第28話 セシルの"晴れ舞台"
「ああ! 今年は見習いの人数も増やしましたのよ!」
セシルは、嬉しそうに胸を張った。
父の顔がまた固まる。
フレデリック様も何か言おうとしたけれど、それより先に商会の男が口を開いた。
「その件について、確認がございます」
「何でしょう?」
セシルはまだ笑顔だった。
「今年、見習いとして受け入れ先が決まっていたのは八名だったと記憶しております」
「ええ」
「ですが、孤児院では十二名まで支援を受けられると聞いていたそうで」
「そうですわ!」
セシルの顔がぱっと明るくなる。
「八人だけではかわいそうでしたから、わたくしが四人増やして差し上げたのです!」
会場のあちこちで、何とも言えない顔が浮かんだ。
「……その四名の受け入れ先は、どちらでしょうか?」
「ですから、それもこれから決めましょう!」
セシルが、名案を思いついたとばかりに満面の笑みで会場を見回した。
会場の空気はますます冷え込んでいく。
「今日はこちらに、たくさん商会の方がいらしているではありませんか。四人くらい、すぐに決まりますわよね?」
父が額を押さえた。
「セシル。もうやめろ」
「どうしてですの?」
「今ここで決める話ではない」
「でも、ちょうど皆さまいらっしゃるのですよ?」
本気で好都合だと思っているらしい。
商会の男が困ったように息をつく。
「こちらでも急遽、受け入れてくださる商会を探しておりました。しかし、どこもすでに今年の予定がございます。突然人数だけ増やされても――」
「たったの四人でしょう?」
言ってしまった。
近くにいた孤児院の院長が、わずかに顔を曇らせる。
セシルには見えていない。
「一つの商会で四人が無理なら、一人ずつお願いすればいいのですわ」
「その四名についてですが」
別の低い声がした。
グラウス商会の支配人だった。
セシルがそちらを見る。
「あら。もしかして、グラウス商会で引き受けてくださいますの?」
「いいえ」
即答だった。
セシルの笑顔が止まる。
「むしろ、そのうちの一人について確認しておかなければならないことがございます」
会場の空気が変わった。
グラウス商会の支配人が、私へ一度だけ視線を向ける。
私は小さく頷いた。
「四名の中に、ノワールという少年がおります」
「ノワール?」
セシルが首を傾げた。
「……どなたでしたかしら」
その言葉に、孤児院の院長が目を伏せる。
グラウス商会の支配人は表情を変えないまま続けた。
「彼は、当商会への見習いを希望しておりました」
「まあ。でしたら、ちょうどよろしいではありませんか」
「……最後までお聞きください」
支配人の声が少しだけ硬くなった。
「その少年は、当商会へ入ったあと、取引先や荷の入る時期などの情報を外部へ伝えるよう持ちかけられておりました」
「……え?」
セシルが瞬きをする。
今度は、会場中が完全に静まり返った。
「商会から情報を?」
近くにいた商人が小さく呟く。
「はい」
グラウス商会の支配人は頷いた。
「グレンフォード公爵夫人――リディア様が不審に気づき、本人に確認したことで、幸い情報が渡る前に食い止められました」
「そんな……」
孤児院の院長は、黙って目を伏せた。
セシルだけが、状況を飲み込めないように首を傾げた。
「でも、それは……そのノワールという方の問題ではありませんの?」
院長が息を呑む。
グラウス商会の支配人の目が細くなった。
「セシル」
父が低く制する。
けれど、セシルは止まらなかった。
「だって、そうでしょう? わたくしは見習いを増やしただけですわ。その方が悪いことをしようとしたのまで、わたくしのせいでは――」
「セシル」
さすがに聞き流せず、今度は私がセシルを呼んだ。
セシルが、何を責められているのか分からないと言わんばかりの顔で、こちらを見る。
「もちろん、あなたがノワールさんへ悪いことをするよう命じたわけではないわ」
「でしょう?」
すぐに表情が明るくなる。
「ほら、やっぱり――」
「けれど、だからといって、あなたに何の責任もないわけではないわ」
セシルの笑みが止まった。
「見習いとして送り出す以上、その子が誰で、どこへ行くのかくらいは把握しておくべきでしょう?」
「でも、それは――」
「では、聞くけれど」
私はセシルを見る。
「あなたが増やした四人の名前を、言える?」
「……え?」
セシルが目を瞬く。
「十二人にして差し上げたのでしょう? なら増やした四人が誰なのかくらい、当然分かるわよね?」
「それは……」
視線が泳ぐ。
「何が得意なのかは?」
「ええっと……」
「どんな仕事をしたいのか」
「……」
「住み込みでも構わないのか。読み書きはどの程度できるのか。どこの商会なら安心して預けられるのか」
セシルがキッと私を睨んだ。
「お姉さまはひどいですわ!」
「……私が?」
「そうですわ! さっきから皆さまの前で、わたくしの失敗ばかり取り上げて!」
セシルの声が震える。
その瞳に大粒の涙が滲んだ。
(この期に及んで、被害者のつもりかしら……)
私はセシルに、呆れた目線を向ける。
「今日は、わたくしが初めて中心になって開く慈善会なのですよ!? せっかくここまで頑張ったのに……どうして、わざわざわたくしの晴れ舞台を台無しになさるんですの!」
「晴れ舞台、ねえ」
その言葉に、会場が静まり返った。
「あなたは、四人を助けたのではないわ」
はっきりと言った。
「ただ、八という数字を十二に変えて、仕事をしたつもりになっただけよ」
セシルが黙る。
「その四人の一人が、ノワールさんよ」
私は会場の端へ視線を向ける。
孤児院の院長のそばに、ノワールがいた。
俯いていた少年が、こちらの視線に気づく。
「ノワールさん」
呼ぶと、びくりと肩が揺れた。
無理に話させるつもりはなかった。
けれど彼は少し迷ったあと、自分から前へ出てきた。
「僕から、話します」
「大丈夫?」
「はい」
ノワールは一度息を吸った。
それから、グラウス商会の支配人へ深く頭を下げる。
「すみませんでした」
支配人は黙っている。
「僕は、本当にグラウス商会へ入るつもりでした」
声が震えていた。
「そこで働けたら、そのあとも正式に雇ってもらえるようにしてやるって言われて……。取引している商会とか、北から荷物が入る日を教えるくらいなら、大したことじゃないって」
会場の誰も口を挟まなかった。
「怪しいって、分かってました。それでも、今年を逃したら、もう働き口がないかもしれないと思って──乗ってしまいました」
ノワールの拳が震える。
「まだ何もしていません。でも……公爵夫人様に見つからなかったら、たぶんやってました」
そこまで言って、もう一度頭を下げた。
「本当に、すみませんでした」
グラウス商会の支配人が、しばらくノワールを見ていた。
「顔を上げなさい」
「……はい」
「今ここで、君を雇うとは言えない」
ノワールの表情が曇る。
「分かっています」
「だが……公爵夫人から聞いていた通り、逃げずに話すことはできるようだな」
ノワールが顔を上げた。
「慈善会が終わったら、改めて話をしよう」
「……え?」
「これほどの人数の前で、その罪を認める心意気やよし。話ぐらいは聞こう」
そう言いながらも、支配人の表情は先ほどより和らいでいた。
「それ以上は、君次第だ」
「はい!」
今度の返事は、はっきりしていた。
私は小さく息を吐く。
どうにか話す機会には繋がった。
ここから先は、ノワール自身がどう見てもらえるかだ。
「……お姉さま」
セシルの声がした。
「でも、わたくしは……困っている子を多く助けようとしただけですわ」
「ええ。そうなのでしょうね」
セシルの顔が少し明るくなる。
「でしたら――」
「でも、約束しただけでは誰も助からないわ」
セシルが黙った。
「リディア」
父が口を開く。
「……もういい。今日のことはこちらで何とかする。残りの支援についても――」
「どうするつもりですの?」
父の言葉が止まった。
「衣料は?」
「……」
「保存食は?」
「……」
「残る三人の見習い先は?」
返事はなかった。
「そうですか──ここまでね」
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