勘違い
「あっ、内田さん」
無意識に。
僕は内田さんを呼び止めた。
このとき、僕はどんな用件で彼女を呼び止めたのか、分からなかった。
滑稽だが、それでも呼び止めたのだから、きっと彼女に何かを言おうとしたのだろう、と僕は必死になって、その“何か”について考えを巡らせる。
内田さんは立ち止まると、若干警戒した様子で後ろを振り返った。
「はい?」
「ええっと……そう、だね。うん、うん。そうそう、そうだそうだ」
「…………」
用件を思い出すまで、どうにか場をもたせようとする僕だが、内田さんの無言の圧力は半端ではなかった。
プレッシャー。
「あの、その……んーとね」
「……なるほど、そういうことですか」
「えっ」
当の本人でも分からないことが、なぜ彼女に分かるのか、僕はドキッとした。
「そういうことって、どんなこと……?」
「お手洗い、ずっと行きたかったんでしょう? 浜崎先生はまだ泣き止みそうにないですし……ちゃちゃっと行ってきたらどうですか、宗田さん」
なんだろう、気のせいか内田さん、わずかに口角が上がっているような。
「あのね、内田さん……あっ」
「どうかしましたか」
思い出した。
「さっき、きみは浜崎先生のことを貧乏神って罵ったけど……なんで浜崎先生が貧乏神なのさ。
浜崎先生がきみを貧乏にさせたわけじゃないだろうに」
そのことですか、と内田さんは手を腰に当てた。
「生徒指導室でですね、浜崎先生の提案する最悪な案が通ったからです」
「最悪な案って?」
「聞いて驚くことなかれ……今まで私がアルバイトで稼いだ分だけのお金を、盟玄高校に寄付する、とかいう馬鹿げた案です」
「わお」
「ね、貧乏神でしょう?」
僕は曖昧にほほ笑むことにした。
あえて言いはしなかったが――そんなメチャクチャな案が出たのは、浜崎先生は内田さんのことを嫌っているからだろうな、と僕は勝手に想像した。
誰が誰を好きとか、誰が誰を嫌いとか、そういった情報はあっという間に、この校内では出回る。
たぶん、いや絶対。
浜崎先生が内田さんを嫌っているという情報は、内田さん自身も把握済みに違いないだろう。
騒然としている二年一組の教室が、普段の様子に戻ったのは、それから一時間の時間を要した。




