激突
「その『銀瞳』は、紛れもなくハイエルフの証。世界樹に愛されるエルフが、魔王なんて……その銀の瞳に映る怒りは、本来は悪神に向けられたものであるべきよ」
エディスの前に立つ少女は、他の魔王同様に瘴気を纏い、表情は無表情であった。しかし、一点だけ他の魔王と異なっていたのは、その銀の瞳に映る怒りだった。
「きっと、エイダ様も気づいたでしょうね。初めて貴方を見たとき、貴方は他の魔王と違って明らかな怒気を宿していたわ」
エディスは、両手に拳を握り締めると、構えを取りながら話を続けた。
「ハイエルフは、筋金入りの女神盲信者。例え魂のない身体だけだとしても、女神様の敵である悪神に操られ、更には世界樹を枯らす瘴気を身に纏うのは、我慢ならなかったのね」
そして、大きく深呼吸すると気持ちを、昂らせながら一気に息を吐き出して叫んだ。
「悪神にぶつける事の出来ないその怒りを、私にぶつければいい! 全て受け止めた上で、粉々にしてあげるわ! 正直、私も怒りが限界突破する寸前なのよ! お互いぶつけ合って、すっきりしてから消滅しちゃいなさいよ!」
エディスは感情に任せ、自らも怒りのままに魔力を解放させた。そしてエディスの身体は、翠色のオーラの様な魔力が、まるで燃え盛る炎の様になりながらエディスを覆っていた。
「『世界樹の加護』『魔力変換金剛力』『威力絶対貫通』『気高き闘神』」
魔力を『魔力変換金剛力』により筋力へと変換し、『威力貫通』により、相手の防御力及び耐性を無視して、こちらの攻撃が通る様にする。更に『気高き闘神』により近接戦闘における全能力倍増化を行うが、ここまではこれまでと同じだ。しかし、エディスにはこれまでと決定的に違う事があった。
『魔力変換金剛力』により魔力を筋力に変換しているにも関わらず、エディスの身体からは『魔力変換金剛力』を使用する前と変わらずに、翠色の魔力の炎が迸っている。そして、もう一つ変化したものがあった。
エディスの瞳が、銀瞳に変わっていたのだ。
女神に愛され、世界樹に認められしエルフが至る上位種『ハイエルフ』。暴力的なまでに高い魔力保有量に加え、魔法制御力の高さは他の種族の追随を許さない。
エディスは、女神の帰還時にハイエルフへと至っていた。最初はこれまでよりも高い魔力に戸惑っていたが、同時に魔力制御も大幅に向上していた為、従来通りの戦闘方法であればすぐに慣れる事が出来た。
しかし、同じハイエルフであるエイダとの鍛錬に置いて、エディスは勝つ事が出来ないばかりか、エイダの高い魔力量と制御能力にものを言わせた爆撃のような魔法攻撃を、捌ききれずに倒されていた。
"エディス、貴方はハイエルフに至ったという認識が、まだ薄いのです。狂う程に女神様を求め、狂愛とも言える想いの高さが、ハイエルフたる所以。そして私達はそれを超える程にヤナ様を求める事で、更に変態的な強さを……ぐふぁ!? ヤナ様なにを!? そんな本気で斬りかかって来なくても、全てが終わればヤナ様の剣で私を刺して頂く予定で……九頭龍雷光砲! ハハハハ! 簡単に殺られる私ではありませんよ! 簡単にヤらせてはあげますが!"
しかし、エイダからハイエルフとして、更なる高みへと至った者の戦い方を教え込まれ、エディスは変わる事が出来た。自身がハイエルフだと認識すること、即ち女神への盲信、からのヤナへの狂愛。カヤミやディアナとはまた異なった愛の形にエディスは行き着いた時、自らがハイエルフに至ったのだと心身共に理解した。
この時、ヤナが仲間に更に変態が増えた事に、心の底から震え上がった事をエイダは知っている。しかし、エディスは知らない。
「さぁ、おっぱじめましょうか!」
エディスは、両足で地面をしっかりと踏みしめ、左右の腕を上下に構えたかと思うと、地面が爆発する程の踏み込みを見せ一足飛びに魔王へと飛び出した。それを見た魔王は即座に浮かび上がると、即座に無詠唱で無数の光球を向かってくるエディスの周囲に張り巡らせた。
「は! やっぱり魔術師か! これしきの弾幕で、あたいが止まると思ってないだろうねぇえ! はぁああああ!」
エディスは、自らに向かってくる光球を拳で破壊しながら、一直線に魔王へと向かう。本来であれば、魔王の放った光球は触れたら爆発する地雷魔球であった。更に複数の属性が入り乱れて放たれ、一つでも爆発すれば誘爆して全てが一斉に大爆発を起こす魔法であった。
しかし、エディスが拳で打ち抜いた地雷魔球は、『威力貫通』をハイエルフ化後の鍛錬により昇華させた『威力絶対貫通』により、魔法そのものが破壊されてしまっていた。エディスは、自身の打撃を与えることができれば、魔法そのものにダメージを与え魔法破壊が出来る様になっていた。
「いつまであたいの上に、いるつもりだってんだ! 『昇竜雷烈脚』!」
エディスは、地雷魔球の弾幕を強引に抜け、空に浮かんでいる魔王の足元に辿り着くと、先ほどまで身体を覆っていた魔力のオーラが放電し始めた。エディスは自身を覆う魔力のオーラに属性を付与することに成功していた。その結果、戦闘の間合いが広がり、近接戦闘の攻撃効果を高める『気高き闘神』の効果範囲も、自身の物理攻撃が届く範囲であれば効果が発動する様になっていた。
鋭く上空の魔王に向かってエディスが蹴りを放つと、まるで斬撃が飛んでいるかの如き衝撃刃が、雷鳴を轟かせながら昇っていった。
エディスは昇竜雷烈脚で仕留められるとは思っていなかったが、何らかの回避行動を起こすと確信していた。魔術師は兎に角間合い詰められるのを嫌うことは、これまでの戦闘経験で把握している上に、それはエイダ程の大魔術師と言える存在においても変わらなかったからだ。
魔術師のローブを羽織り、高度な魔法を操ってきた魔王もまたハイエルフであり、エイダと同じタイプだと判断していた。
そして、その早計な判断が悪手であったことに、エディスはすぐさま身を以て知ることになる。
「さぁ! 魔術師らしく逃げるん……だ? は?」
エディスが、挑発もかねて煽ろうとした時、魔王に当たる寸前だった昇竜雷烈脚が何故か自分に向かって来ていた。しかも、まるで誰かが同じ技を合わせて放ったかの様に、十字に交差する形の上に、速度まで上昇した状態で向かってきていた。
混乱した思考の中で、エディスの視界に映ったのは、蹴りを放った後の姿勢になる魔王であり、その捲れたローブから覗いた身体は、鍛えられた鋼の様に見事な武闘家の筋肉が作り上げれていたのだった。
「まさか、あんたも……は!? 不味い! 避けきれ……ぐあ! ごはぁあ!」
ある可能性に気づいた時には、既に避けられないところまで十字昇竜雷烈脚返しとも言うべき技が迫ってきており、エディスは咄嗟に頭上に腕を交差させ、耐えようとした。しかし、十字に見えた昇竜雷烈脚は、実際は僅かに時間差が作られており一撃目の衝撃で腕を弾かれたエディスに、続けざまに降ってきた昇竜雷烈脚が直撃した。
「がは……おいおい、クソッタレが! 『隙間無拳』! おぉおらぁあああ!」
更に駄目押しと言わんばかりに、魔王はエディスの頭上から真っ直ぐ落下しながら、拳を突き出した。その瞬間、無数の拳がエディスに殺到し、避ける事が不可能だと判断したエディスは、脚に力を込めて体勢を立て直すと、迎え撃つ形で瞬時に無数の拳撃を放つ『隙間無拳』を発動させた。
しかし、天から降り注ぐ拳と、迎え撃つ拳、どちらに勢いがあるのかは明白である。徐々に押され始めるエディスは、ある決断をする。
「仕方ない……アレをやるしかないか……ぐ……が……ヤナがいたら喜んでくれたから……見て欲しかったかな……」
そう呟くエディスは、宇宙戦艦ヤナトでの鍛錬を思い出し、思わず微笑んだ。エディスが身につけた新しい力の状態をヤナが見たときに、一人大はしゃぎしていた。勇者達に関してはルイも騒いでいたが、ヤナの興奮仕方は尋常ではなかった。
「『怒髪天破』『 超闘気』『怒りを超えし者』」
エディスの詠唱と共に、身体から迸る魔力は超闘気へと変化した。魔力の全てを、超闘気へと変換し身体強化を行い、それは既に強化という表現ではあり得ない程の超絶した筋力強化であった。しかし、その反面として通常魔法が一切使えなくなるデメリットがあったが、魔王が魔法技術に加え近接戦闘にも精通している事を理解したエディスは、今の自分では相手の技術の高さに対応出来ないと判断し、同じ土俵で戦う事を避け物理戦闘特化に賭けた。
この姿を初めて見たヤナは、思わず叫んだという。
"これは……まさかエディスは……穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めたと言うのか!? は!? まさかこの状態でキレさせれば、更にその先に行けるのでは!?"
そしてキレされようと、ヤナがエディスに暴言を吐いてキレさせると、全員から説教させられたのだった。
エディスは静かに右拳に力を込めると、拳を頭上にいる魔王に向かって振り上げた。同時に突き上げた右腕の皮膚が裂け血が噴き出ているが、エディスの表情は全く変わっていない。
エディスが魔王に向かって拳を振り上げた直後、エディスに血が降り注いだ。それは魔王の血であり、エディスの突き上げた拳の放った拳撃は、刹那の疾さで魔王に到達し、躱しきれずに魔王は身体を切り裂かれたのだった。魔王は直ぐに風魔法によりエディスから遠ざかり地面へと降り立つと、自身の傷には気にも留めずに、羽織っていた魔術師のローブを脱ぎ捨てた。
そして魔王もまた両手の拳を強く握りしめると、大気が震えるほど凄まじく吼えると、黒い闘気が身体から迸り、更にはその周りに電撃がまるで怒りの感情を表すかの如く舞っていた。
エディスの状態を観察した魔王は、あれが短期決戦用の奥の手である事を見抜いていた。そして一度発動すると魔力が尽きるまで、強制的に限界を突破させられ状態にあり、あえて戦わず回避すれば良いうことも分かっていた。
何故なら、この技の創始者がかつての巫女であり、今の魔王であったからだ。しかし、魔王は逃げない。
エディスとただ一つ違うのは、怒りの感情しか在らず、冷静な行動が取る事が不可能だったのだ。回避に特化した身体強化により、相手の魔力切れを狙うことも出来たはずだが、今の魔王には不可能であった。
お互いに、攻撃に特化した戦闘スタイルを創り出し、全てが一撃必殺になる事は分かっている。刀を持って対峙しているかのようにじりじりと間合いを詰めていく。そしてお互いの間合いが触れた瞬間、まるで鉄をハンマーで殴りつけるような轟音を轟かせながら、お互いがノーガードで殴り合いを始めた。
エディスは勿論の事、魔王も同様に威力貫通系スキルを使用しており、防御は一切通用しない。相手の拳に自らの拳をぶつけ合い、威力を相殺することでしか防ぐことは出来ない。そして奇しくもお互いの拳の威力は互角だった。
恐らく戦闘場所が此処でなければ、両者同時に倒れた事だろう。
しかし此処は、魔王の支配する空間であり、瘴気が時間が経つにつれて目に見えて濃くなっていた。
徐々に両者の均衡は崩れ始め、拳と拳がぶつかり合うと、エディスの拳が弾かれ始めた。そして相殺できない威力が、防御無視で伝わり始め腕が死に始める。そもそもお互いが身体の限界を強制的に無効化している為、拳を繰り出す事に身体は悲鳴をあげている状態だった。そこに加えて一方の攻撃力が上回るという事は、即ち死を意味する。
拳は砕け、内臓にもダメージが入り吐血し、足も踏ん張りが効かなくなりながらも、エディスは耐えていた。
彼は、これくらいでは諦めない
彼は、決して倒れない
だから私も
「倒れるわけには行かないのよぉおお!」
全身を覆っていた超闘気の全てを右拳に凝縮させ、エディスは最後の一撃に賭けた。
エディスは、魔王の拳に自らの拳を合わせることなく、お互いの右腕が交錯するタイミングで、命を乗せた一撃を放った。
お互いの心臓に向かって進む必殺の拳は、やがてその動きを止めることになる。
そして、崩れ落ちる事なく立っていた者が、この戦いの勝者となった。
しかし、誰も勝利の雄叫びをあげる者はおらず、静寂だけが二人の戦いの結末を物語るのであった。
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





