二人の未来
「ねぇ、ディアナ。ちょっと良い?」
「カヤミか。いいぞ、どうしたんだ? こんな時間に」
騎士国スーネリアを出立して一週間程経った頃、宇宙戦艦ヤナト内の各自割り当てられた自室にいたカヤミの元へ、カヤミが訪れた。カヤミがディアナの部屋に訪れた時間が、深夜に差し掛かる様な時間であった為、ディアナは少し驚きながらも部屋の中に招き入れた。
「再度聞くが、どうしたんだ?」
「少しディアナに相談がしたくて……」
「ふむ、それは構わんが、私で良いのか? セアラ様やエイダ様の方が、しっかりとした答えを頂けそうだが」
「いえ、貴方じゃないとダメなの……私と同じ、貴方じゃないと」
「カヤミと私が、同じ? よくわからないが、取り敢えず立ってないで座ったらどうだ」
カヤミの言葉に、ベッドに座っていたディアナは首を傾げながらも、いつまでも扉の前で立っているカヤミに椅子に座るように促した。その言葉にカヤミは頷き、勧められるままに椅子に座ると暫く俯いたまま黙っていた。ディアナはカヤミが話し出すまで、静かに待っていた。
「……ディアナ、ついていけてる?」
「それは、ヤナや他の仲間との鍛錬についてという事か?」
「うん……」
「全く駄目だな。このままでは、弾除けの肉壁ぐらいにしかなれる気がしないな」
「……は? え? なんで……それなのに、なんでそんな堂々としてるの!?」
カヤミの言葉にディアナは、全く表情を変える事なく、自身が周りの実力と乖離している事実を認めた。その上、戦力外だという事も臆する事なく言ってのけた。その言葉にカヤミは驚き、思わず声を大きくしながらディアナに詰め寄った。
「何をそんなに怒っているんだ、カヤミは。当たり前だろう、我々は"普通の者"何なのだぞ? ヤナや勇者様方は全員が【女神の使徒】、セアラ様達は【女神の巫女】、エイダ様は【聖域の守護者】、シェンラ殿は【天空竜】だぞ。カヤミは【刀工】だが、私に至ってはただの護衛騎士だ」
「【刀工】の役目は、もう終わってるから……私も何もないのと一緒」
「これからヤナが挑むことは神殺しであり、勇者様は魔王討伐だぞ。これまでも、魔王討伐の時の勇者様以外の者達の役割など露払いと肉壁だ。この世界に選ばれし者を、無事に魔王の元へと送り届け命を懸けて勇者様を護るのが、異世界の勇者様にこの世界を救ってもらう我々の役目だと、私は思ってる」
「ディアナ……それで良いの? ヤナの隣で戦えなくても」
カヤミはディアナの目をまっすぐに見ながら、問いかけた。その問いにディアナは、歯を食いしばりなが拳をきつく握りしめた。
「悔しいさ……ヤナが我々を置いて旅立った後、死に物狂いで鍛えた。それでもやはり足りない……だが、カヤミ。ライに、王都で気付かされたじゃないか。我々は、ヤナが好きだ。たとえ死んだとしても、次の私もヤナを好きになる」
「狂おしい程に……」
「ならば迷う事はないじゃないか。他の方々には、背負う使命があるが、我々には特別この世界に与えられた役割はない。であるならば、好きに生きれば良い。私なんて、ロイド伯爵の騎士でありながら、今どこにいる? 一人の男を追いかけて、ここまで来てしまったのだぞ?」
「ふふ、そうね。私もせっかく正式に刀工になったのに、あれ以来ろくに刀を打ってないわ」
ディアナの言葉に、カヤミも笑っていた。そしてひとしきりお互い笑った後、ディアナは表情を真剣なものに戻しながら、これからの事を話し始めた。
「ヤナは、きっと誰も死なせたくないと誓っている筈だ」
「えぇ、そうね。ヤナは、優しいから」
「あぁ……だが、恐らくそんな理想的には行かないだろう。相手は魔王であり、その更に先には神がいる。そして神に対抗できるのは、恐らくヤナだけだろう。勇者様といえど、やはり人が神に対抗できるかどうか分からない。ただ神の位階へと昇り始めたヤナは、神へと挑む資格がある」
ディアナの言葉に、カヤミは黙って頷いた。カヤミも騎士国スーネリアを出立してからヤナの成長が尋常じゃないと感じていた一人だった。女神がこの世界に帰還した事で、女神の巫女であるセアラ達、聖域の守護者であるエイダ、女神の使徒である勇者達の力が自分達の予想を超えて伸びている事にも驚いていたが、ヤナは文字どおり別次元になっていたのだ。
「既に、努力でどうにかなるという次元ではないんだ。我々とて、ここでこれからの鍛錬で強くなるだろう。恐らくは、王国に帰れば二人共に、冒険者で言えばS級と同格にもなっていると思う」
「でも、それではこれからの戦いでは、戦えないのね」
「あぁ、だからこそ、我々はヤナを護る事に命を懸けるんだ。それが、我々の使命なんだ」
「この世界から与えられた使命ではなく、自分達でそう決めるってことね……うん、弟子を作るのをヤナに手伝ってもらう約束だったけど、仕方ないわね。ディアナの約束は、今からでも果たせるんじゃない?」
「まぁ、そのなんだ……飢えて襲いたいのはやまやまなのだが、やはり初めてはヤナから来て欲しいと言うか……」
「乙女ねぇ。騎士なんていう男社会で育ったから、逆にそんな事に憧れるのかしらね。セアラ様なんて正真正銘のお姫様なのに、隙あらばヤナを障壁で監禁して手篭めにしようとしてるのに」
ディアナが普段の男勝りな言動に対して、もじもじと照れている様子に呆れながら、カヤミはセアラの事を思い出し苦笑していた。
「心配なのは、我々が身を犠牲にした場合、ヤナがどうなるかという事だな」
「確かにねぇ、想像が出来そうで出来ないわね。怒りの矛先が、相手に向かうのか、それとも自分に向かうのか……何となく、ヤナは自分を責めそうね」
「そうだろうな……我々がどのような事が原因で死んだとしても、きっと自分を責めるだろう。きっと、全員を護りながら戦えると信じている男だからな。実際に、これほどの乗り物を作って、敵のいない場所を移動するくらいだ。あれほど苛烈に鍛錬を仲間に施すくせに、仲間を誰かに傷つけられるのを恐れている」
「そうね、今回のだって、きっとセアラ様達が要石の巫女として、世界の生贄にさせられるという事があったから騎士国すぐに出発したけど、そうじゃなかったらきっと、自分の魔力なんか御構い無しに、各国を形状変化した神火で、ひたすら護りを固めてから、出発しようとしたかもしれないわね」
「まぁな、そんな事をしたら流石にヤナでも、かなり力を削られるからな。今回の様にある意味追い出される形になったことで、各国に力を割く事がなくなったのは、不幸中の幸いか」
「そうね……本当に、そうだわ」
ディアナがそう呟くと、カヤミは何かに気付いた様な表情をしていた。カヤミの表情に気付いたディアナは、考え込んでいるカヤミにどうしたのかと尋ねたのだった。
「何か、気になる事でもあったのか?」
「えぇ、多分だけど……女神様は、わざとヤナと対立するような神託を下されたのかも……」
「なんでそんな事をする必要があるんだ? あの神託が下されたのが原因で、ヤナは巫女をこの世界の生贄として捧げる方針に逆らって、自分の仲間だけを連れて魔王城に向かっているんだぞ?」
ディアナは、カヤミの言葉に怪訝な表情を浮かべながら、今自分達が少数で魔王討伐、神殺しに向かっている原因を作ったのが、女神の神託にあると述べた。
「でもね、もし神託がなかったらどうなっていたと思う?」
「当然、これまでの歴史から考えて、勇者様とヤナを中心に魔王討伐隊が各国協力のもとに結成されただろうな。実際、各国共にそのように準備していたじゃないか」
「そう、大規模な討伐軍を組織し、魔王討伐に向かった筈よ。魔物や魔族とヤナや勇者様達を戦わずして送り届ける為に……そして、間違いなく魔王城にたどり着いたとしても、命を顧みずにヤナや勇者様の盾になる為に」
カヤミの言葉にディアナは、思わず固まってしまった。魔王討伐に出陣するような騎士団や軍人が、命を惜しむことなく世界の為に、躊躇なく命を散らすだろうことが理解でき、それをヤナが許容しないことが容易に理解できたからだった。
「……間違いなく、全員死なせない努力をヤナはするだろうな」
「えぇ、でもそれは必要な犠牲だと私達は思う。でも、ヤナはきっと頭ではわかっていても、それを許容しない」
「あぁ、きっとそれは勇者様も同じだろうが、ヤナは度を越してそういう事が嫌いだからな。とても甘いが、それがヤナの強さの源でもあり、弱さだろうな」
「だから、女神様は対立させるような神託を下した……ヤナの口ぶりからすると女神様と面識があるようだったから、女神様もヤナの事を知っていてもおかしくないわ。各国の首脳陣が本気で巫女を犠牲にしようとしているのか、全てを知りながらわざと芝居をしていたのかは、わからないけど……」
カヤミは、何処か遠くを見るような目をしながら呟いた。
「だが、それなら初めから少数精鋭で魔王討伐隊を結成するとすればよかったじゃないか。わざわざ対立するような事をしなくても……いや、そうするとヤナは、結局自分の力を削って各国を護ろうとする……か」
「えぇ、だからわざと追い出したんじゃないかしら。ヤナに神殺しを成させるために、自分達の世界を自らの力で護ることにしたのかも」
「なるほどな。しかし、実際にそこまでするという事は、女神様には我々が魔王城に乗り込む際に、魔王軍の襲撃が各国にあると予見しているのかもしれないな。女神様がどこまでを見通しているのか分からぬが、我々のように力の足りぬ者が同行しているのにも、何か意味があるかもしれないぞ? 我々二人の使命が何か分からないが、我々は常にヤナを見ていようじゃないか」
「そうね……各国が世界を護る戦いを、ヤナが世界を救う戦いをするなら、私達はヤナを護る戦いをすれば良いのよね」
カヤミは、何処か晴れ晴れとした表情をしながら呟くと、ディアナはそれを聞いて頷いていた。
「結果として、我々が命を落とした時に、ヤナは怒りと悲しみに支配されるかもしれないが……きっと、ヤナは乗り越えるさ」
「そうね……ヤナには、沢山の味方がいるわ。それに戦いとは、常にその覚悟を伴うものだわ。きっと、ヤナなら乗り越えられるわ」
ディアナとカヤミは、少し申し訳なさそうな顔をお互いにしながらも、決意を固めたような意志の強さがその目に宿ったのだった。
ヤナやエイダ、勇者達が悪神が映し出した各国の襲撃の映像に気を取られた瞬間、悪神は瘴気を槍の形へと変化させると、ヤナに向かって一直線に投擲していた。
本来、ヤナは『死神の慟哭』と『生への渇望』を常時発動している為に、致命傷を負うような攻撃に対して反応出来る筈だった。しかし、この時はこれらのスキルの効果を嘲笑うかのように、悪神の槍はヤナに気付かれることなく進み続けた。
悪神はこの槍に対して、ヤナのスキルに感知できない程の特攻効果を施していた。ヤナ以外の者に対しては、隠蔽効果を発現しないものの、ヤナにだけ不感知効果を槍に与えていた。通常の戦いの最中であれば、ヤナ以外の者が槍の存在に容易に気付く筈だった。
しかし、状況が悪すぎた。
槍を覆う瘴気は、周囲の瘴気と同化し、他の者に取っても気付きにくく細工されていた上に、エイダはエルフの里の様子を、勇者達はジャイノス王国の様子を、セアラ達に至っては隔離された空間にいた為に、ヤナへの襲撃そのもの自体を把握する事は不可能だった。
この時に悪神が映し出した映像に気を取られる事なく、ヤナを見ていた者が二人だけいた。
彼女達は、命尽きるまでヤナを護る事が使命と、自身で決めた者だった。
だから気付いたのだ
ヤナに向かって来る槍の存在に
ヤナが槍の存在に気づいていないことに
槍を止める力が自分達にないことに
ヤナに気付かせる時間もないことに
彼女達は槍とヤナの間に飛び出したのだ
声を上げる時間も惜しみ
ただひたすらに間に合わせると心に想い
かくして二人の想いは届くことになった
二人は重なるように槍の前に立ち塞がる事に成功した
同時に二人は同じ表情をする事になる
誰かと同じように
不敵に笑いながら
そして同じ言葉を呟いた
『 』
その呟きは
ヤナの慟哭によって
誰にも聞こえる事はなかった
そして二人は、灰となって崩れ去ったのだ。
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





