表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/3

拾う人

「美咲、最近の課長、調子に乗りすぎだろ」


ランチの蕎麦屋(そばや)で、結衣が声を(ひそ)めた。


「あの地域物産プラン、もう正式に全社プロジェクトになるらしいよ。課長が責任者で」


「知ってる」


「美咲の企画なのに! なんでそんなに落ち着いていられるの」


私は(はし)を置いた。


「ねえ結衣。捨てられた企画って、どこに行くと思う?」


「ゴミ箱でしょ」


「うん。でも、そのゴミ箱を毎晩こっそり(のぞ)いてた人がいたら?」


結衣が(まゆ)をひそめる。


私はスマホの画面を見せた。そこには、私が出した企画書のスキャンデータが、びっしりとコメント付きで返ってきている。


『この導線設計、社内の誰より鋭い』『この数字の根拠、完璧だ』『君を埋もれさせている組織のほうが間違っている』


「これ……誰なの」


「半年前ね。深夜まで残業してたら、清掃のあとのフロアに一人だけ人がいたの」


その人は、私のゴミ箱から、くしゃくしゃになった企画書を拾い上げていた。


「勝手に見てすみません、って謝られた。でも、これは捨てられていい企画じゃない、って」


その人は、私の企画書を膝の上で丁寧に()ばしながら、こう言った。


「組織には、若い才能を(つぶ)すことで自分を守ろうとする人間がいる。でも、潰された才能を拾い上げるのも、組織の仕事だ」


静かな声だった。けれど、芯に熱があった。


「君がこのまま腐らずにいてくれるなら、僕はその証拠を一緒に集める。理不尽を、感情じゃなくて事実で叩き潰そう」


それから私たちは、毎晩データを交換するようになった。


私が課長の不正を集め、その人が裏で検証(けんしょう)する。横領(おうりょう)(うご)かぬ証拠。パワハラの録音。手柄横取りのタイムスタンプ付きログ。


私は半年間、感情を(ころ)して数字だけを見続けた。


課長が経費(けいひ)()るたびに、領収書の控えをコピーした。架空の出張の日に、課長が社内にいた防犯(ぼうはん)カメラのログを、その人が経由(けいゆ)して()り寄せてくれた。私の企画が課長名義で部長に提出(ていしゅつ)された日時と、私が原稿を作成した日時のメタデータも、すべて揃った。


点が、線になっていく。


「その人、何者なの」


「もうすぐ、わかる」


「ヒントくらいちょうだいよ」


「ヒントは……月曜の朝まで内緒」


結衣が口を尖らせた。


「もったいぶらないでよ」


私は微笑んだだけで、答えなかった。


午後、フロアに緊張(きんちょう)が走った。


『来週月曜、全社ミーティングを緊急開催(きんきゅうかいさい)。全部署、出席必須』


課長は鼻歌(はなうた)まじりだった。


「きっと私のプロジェクト発表ね。藤宮さん、当日の資料、あなたが作っておいて。手柄は私のだけど、雑用(ざつよう)は若い子の仕事よ」


「わかりました」


私は静かに(うなず)く。そのとき、課長がふと私の手元を覗き込んだ。


「あなた、最近ずいぶん経理のフォルダを開いてるみたいだけど。雑用係が、なんの用?」


心臓が()ねた。けれど私は、表情を変えずに画面を閉じた。


「会費の精算です。歓送迎会の」


「……ふん。余計なことに首を突っ込まないことね」


課長は鼻を()らして去っていった。あと一歩。気づかれる前に、終わらせなければ。


その夜、私はいつもの相手にメッセージを送った。


『資料、私が作る権限をもらいました。当日のスライド、こちらで仕込(しこ)めます』


返信は、いつもより少し長かった。


『ありがとう。長い間、一人で証拠を集めさせてすまなかった。月曜、全部終わらせる。君の企画も、君自身も、正当に評価される』


『大画面に映すスライド、僕がめくる』


私は画面を見つめた。


その人の役職を、私はまだ結衣にも言っていない。


ただ一つだけ、結衣に伝えた。


「結衣。月曜、絶対に前の席に座ってて。一番いい景色が見えるから」


「景色?」


「課長の顔がね。たぶん、一生で一番おもしろい顔になるから」


結衣は理解できないという顔で、それでも頷いた。


「わかった。最前列、確保しとく」


「ありがとう。結衣にはずっと支えてもらったから、いい席で見てほしいの」


帰宅して、私は左手の薬指(くすりゆび)指輪(ゆびわ)をそっと外し、引き出しにしまった。


月曜の朝までは、これは隠しておく。


スライドをめくるその人の名前を、フロア全員が知る瞬間まで――あと、三日。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ