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拍手のような

「かはっ! ぐ……また、この中に戻ってきちゃった……ヤナに、想いが届いたと信じるしかないか」


 瘴気の黒い球の中に引きづり込まれたライは、勢いよく地面を転がされた。そして、直ぐには立つ事が出来ず(・・・)に、そのまま自身の最後の行動が上手くいくことを願いっていた。


 ライがゆっくりと立ち上がろうとしている最中、視界の先で瘴気が集まり出している事に気付いた。それを見てライは、ヤナの神の力を過剰に身に受けた反動で全身の激痛に苦しみながらも、しっかりと立ち上がった。


「貴方がかつての私であり、ドワーフ族の巫女……そして今は、魔王か」


 ドワーフ族の巫女だった魔王は、背は低いが自分の背丈ほどあるかと思うほどの巨大な刃を持つ斧を担いで立っていた。


「ヤナの神の力の行使で傷ついた身体は、ルイ姉が直してくれたし問題ないしっと。この身体の痛みは……うん、我慢すれば良いだけだね」


 そう言うライだったが、額にはしっかりと大粒の玉の汗が出来ており、表情も明らかに苦しげだった。それでもライは、もう痛みは気にしていない。ライは、痛みでは止まらない。彼女が仮想現実で過ごした時間は、それだけの痛みに耐える事が出来る事が可能になる程に過酷だったのだ。



 ライの身体がヤナの手によって創られるまでの時間、彼女はヤナビの提案により仮想現実で、実に十五年もの間を過ごす事になった。


 当然、ヤナビは仮想現実だからという事で、ライの痛みを感じにくくするなどといった事は、全く行わなかった。ヤナビは、"もしヤナが、自分に鍛錬を目的とした仮想現実を作ったら、これくらいはやる"ぐらいの過酷な設定にしたのだった。


 ライは空間魔法に長けているため、これまではあくまで戦闘において後方に配置されていた。肉体的な年齢はヤナと同じ程であっても、悪神の洗脳から逃れたライの精神は、年端もいかない少女のようだった。その為、基本的には後衛から空間魔法を使用していた。


 だが、仮想現実にいるのは自分のみであり、誰も代わりに戦ってくれない。ヤナビは兎に角、実践経験を増やすことで、ライの戦闘技術向上と精神の成長を計った。最初は弱いモンスターで経験を積ませていき、倒し慣れる事に相手の強さを調整していく。


 必ずヤナビはライがギリギリ負ける(・・・)ぐらいに、敵の強さや戦闘条件を整え、ライにぶつけていた。


 単純な腕力や疾さといったステータスで、ゴリ押ししてくるモンスターから、武技や魔術に卓越した戦闘の達人、状態異常や特攻効果により油断したら直ぐに致命傷になる曲者など。


 十五年もの間に生き抜く力、生き残る術、そして戦うたびにもたらされる絶望。ライは、ヤナビに徹底的に鍛えられあげられる事で、完全なるヤナ脳(脳筋鍛錬狂い)となってしまっていた。


 空間操作能力を昇華させ、自身の戦闘スタイルに取り入れ、最後には調子に乗りすぎたヤナビが創り出した宇宙大海賊との全面戦争を、ソロで撃破という任務を遂にはクリアしてしまった。


 "次はどんな奴!? 私、ワクワクしちゃう!"


 その言葉を聞いた時、ヤナビは思った。


「あ……やっちまった。マスター、申し訳ございません」


 そんなライが、たかが常人なら失神してもおかしくない程の痛みを受けようとも、戦意を失う事はある筈がない。




「私は、貴方を憐れに思う。そして申し訳ないとも……前の私は一度、絶望に屈してしまった。悪神の手に堕ち、悪神の眷属として身体を創られてしまった」


 頭をさげる事まではしないまでも、ライは目の前にいる魔王に向かって謝罪した。


「だけど、良い事もあったんだ。ヒーローが、私を悪神から奪い去ってくれたんだ。しかもだよ? その後に、女神にまで身体を滅ぼされそうになった私の身体を、そのヒーローが創ってくれちゃったんだよ! もう、無茶苦茶だよね」


 ライは無理矢理に口角を上げて笑いながら、魔王に話しかける。魔王は、全く反応を示さないが、代わりに動きもしない。まるで、ライの話を聞いているかのようだった。


「でもその所為で、ヤナを人の道から踏み外させちゃった……だからね、その責任を私は取らなければならないの。憐れで可哀想な、かつての私をこの手で葬り去ってでも! はぁああああ!」


 ライは魔力を解放すると、両手の掌が淡く光りだした。その掌、薄く膜が張っているかのように見えた。


「さぁ、行くよ……って、えぇえええ!?」


 ライが駆け出そうとした瞬間、魔王もまた瘴気を噴出させながら魔力を解放した。そして次の瞬間、ライは驚きの声を思わずあげていた。それは、目の前の小さな少女のような見た目のドワーフだった魔王が、両腕が肥大化し、正に豪腕と言うべき丸太のような太い腕へと変わったからだった。


「ん? あれは……はぁ、アレは鍛冶師泣かせだねぇ。私も、その形式と迷ったけど」


 魔王の豪腕に驚いたライだったが、改めて構えをとった魔王の斧を見た時、目を細めながら呟いた。魔王が持つ斧の刃の部分が、自分の掌と同じように淡く光っていたのだ。


「私は掌に、貴方は斧に『絶対断絶』を付与して戦うのか……ゾクゾクしちゃうね。不殺で相手を制圧する事も可能だけど、相手を意識を失わせずにバラバラにして絶望を与える事もできる力……今回は、不殺と言う訳には……いかないよね!」


 お互いの武器に付与した『絶対断絶』は、この力を付与した状態で触れた対象に対し、強制的に分割させる力であり、刃に付与すれば防御無効の絶対的な攻撃が可能である。しかし、切り口ごと空間を分断している為、能力を解除しなければ血も出なければ痛みもない。


 分断された物は、回復魔法で再び再生されたりもしない。傷つけられた訳ではないからであり、術者が再び分断面を合わせた状態で、術を解除すれば何も問題ない。しかし、合わせていない状態で術者が分断面の『絶対断絶』を解除すれば、その断面は即座に現実に、切断されたものとして存在することになる。


 術者次第で、最も優しく戦闘不能に出来るが、その逆は正に悪魔的である。


 では同じ術の使い手が相手となった場合、その最強の矛は一体どうなるのか。


「くっ! 武器の重さの分だけ弾かれる!」


 魔王の斧に対し、ライは自身の掌を合わせて対抗していた。お互いが斧と掌に『絶対断絶』を付与している為、お互いの創り出す空間が反発し、斧も掌も空間ごと分断されていたりはしていない。しかしそうなれば、重力級の斧を軽々と振り回す魔王の筋力が、ライを簡単に吹き飛ばす展開になるのは当然だった。


 その為ライは距離を取り、自分の方が勝っているスピードで撹乱しながら、一撃で決めようとしたが、魔王が突如として天に向かって斧を投げたのを見て固まった。


「はは……斧が土砂降りの雨のようにって、どんな理屈!?」


 天に向かって投擲された魔王の斧は、魔王を中心に放射線状に無数に分裂しながら落下していた。残像や幻術と言った類のものではなく、一つ一つが全て本物であった。それを見抜いたライは思わず叫んでいたが、顔はここ一番の笑顔だった。


「そっちが斧を分裂させるなら、こっちはそれを上回る張り手よ! うらぁあああ!」


 ライはしっかりと四股を踏むと落下してくる無数の斧に向かって、気合を入れながら連続した張り手を繰り出した。ライの掌に弾かれた斧は、次から次に消えていき、全ての斧が降り注ぐ頃には、再び魔王の手の中には斧が握られていた。


「はぁ……はぁ……流石に……同じ技を……連続しては……出来ないよね?」


 息を切らしながらそんな事を呟くライを嘲笑うかのように、魔王は再び天に向かって斧を投擲した。


「な!? 本当にもう一回……ありがとう!」


 魔王が斧を手放した瞬間、ライは脚に局所的に身体強化を施すと強く地面を踏み込むと、魔王に向かって瞬時に間合いを詰めた。武器を手放した魔王に向かって腕を伸ばした瞬間、何故か目の前に天に向かって投げた筈の斧があった。


「しまった!」


 魔王は天に向かって投擲した斧の進行方向の空間と、自身の正面の空間を繋げていた。ライが魔王に斧を手放す様に挑発した際に、誘いに乗ったふりをしてライの攻撃を誘ったのは魔王だった。


 避け切る事が出来ないタイミングで現れた魔王の斧に対し、ライは焦ったかの様な声を出した。しかし、変わらず顔は嗤っていたのだった。


「と、思うよね?」


 魔王の斧に対して避けきれず刃が当たるであろう左肩を、ライは先に『絶対断絶』を付与した状態の自らの手刀で左腕ごと切り落とした。


 斧がそのままライの身体を分断することなく通り抜けると、ライは既に魔王の目の前に迫り、お互い必殺の間合いとなった。



 魔王は瞬時に腰からナイフを抜くと同時に、ライの首を狙い振り抜いた。


 ライは構わず両腕を交差させながら、魔王に突っ込んでいった。



 空間を断絶する際に、音は発しない。



 しかし、分断された空間が元に戻る際には、音が鳴る。


 天に舞う血の雨が地面を打つ音は、まるで舞台の終わりを告げる万雷の拍手の様だった。


↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)

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