希望と絶望
「神火の縄が消えましたか……しかし、ヤナ様からの負の感情の流れ込みが消えていましたから、彼方はなんとかなったのでしょうが、此方はここからが本番と言ったところですか」
セアラは,、身体に巻きついていた神火拘束縄が消失する寸前、ヤナから伝わってきていた負の感情が流れてこなくなった事に安堵していた。そして同時に、神火拘束縄が消失したという事は、外部からの接触が絶たれた証だと認識し、警戒を強めていた。
「しかし……なんでしょうね。このイラつきと焦燥感は……」
そして、セアラは何かしら言い知れぬ苛立ちを覚えたが、その原因について答えられる者は、この場にはいなかった。
「これは……瘴気? この空間自体を瘴気で徐々に埋めようとしている……だけでは無いようですね……『永遠に狂い逢う』『重い想い』」
セアラはこの空間に隔離された時から、手には金棒を持っていた。そしていつ戦闘が始まっても良いように身体強化魔法も既に施している。しかし、目の前に現れた存在を目にすると、すぐさまスキルの効果時間を延ばし、金棒には重力効果を付与し攻撃力を増した。
「貴方は……かつての私なのですね」
瘴気を纏いながらも、王女然としたドレスを着こなす自分と同じ年頃の少女に対し、セアラは哀しげに呟いた。その呟きに対し、魔王と化したかつての巫女は反応を返すことなく、ゆっくりと手をセアラに向かってかざした。
「魔王となった貴方とは、言葉すら交わすことが出来ないのでひゃあ!?」
セアラが言葉をかけている最中、全く空気を読まずに魔王の手からは、まるでギロチンの刃のごとく障壁が、セアラの首に向かって伸びた。セアラは驚いたものの、手に持つ金棒を障壁刃に対し真正面から打ち付け粉々に砕いた。
「障壁使いですか!? かつての私から、この術は私に受け継がれているという事ですね! 『閉ざす心は堅牢』!」
対峙する魔王が、自分と同じ障壁使いだと確信を得た瞬間、セアラもまた自身の身体の周りに一人分のボックスのような障壁を展開した。それを見た魔王が前に突き出した掌を握りこむと、砕かれた障壁刃の破片が一斉にセアラに向かって襲いかかった。
「『重ね重ね逢いたい』『閉ざす心は堅牢』!」
障壁刃の破片は、セアラの『閉ざす心は堅牢』に全方位から突き刺さった。その刃は鋭く、セアラの障壁に軽々と突き刺さり、障壁にヒビが入った。すぐさまセアラは障壁を多重に展開し厚みをもって破られるのを防いだ。
「なんとか止まりましたか。それにしても、障壁刃が鋭すぎますね。一枚の障壁では防げな……え? 障壁刃が回転して……まさか!?」
セアラの多重障壁に勢いは止められた魔王の無数の障壁刃が、消滅する事なくその場で一斉に回転を始めた。そしてまるで削岩機の如く、回転しながらセアラの多重障壁を砕きながら進み始めた。
「砕かれた障壁の破片すら、ここまで魔力を込める事が出来るなんて!?」
自分に確実に向かってくる無数のドリルに、セアラは驚き目を見開いた。そして、静かに呟いたのだった。
「私と同じですね」
セアラも呟きと同時に、自身を守っていた多重障壁がまるで硝子が割れるような音を奏でながら破砕した。
「『雨降る夜に約束を』」
セアラの詠唱と共に、多重障壁魔王の刃より微細に砕け一瞬にして広がったかと思うと、魔王の障壁刃に相殺する形でぶつかっていった。しかし、それでも全ての魔王の障壁刃と相殺する事は出来ず、セアラに刃が襲いかかった。
「これしき……くらいでぇええ! 貴方にも、刃の雨を降らせましょう!」
襲いかかる障壁刃を金棒で叩き落とすも、全てを防ぎきる事は出来ず、セアラの身体の至る所に障壁刃が突き刺さった。しかし、噴き出す血飛沫を物ともせずに、セアラは金棒を魔王に向けていた。その瞬間、先程自身の障壁を砕いて創り出した『雨降る夜に約束を』が、魔王に向かってまるで土砂降りの雨の如く降り注いだ。
セアラは、『雨降る夜に約束を』を創り出した際に、自身に襲いかかる魔王の障壁刃に向かわせたのは必要最小限で、残りは反撃の為に魔王向かわせたのだった。
魔王は目線を上げると、右腕を掲げると頭上に多重障壁を一瞬にして創り上げると、左手で正面方向にも同じく多重障壁を展開した。そして魔王の頭上からセアラの『雨降る夜に約束を』が降り注いだ時、同時に正面には金棒が激突していた。
魔王は頭上に障壁展開した瞬間、正面から向かってくるセアラ金棒の気配を察知し、目線を正面向けるより早く即座に障壁を展開したのだった。そして金棒の勢いを完全に障壁で受け止めると、目線を頭上から正面に向けた。当然、金棒を受け止めたという事は、破壊対象であるセアラが近距離に近づいてきたという事だからだ。しかし、正面には障壁に突き刺さっている金棒以外は、何もいなかった。
「あははははは!!」
突然、頭上から嗤い声が聞こえたと思うと、障壁が砕ける衝撃に魔王は襲われた。そして次の瞬間、セアラの拳が魔王の顔面に突き刺さった。更に追撃の一撃を与えようとしたセアラだったが、バランスを崩しながらも魔王は、セアラを蹴り払った。
鈍い音を立てながらセアラが吹き飛ぶ際に、魔王の瞳にセアラの嗤っている顔が写った。その顔を見た瞬間、魔王は寒気を感じたが既に遅かった。頭上から無数の『雨降る夜に約束を』が、魔王に降り注いだ。魔王の障壁刃同様に、セアラの『雨降る夜に約束を』も消滅せずに、魔王を狙い続けていたのだ。
とてもかつての王女から発せられているとは思えない様な、獣染みた咆哮を挙げながら、魔王はセアラの降らせた雨に打たれた。そして、雨が止んだ時、魔王の着ていたドレスは引き裂かれ、身体中に裂傷を作っていたが、魔王の顔はまるで彫刻の様に無表情の少女のままだった。
「ふ……ふふふ……まるで、ヤナ様に救ってもらう前の……私ではないですか……」
魔王に蹴り飛ばされ地面を転がされたセアラは、血反吐を吐きながらも立ち上がると、魔王にヤナと会う前の自分を重ねていた。
「魔王は……勇者様以外の英雄は、魔王を倒すことは叶わなかった……それは何故か……」
セアラは、魔王となりし嘗ての王女に語りかける様に、話し始めた。魔王は傷口から更に瘴気を溢れ出しながら、セアラ話など聞く耳を持っていないと言わんばかりに、両腕を広げ次々と空中に障壁を小箱の様に創り出していた。
それを見て、魔王の障壁箱の中身に魔力と瘴気が込められているのを感知したセアラも又、同じ様に周囲に障壁箱を創り出した。しかし、その中身は何も込められていなかった。
「単純に力が足りなかったという事もあるでしょう……しかし、今の貴方を見ているとそれだけではなかったのだなと理解出来ます」
魔王は、広げた両手を胸の前で勢いよく合わせた。そしてその動きに合わせる様に、魔王の障壁箱がセアラに向かっていった。セアラも魔王の動きと寸分変わらない動きを見せると、セアラの障壁箱は、魔王の障壁箱に向かって飛んでいった。
「魔王である筈の貴方が、同族の姿をしながら……そんな、何もかも諦めた顔をしているからです! 殺してくれと願い、滅ぼしてほしいと祈る……そんな顔をした嘗ての王女を見て、哀れに思わずにいられない!」
セアラと魔王の中間の位置で、両者の障壁箱が激突した。
「だから私は……貴方を哀れみません。ただただ、怒りに燃えましょう。ヤナ様と同じ様に、私も絶望が大嫌いになりました。絶望を超える希望を示してくれたヤナ様の様に、貴方に終わりという希望を与えましょう」
魔王の障壁箱は、一つ残らずセアラの障壁箱に包み込まれていた。そして同時に魔王もまた棺桶の中にいる様に、セアラの障壁に捉えらえていた。
「『永遠の眠りを』」
祈る様な詠唱と共に、魔王の障壁箱を包んでいたセアラの障壁箱が縮小していき、最後は消滅していった。そして魔王を囲んでいる障壁箱もまた同様に縮小していった。魔王は圧縮速度を遅らせる為に、円柱状の障壁を内部に創り出しつっかえ棒の様にすると、セアラと同じ様に祈る様に手を合わせた。
「これは……これまた悪趣味ですね」
セアラまた魔王と同様に、棺桶の中にいる様に障壁に囲まれていた。しかし一つ違っていたのは、内側に向かって三角錐状の突起物が形成されており、それが自分に向かって伸びて来ていた。
咄嗟に自分を囲む様に障壁を棺桶内部に創り出したが、魔王を圧死させる為に魔力を消費している為に、防御障壁に回す魔力は少なく、すぐに罅が入り始める。
魔王もまたセアラを串刺しにする為に、三角錐へと魔力を消費しており、圧縮速度を抑えていたつっかえ棒も砕け、両腕両足で迫り来る壁を押し止めようとしているが、徐々に体勢が取れない程に小さくなっていった。
魔王の骨が『永遠の眠りを』により、砕け始めると、同様にセアラの防御障壁も砕け、三角錐状の障壁が突き刺さり始めた。
そして数分経たずに、完全なる静寂が訪れたのだった。
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





