第8話「復讐の序曲、世界で最も美しいドレス」
オルティス帝国の広大な王宮の最上階にある、特別な衣装室。
そこには、大陸中から集められた最高の仕立て屋や織物職人たちが、一堂に会していた。
部屋の中央には、大きな姿見が置かれ、その前にエレニアが静かに立っている。
彼女の周囲では、数人の針子たちが、息を潜めながら彼女の身体のサイズを測っていた。
部屋の扉が静かに開き、アルフレートが入ってきた。
彼の姿を見るなり、職人たちは一斉に深く頭を下げた。
アルフレートはそれを手つきで制し、まっすぐにエレニアの元へと歩み寄る。
彼の目は、鏡に映る彼女の姿を、一時も離さずに捉えていた。
「準備は順調のようだな」
「はい、アルフレート殿下。ですが、本当にこのような素晴らしいドレスを、私がいただいてもよろしいのでしょうか。帝国主催の建国記念大舞踏会に、私がこのような姿で出席すれば、周囲の反発を招くのでは……」
エレニアは自身の肩を少しすぼめ、不安そうに鏡の中の自分を見つめた。
彼女の目の前には、まだ未完成ながらも、息を呑むほどに美しいドレスの生地が飾られていた。
それは、帝国の秘宝とされる「星紡ぎの絹」で作られた、深い夜空のような藍色のドレスだった。
生地の至る所に、高純度の魔力を秘めた微細な結晶が織り込まれており、エレニアが僅かに動くたびに、まるで本物の星々が瞬くようにきらきらと輝く。
その美しさは、ベルン王国の夜会で見かけた、どの令嬢のドレスよりも豪華で、洗練されていた。
「反発など、誰が口にできる。お前は我が帝国の最高位の賓客であり、何より、私の命の恩人だ。お前に世界で最も美しい装いを用意するのは、王太子としての、いや、私個人の当然の義務だ」
アルフレートは彼女の背後に立つと、鏡越しに彼女の視線をしっかりと受け止めた。
彼の大きな手が、エレニアの華奢な肩へとそっと置かれる。
彼の体温が衣服越しに伝わり、エレニアの胸の奥がじんわりと熱くなった。
アルフレートは職人の一人に目配せをした。
職人は恭しく一歩前に出ると、ベルベットのクッションに乗せられた、ひとつの首飾りを差し出した。
「これは……」
エレニアは思わず息を呑んだ。
首飾りの中心に鎮座していたのは、先日、彼女自身がこの王宮で精製した、あの美しいエメラルドグリーンの結晶だった。
帝国の至高の金細工師の手によって、結晶の周囲には細密な白金のツタが絡みつき、まるで大地の精霊が宿る果実のような芸術品へと昇華されていた。
「お前の紡ぎ出した奇跡の力を、世界中の連中に見せつけてやるのだ。特に、お前の価値を知らずに泥の中へと投げ捨てた、あの愚かな国の一族にな」
アルフレートは首飾りを手に取ると、エレニアの美しい、なだらかなうなじへと自ら手を回した。
彼の指先が、彼女の肌に微かに触れる。
言葉を交わさずとも伝わってくる、冷たくも情熱的な熱に、エレニアの背筋に心地よい戦慄が走った。
白金の鎖が首元で留められ、緑色の結晶が彼女の鎖骨の間で、静かに、しかし圧倒的な存在感を放って輝き始めた。
「……とても、温かいです」
エレニアは結晶にそっと手を添え、つぶやいた。
ベルン王国では、彼女の力は搾取される対象でしかなかった。
しかし、ここでは彼女の力が、これほどまでに美しく、尊いものとして大切に扱われている。
その事実が、彼女の失われていた誇りを、完全に蘇らせてくれた。
彼女の瞳からは、かつてのお怯えや迷いは完全に消え去り、公爵令嬢としての気品あふれる輝きが満ちていた。
「ベルン王国からの招待状への返答は、すでに送らせた。レナード王子も、マリアという女も、喜んでこの舞踏会に出席するそうだ。自らの国が崩壊しつつあることも忘れて、帝国の権力にすがりつこうとな」
アルフレートの口元に、氷のような冷酷な笑みが浮かんだ。
彼はエレニアの腰を優しく、しかし確固たる力で引き寄せ、その額に静かに唇を寄せた。
彼の吐息が彼女の肌を撫でる。
「エレニア、舞台は整った。お前を侮辱したすべての者に、完璧な絶望を与えてやろう」
エレニアは彼の胸に顔を埋め、力強く頷いた。
彼女の心の中にあるのは、もはや怨みではなく、自らの真実の価値を証明するという、静かな決意だった。
世界で最も美しいドレスをまとい、彼女は間もなく開幕する復讐の輪舞曲へと、歩みを進める準備を整えた。




