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偽聖女に全てを奪われ追放された無能令嬢ですが、隣国の冷徹王太子に拾われ、真の奇跡を開花させて溺愛されています  作者: 黒崎隼人


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第9話「帝国主催の大舞踏会、輝く星空の令嬢」

 オルティス帝国の白亜の宮殿は、今宵、地上のどの場所よりも光に満ちあふれていた。

 中央の円形大広間へと続く大階段には、最高級の赤い絨毯が隙間なく敷き詰められている。

 天井からは、数千個の水晶を組み合わせた巨大な照明が吊り下げられ、無数の光の筋を周囲に降らせていた。

 世界各国の王族や大貴族たちが、それぞれ自国の誇りをかけた正装に身を包み、大広間を埋め尽くしている。

 壁際に並べられた長机には、銀の器に盛られた珍味や、極彩色の果実、そして絶え間なく泡を放つ金色の祝杯が山のように積み上げられていた。

 給仕たちが足音もなく行き交い、贅を尽くした空間をさらに華やかに彩っている。

 その華麗な喧騒の片隅に、ベルン王国の第一王子、レナード・フォン・ベルンと、その隣に寄り添うマリアの姿があった。

 二人の周囲には、かつてのような賞賛の輪は一切存在していなかった。

 それどころか、近づこうとする他国の貴族は誰一人としておらず、冷ややかな視線だけが遠巻きに彼らを刺している。

 レナードの着用している礼服は、仕立てこそ豪華絢爛であったが、どこか生地の張りが失われ、彼のやつれた体躯に対して僅かに弛んでいた。

 彼の金髪は生気を失ってくすみ、目の下に刻まれた濃い陰影が、日々の心労の深さを物語っている。

 マリアの装いもまた、悲惨なものだった。

 彼女は自分の最も得意とする純白のフリルドレスをまとっていたが、その生地の端々は細かく擦り切れており、胸元に飾られた真珠のブローチも、どこか曇って見える。

 ベルン王国の財政が傾き、魔力炉の停止にともなう経済的損失が、王族の衣装にまで影響を及ぼし始めている証拠だった。

 マリアは自らの扇を激しく動かし、周囲の視線を遮るように顔を隠しながら、隣のレナードに向けて不満の声を漏らした。


「レナード様、なぜ皆様は私たちを避けるような真似をするのですか。ベルン王国の第一王子と聖女である私たちに対して、あまりにも不作法ではありませんか」


 その声は、周囲の美しい弦楽の調べに混じって、酷く不調和に響いた。

 彼女の指先は、絶え間ない不安からか、ドレスの生地を何度も強く掴み、皺を作っている。


「気にするな、マリア。他国の連中は、我が国の現在の状況を大袈裟に噂しているだけに過ぎない。今夜の舞踏会で、帝国の皇帝陛下、あるいはアルフレート殿下に直接お会いし、我が国への新たな魔力支援を取り付ければ、すべての問題は解決する」


 レナードはそう答えたものの、彼自身の声にも確固たる自信はなかった。

 彼の視線は、大広間の正面にある、まだ閉じられたままの巨大な黄金の扉へと注がれている。

 彼の喉はカラカラに渇いており、手にした杯のワインを一口すするが、その味を全く感じることができなかった。

 大地の恵みを失い、不作が続く自国の現状から目を背けるために、彼はこの華やかな場に救いを求めていた。

 しかし、周囲の貴族たちの囁き声は、容赦なく二人の耳に届いてくる。


「おい、見ろよ。あれがベルン王国の王子だそうだ」


「国内の結界を維持できず、領民を飢えさせているという噂は本当だったらしいな」


「隣にいるのが自称聖女か。随分とみすぼらしい姿ではないか」


 その言葉の一つひとつが、レナードのプライドを内側から削り取っていく。

 彼は奥歯を強く噛みしめ、拳を握りしめた。

 すべては、あの無能なエレニアが、婚約破棄の腹いせに何か細工をして逃げ出したせいだ。

 彼はそう思い込もうとしていたが、胸の奥底にある正体の分からない恐怖を消し去ることはできなかった。


◆ ◆ ◆


 その時、大広間の入り口にある一対の黄金の扉が、左右へと静かに開かれた。

 会場内のすべての音楽が、まるで合図を合わせたかのようにぴたりと停止する。

 何千人もの貴族たちが一斉に呼吸を止め、その視線を開かれた扉の向こうへと向けた。

 現れたのは、帝国の王太子、アルフレート・ヴァン・オルティスだった。

 彼は、一切の無駄な装飾を削ぎ落とした、漆黒の夜会服をまとっている。

 胸元に飾られた帝国の勲章だけが、照明の光を受けて鋭くきらめいていた。

 彼の氷河を思わせる冷徹な双眸は、会場全体を静かに見下ろし、その圧倒的な存在感だけで、居並ぶ貴族たちを気圧している。

 しかし、人々の視線が本当に釘付けになったのは、彼の隣に立ち、その逞しい腕にそっと手を添えている女性の姿だった。

 エレニア・フォン・アールストは、ゆっくりと大階段の最上段へと足を踏み出した。

 彼女がまとっているのは、帝国の至高の職人たちが作り上げた「星紡ぎの絹」のドレスだった。

 深い夜空の色をした生地は、彼女が歩みを進めるたびに、まるで生きているかのように微細な光を放ち、本物の星々が流れるような軌跡を描き出す。

 彼女の豊かな髪は美しく結い上げられ、隙のないなだらかなうなじが、照明の光を浴びて真珠のような高貴な輝きを放っていた。

 そして何より、彼女の鎖骨の間で静かに揺れる、あのエメラルドグリーンの巨大な結晶が、異様なほどの存在感を示している。

 それはかつて、彼女が命を削りながらも紡ぎ出していた、大地の祝福そのものだった。

 その結晶からは、目に見えないほど清らかな魔力の波動が周囲へと広がり、広間全体の空気を一瞬にして清涼なものへと変えていく。


「……嘘、だろ……」


 レナードの口から、掠れたつぶやきが漏れた。

 彼の瞳は限界まで見開かれ、階段を降りてくる美しい女性の姿を凝視している。

 それは、数週間前に自分が泥の国境へと放り出したはずの、あの地味で無能な婚約者だった。

 今の彼女には、当時のお怯えや疲弊した様子など、微塵も残っていない。

 公爵令嬢としての完璧な気品を取り戻し、帝国の最高位の賓客として、あの冷徹王太子の隣で堂々と微笑んでいる。


「そんな、どうしてエレニア様がここに……あのドレスは、帝国の秘宝ではなかったのですか」


 マリアの声が、恐怖で引きつった。

 彼女の顔からは完全に血の気が引き、持っていた扇を床へと落としてしまった。

 エレニアの圧倒的な美しさと、その首元で輝く結晶の純度は、マリアがこれまでにレナードに提出してきたどの石よりも、遥かに巨大で、美しかった。

 それが何を意味するのか、マリアの狡猾な頭脳は、瞬時に理解してしまったのだ。

 エレニアは、アルフレートの歩調に完全に合わせながら、優雅に階段を降りていく。

 彼女の視線は、まっすぐに正面を見据えており、会場中の賞賛と驚嘆の囁きを、心地よい風のように受け止めていた。

 彼女の隣にいるアルフレートは、彼女に向ける視線にだけは、狂おしいほどの深い熱と溺愛の色彩を宿らせている。

 彼はエレニアの手をさらに自らの腕へと引き寄せ、優しく囁いた。


「素晴らしいな、エレニア。今宵の主役は、完全に我が最愛の令嬢だ」


 エレニアは彼の言葉に、頬をほんのりと赤らめながら、美しく頷いた。

 二人の間に流れる親密な空気は、誰の介入も許さないほどに強固だった。

 彼らが大広間の床へと降り立った瞬間、周囲の貴族たちは一斉に道をあけ、最高の敬意をもって二人を迎えた。

 その光景を、レナードとマリアは、ただ震えながら見つめることしかできなかった。

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