白と黒
「貴方が、『刻の予見者』なのですね」
そう問いかけるアシェリの前には、月狼の巫女装束を着ながら瘴気を纏う獣人族の女性が立っていた。年頃はヤナ達と同じ程であり、時を取り戻したアシェリと良く似ていた。
「私の勘が、早く主様の元へと駆けつけよと告げているのです。例え貴方がかつての私であり、そして魔王だとしても……私は止まるわけには、行かないのですから」
アシェリは、先程からヤナの身に何かが起きたのではないかと不安になっていた。命の危険が迫っているという類のものでは無いと感じていたが、酷くイラついていたのだった。しかし、今は目の前のかつての巫女の成れの果てである魔王に、意識を集中するのだった。
「『完全獣化』『月光解放』『月牙天狼』」
アシェリは女神の帰還に伴い、女神からの加護を惜しみなく得られるようになった。その結果、自分の強い意志と女神の加護が混ざり合い、『完全獣化』のより現れたのは『月狼』ではなく、『月輝天狼』であった。
その姿は、神獣と呼ばれてもおかしく無い風格と覇気を纏っていた。
月狼より、月光に輝く白銀の身体
月狼より、疾く主の元へ駆けつける脚
月狼より、堅く鋭い爪
月狼より、主に仇なす者を喰らう牙
月に祈り
月に願い
月に捧げる
想いを姿に変えたアシェリは、何処にいようとも届かせると言わんばかりに、天に向かって吠えたのだった。
アシェリと対峙する魔王もまた、己の身を変化させていく。その姿は、姿形は月狼であるものの、性質は全く異なるものだった。
月狼より、闇を纏いし漆黒の身体
月狼より、恐怖と共に敵の元へと襲いかかる脚
月狼より、獲物を切り裂き血に染まる爪
月狼より、目に映る者全てを噛み砕く牙
狂気を姿に変えた魔王は、溢れる瘴気に身を包み、獲物が世界の果てに居たとしても絶望を与えんと言わんばかりに、アシェリに向かって吠えたのだった。
お互いの咆哮が終わると同時に二頭の狼が地面を蹴り、瞬時にお互いの爪が届く間合いに詰め寄った。
すれ違いながらお互いの爪はお互いを深く切り裂き、それでもなお脚は止まらず駆け続けている。幾度も交錯し、その度に両者共に肉を裂かれ、血が噴き出していた。次第に移動速度は加速し始め、一歩一歩が全て縮地となり、今この時の両者の戦いは、この世界における最速同士の衝突と言えた。
時間にすれば十数秒の間に、両者の牙と爪が数百回以上お互いの肉を切り裂き、削ぎ、噛みちぎり、地面は次第に赤黒い血に染まり始めた。
永遠にお互いの肉を削り合うかに思われたが、先に血が足りなくなったのは白い狼だった。黒い狼は、常に瘴気を身体から溢れ出しており、それが徐々にこの空間を漂い始めていたのだ。霧の様に漂う瘴気を避けながらでは、黒い狼の爪や牙を躱すことが出来ず、遂に体勢を崩した。
そして、この瞬間に黒い狼は、全身から瘴気を噴出させると、一気に周囲が瘴気の闇に覆われた。白い狼は、一気に広がった瘴気を避けるために後ろへと跳躍した。
白い狼は、瘴気の煙幕に乗じ襲ってくるのだと予測し、瘴気に巻き込まない様に動いたが、黒い狼の狙いはそうではなかった。
一度は広がった瘴気だったが、突如急速に収束していくと、その中心部には黒い狼が三体立っていた。
それを見た白い狼は、瘴気の煙幕が二体の分身を創るための時間を稼いてただけだと分かり、自分の悪手に歯軋りをした時だった。黒い狼達が、三位一体一直線に重なる様に駆け出してきた。
白い狼は瘴気の煙幕から逃れる為に、先程戦っていた場所から離れていた事が災いし、相手に十分な加速を可能にする間合いを与えてしまっていた。白い狼が迎撃体勢を整えようとするも、身体が瞬時に反応するには傷つきすぎていた。
次の瞬間、白い狼は三体の黒い狼に肩や脚に食いつかれ、そのまま噛み砕かれてしまった。白い狼はあまりの激痛に悲鳴を上げそうになったが、口から血を吐きながらも食いしばり耐えると、そっと瞳を閉じた。
黒い狼がその様を見ると、止めを刺すべき更に噛みちぎろうと牙に力を込めた瞬間、一匹の黒い狼の毛が逆立つと咄嗟に口を白い狼から離し、他の黒い狼の影に隠れる位置に移動した。
そして白い狼が天に向かって咆哮した瞬間、白銀の身体から眩い光が爆発的に放たれた。その光が、白い狼に食らいついていた黒い狼に当たると、まるで強い火力で燃やしているかの如く熱を帯び、黒い狼を燃やしていった。そしていち早く離脱しようとしていた一体の黒い狼もまた、無傷でいる事は叶わなかった。
しかし光源の中心から自分を守る様に瘴気を出しながら遠ざかることで、他の二体の様に朽ち果てることなく、離脱する事に成功していた。
数秒後、光が弱まると白い狼がいた中心には、満身創痍でありながらも強い目を黒い狼に向けている月狼の巫女が立っていた。
そして、同じ様に黒い狼が立っていた場所には、全身に火傷を負いながらも表情一つ変えていない魔王となりし刻の予見者がいた。
両者共に完全獣化を維持できぬ程に、血を流し魔力を失い傷付いていたのだ。
そして二人は、両手にナイフを手にしていた。偶然にも両者の武器は同じであり、戦闘スタイルはもまた同じであった。
ゆっくりと二人は、一歩踏み出し歩き出す。深手を負っていない部位など一つもない様な状態で、一歩踏み出すごとに速度を増していく。肉が避け、骨が軋み、痛みに目が眩見ながらも、駆ける脚は加速をやめない。
魔王は表情を変えず、自分の身体がどれ程壊れても痛みなど感じ無いと言わんばかりに、突き進む。まるでその姿は、自ら滅びようとしている様にも見えた。しかし覇気の無い虚ろな瞳は、滅ぶことさえも諦めているかの様な絶望の色しか写していなかった。
そんな魔王に向かって、真っ直ぐに向かっていく月狼の巫女の顔は……
嗤っていた。
滅びたいと願う嘗ての巫女を目にして、憐れみを感じ無い筈がない。
死にたいと言わんばかりに身体を壊す同胞を見て、涙が出ない筈がない。
それでも、月狼の巫女は嗤う。
そして、二人は交錯する。
命を燃やさんと吼えながら。
お互いの願いを叶える為。
絶望から逃れる為。
希望を掴む為。
重なる咆哮が一つになり、やがて狼の遠吠えは聞こえなくなった。
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





