて着席した。
「あっ、ども」
「気のせいか、唯人くんが女を一匹泣かせたような気がしてな。
しばしの間、オレは興奮していたんだが……やれやれ、なんてことはない。ただの気のせいだった」
「ははっ、まさかね……気のせい気のせい」
震える手で柏餅を食べる僕には、柏餅の美味しい味は分からなかった。




