扉
「ぐ……これは……ヤナ様の、哀しみと……怒りの感情?」
隔離された空間に立っているセアラに、突如として強い感情が流れ込んできた。それは、神火拘束縄から伝わってくるヤナの感情だった。
「『ヤナ様! 何が起きたのですか!? ヤナ様! 返事をして下さい! 雑音が酷くて、何が起きたか分からないのです!』」
ここまで直接的にヤナの負の感情がセアラに伝わってきた事は、一度としてなかった。その事に焦りながら、セアラはヤナに対して念話で呼びかけた。しかし、ヤナからの返答が無いばかりか、これまで常時クリアに聞こえてきた念話が、何故か雑音が酷くまともに相手の声が聞こえなかった。
それに加えて、ヤナビも反応しないことに、セアラの不安は確信に変わった。
ヤナの身に、何かが起きたのだと。
「この神火の縄は、今もヤナ様と私を繋げている……この空間から、外に繋がる物であるのだから、必ず何かこちらからでも外に出られる方法がある筈。絶対に……きっと今すぐヤナ様の元へ行ってみせる。『私と貴方は一つ』」
セアラは魔力を完全開放し、手に神火拘束縄を掴むと、精神を集中させながら自らの魔力を神火拘束縄に流し始めた。ただ、その目からはとめどなく流れる涙があった。
「『あなた、返事しなさいよ! 何があったの! どうして返事がないのよ!』」
エディスもセアラと同様に、突然流れ込んできたヤナの感情に動揺していた。ヤナとの連絡も付かず、それでいてヤナの負の感情だけは止め処なく流れ込んでくる現象は、パニックを起こさせるには十分だった。
「私を……私をここから、出せぇええ! 『闘気解放』『激昂』!」
エディスは、今の感情の昂りをコントロールする為に、敢えて自らの感情を昂らせ、身体能力を倍増する『激昂』を発現させた。感情を昂らせる事で力を倍増させる『激昂』は、コントロール出来なければ、ただの暴走する狂戦士と化しが、エディスは魔王城に至るまでの宇宙戦艦ヤナトでの鍛錬で、感情をコントロールすることに成功していた。
ディアナは、自ら感情を昂らせ『激昂』を発現し、その状態で感情をコントロールする事で、ヤナの感情に引きずられていた自らの感情を、スキルを通してコントロールする事に成功した。
「はぁ……はぁ……何て強い感情なのよ。『激昂』状態で自分の感情を上乗せしなきゃ、完全に我を忘れそうだったわ。でも……それだけの事が、ヤナに起きているという事よね」
自分に繋がっている神火拘束縄をしっかりと両手で掴み、念話が繋がらない事を確認すると、セアラと同様に神火拘束縄に自身の魔力を流し始めたのだった。
そしてエディスもまた、自らの意思とは関係なく、目からは涙が溢れてでいたのだった。
「主様……あの時よりも、更に深い哀しみに沈んでしまっているのですね。まさか、仲間の誰かが……」
アシェリは、ヤナからの深い哀しみと怒りの感情が流れ込んで来ると、かつてヤナが瘴気纏いとなった盗賊頭を斬って殺した時の事を思い出さずにはいられなかった。
「何故、私はまた主様の元へ駆け寄る事が出来ないのでしょうか? 貴方を、今すぐ抱きしめてあげたいのに。大丈夫だよと、貴方を安心させてあげたいのに……それが出来ないなんて、今の私が受け入れられる訳がない」
応答のない念話に対し、アシェリは焦る事もなく、静かに目を閉じる。そして身体に巻きついている神火拘束縄を優しく、愛おしそうに指で撫でると、舞を始めた。
身体に巻きついている神火拘束縄を、むしろ舞に使う道具のように躍らせると、次第に神火拘束縄から溢れでる神火が、まるで花吹雪のようにアシェリを包み始める。月光の舞と共に、アシェリの身体からは優しい光が溢れ出す。
「私は月狼。主様は月。私の爪も牙も、全て主様の為に……『輝夜の祈り』」
アシェリの身体から月の光が溢れ出すと、自らに繋がる神火拘束縄に、月の魔力が浸透していくのだった。
「『そんな……嘘……嘘だって言ってよ!』」
「いいえ……嘘ではありません。ディアナ様とカヤミ様が、マスターを庇い命を落としました。現在、放心状態にあるマスターを勇者様が護り、エイダ様が今もなお悪神に捉えられているシラユキ様を救出しようとしています」
「『ディアナ姉、カヤミ姉……あのクソ神ぃいい!!』」
ライも他の巫女同様に神火拘束縄が身体巻きついており、ヤナの感情が強く流れ込んでいた。ただし、他の巫女と決定的に違う点は、ヤナビとの念話が通常通りに行われているという事と、仮に神火拘束縄が身体に巻きついていなかったとしても、ヤナの激情が伝わっていただろうという事だった。
その結果、ライは巫女たちの中で最もヤナの感情に影響を受けていた。その怒りと哀しみに支配されそうになっているライをもし誰かが見たとしたら、全身から溢れ出す感情に任せた殺気を存分に含んだ魔力に、安易に近寄る事が出来なかっただろう。
「ライ様、マスターの感情に影響を受けないという事は、眷属という性質上無理でしょう。しかし、それでもマスターと同じく感激情にかられ思考を停止してはなりません。眷属とは、主である神を支える者。それに貴方は、マスターと共に堕ちる為に長い時間を仮想現実で過ごした訳じゃないでしょう?。貴方は、魂までマスターに創られた訳ではありません。魂は、貴方自身のものなのです。自分の意思を、しっかりと持ちなさい! マスターと同調するだけの存在に、貴方はなりたいのですか!」
「『ヤナビ先生……』」
全身から激情に任せ魔力を放出していたライは、ヤナビの言葉により徐々に落ち着きを取り戻していった。一瞬でも気を抜けば、ヤナの感情にのまれる状態であったが、自我を保つ事に精神を集中させると、身体から溢れでていた魔力が制御され収まっていった。
「そう、それで良いのです。現状を打破するにはライ様の力が必要なのです。マスターに対しては、セアラ様とアシェリ様、エディス様が自らの想いを魔力に乗せてマスターに注ぎ込もうとしています」
「『それじゃ、私も!』」
「いえ、ライ様には巫女の救出に動いてもらいます。この空間を脱出出来るのは、マスター以外ではライ様だけでしょう。マスターの眷属としての存在であるライ様は、マスター固有も神気を扱う事が出来ています。空間を扱う力もまた、それまでの比ではありません。あとは、神の力を扱えるほどの集中力を、今のライ様が保てるかどうかです」
「『確かに宇宙戦艦ヤナト内での鍛錬で、ヤナの神気を扱う術を学んだけど今のヤナからなんて……でも、やるしかないもんね……ふぅ……』」
ヤナビの言葉にライは、息を大きく吸い込むと、静かにゆっくりと吐き出しながら、全身を巡る魔力の流れに集中し始めた。
「ライ様、貴方も怒りたいでしょう、泣きたいでしょう、哀しみたいでしょう。それでも貴方は、冷静でいなければなりません。神の力は、例え身体が神の眷属となっていたとしても、とてつもなく強大で危険なもの。マスターでさえ、女神の力を使う際には、『不撓不屈』を発動させている為に、何とか扱えている状態。それを今の状況で完璧にコントロールするのは、不可能でしょう」
ライは徐々に神火拘束縄を通してヤナの神気を受け入れ始め、それと同時に全身を刺すような痛みが襲っていた。
「『これは……鍛錬の時は……これほどじゃ……なかったのに……』」
「神の力を行使するということは、蛇口の調節と似ています。通常はその蛇口は硬く閉じており、むしろ開けるのが困難です。しかし、今の状況は異なります。力の源であるマスターの心の箍が外れており、蛇口のコントロールが出来ず、勢いよく流れ込む状態です。得られる力は大きく、そしてコントロールを誤るとその反動は凄まじい事になります」
ライは、ヤナビの言葉に胸が締め付けられる様だった。仲間を危険に晒すほどに、自分の力を暴走させているヤナを想い、彼女の目からは自然と涙が溢れ出していた。
「立て続けにこちら側に犠牲者が出ると、私の力を持ってしても、女神の分体である私には、マスターの暴走を止める力はありません。他にも不測の事態が起きる前兆もあり、今ここで何とかしなければ、全滅もあり得ます」
「『わかってる……これ以上の……絶望は……いらないんだからぁあ! ヤナの全部を、私は受け止めてやるんだから!』」
ライの叫びと共に、身体からは血が滲み出し始めた。ヤナから流れ込む神気は、これまで鍛錬で受け入れた量の比ではなく、当然の様に完璧なコントロールなど出来るの筈もなかった。しかし、ライはそれでも決してヤナから流れ込んでくる神気を拒絶し止めることはしなかった。
「ライ様! 外の状況が動きます!
「『不屈の眷属を……なめんなぁああ!』」
ライは雄叫びを上げた直後、両腕を前に突き出した。そしてまるで重い扉を開ける様に、力を込めながら一歩前に歩き出すと、ライの目の前の空間が扉が開く様に穴が開いていくのだった。
『あぁ、何という悲劇なのだろう。男を守る為に、女が二人も死んでしまったぞ? なぁ、不屈よ。さっきの二人と、君はどんな関係だったんだい? 仲間以上の関係だったのかい? ん? どうしたんだい? 答える事が出来ないのかい? 自分を庇って死ぬような女が、君を慕っていない訳はないだろうねぇ。それに君は応えていたのかい? まさか、全て終わってから、気持ちに応えようとか考えていた訳じゃないよね。それなら、悪いことしちゃったかなぁ! あははははは……は?』
両腕広げながら、空中からヤナを見下ろしながら煽り嗤う悪神の表情が、固まった。何故なら、突然シラユキ腕に神火拘束縄が巻き付いており、そこから神火が燃え上がり、シラユキを拘束していた瘴気の巨大腕を祓っていたからだった。
「シラユキ姉は、返してもらうよ。クソ神野郎」
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





