第10話「ひざまずく愚者、衆目の前の奇跡」
大広間の中央へと進み出たエレニアとアルフレートの前に、人混みを乱暴に掻き分けて進み出る影があった。
レナードは、周囲の貴族たちの冷ややかな目線に気づくこともなく、エレニアの数歩手前で足を止めた。
彼の息は荒く、その瞳には焦燥と、いまだに現実を受け入れられない傲慢さが混ざり合っている。
彼の背後からは、マリアが怯えた足取りで、彼の衣服の裾を掴みながら付いてきていた。
「エレニア! なぜお前がここにいる! しかも、そのドレスと首飾りは一体何だ! お前は我が国を追放された大罪人のはずだろう」
レナードの叫び声は、広間全体の静寂を破った。
周囲の貴族たちから、一斉に不快感を含んだざわめきが沸き起こる。
しかし、レナードはそれに構うことなく、エレニアに向けて指を突きつけた。
「その首飾りの結晶は、我が国の聖女マリアの功績を盗み出したものに違いない! 帝国ともあろう大国が、そのような泥棒猫を最高位の賓客として迎えるとは、何たる不見識か」
レナードの言葉が放たれた瞬間、エレニアの前に一歩、アルフレートが進み出た。
彼の身体から放たれたのは、言葉ではなく、空気そのものを凍りつかせるような、圧倒的な威圧感だった。
彼の凍てつく双眸がレナードを捉えた瞬間、大広間の温度が数度下がったかのような錯覚を、その場にいる全員が覚えた。
アルフレートは低く、地を這うような声で言い放った。
「不作法な男だな。我が帝国の神聖な舞踏会において、私の許可なく我が最愛の賓客に無礼を働くか、ベルン王国の哀れな王子よ」
その声に含まれた絶対的な権力の重圧に、レナードの膝がガクガクと震え始めた。
彼は必死に立ち続けようとしたが、アルフレートの放つ漆黒の魔力の気配が、彼の肩を強く押し下げる。
耐えかねたレナードは、衆目の前で無様に大理石の床へと膝をついた。
彼を支えようとしたマリアもまた、その圧力に恐怖し、その場にひざまずき、頭を垂れるしかなかった。
「な、何を……私は、ただ真実を……」
レナードは床に手をつきながら、必死に顔を持ち上げようとした。
しかし、彼を見下ろすアルフレートの視線には、虫けらを見るような軽蔑しか含まれていない。
「真実だと? 面白い。ならば、その真実をこの場の全員の目で確かめてみようではないか」
アルフレートは振り返り、エレニアに向けて優しく手を差し伸べた。
エレニアは彼の意図を理解し、静かに頷くと、彼の手に自らの手を重ねた。
彼女は一歩前に出ると、自らの首元にあるエメラルドグリーンの結晶に、そっと指先で触れた。
彼女の胸の奥から、これまでにないほど澄み切った、大地の息吹を呼ぶ魔力が溢れ出す。
『私の力を見てください。これが、私がこれまで国を支えてきた、本当の証拠です』
エレニアがそう念じた瞬間、彼女の指先から、眩いばかりの緑色の光の粒子が放たれた。
光は川の流れのように大広間全体へと広がり、壁際に飾られていた、季節外れで枯れかけていた装飾用の植物たちへと降り注いだ。
その瞬間、奇跡が起きた。
茶色く干からびていた葉が、またたく間に瑞々しい深緑色へと蘇り、無数の花の蕾が、一斉に音を立てるようにして大輪の花を咲かせ始めたのだ。
それだけではない。
広間の四隅に設置されていた、魔力不足で薄暗くなっていた魔道灯のすべてが、エレニアの光に共鳴するように、かつてないほどの清らかな輝きを取り戻した。
大広間全体が、まるで精霊の住む神秘の森の中に一瞬にして変貌したかのような、圧倒的な光景だった。
貴族たちの間から、割れんばかりの歓声と驚嘆の声が沸き起こった。
植物をこれほどまでに急速に活性化させ、魔力を一瞬にして純化させる能力など、現世の魔術師の誰一人として持ち合わせてはいない。
これこそが、古代に失われた「精霊の祝福」の真の力であることは、誰の目にも明らかだった。
「ば、バカな……そんな力が、エレニアにあるはずが……」
レナードは床を這いながら、周囲の光り輝く光景を、絶望の目で見つめていた。
彼がこれまでマリアの力だと信じ込まされていたものは、このエレニアの放つ強大で清らかな奇跡の、ほんの出し殻に過ぎなかったのだ。
彼女を失ったからこそ、自国の魔力炉が停止し、大地が枯れ始めたのだという冷酷な事実が、今、彼の脳裏に稲妻のように突き刺さった。
エレニアは、床にひざまずくレナードとマリアを、静かに見下ろした。
彼女の瞳には、かつてのような怨みも、悲しみもなかった。
ただ、自らの価値を完璧に証明したという、揺るぎない誇りと気高き光だけが宿っている。
その隣で、アルフレートはエレニアの細い腰を強く抱き寄せ、勝ち誇ったような美しい笑みを、哀れな愚者たちへと向けた。
完全なるざまぁの瞬間が、大舞踏会の華やかな光の中で、完全に成立したのだった。




