第7話「自滅への輪舞曲、押し付け合う罪」
ベルン王国の王宮内にある、かつては甘美な香油が漂っていたマリアの私室は、今や見る影もなく荒れ果てていた。
床には、高価な硝子の香水瓶が投げつけられ、散らばった破片が鈍い光を放っている。
絨毯には、こぼれた濃紫色の液体が、まるで不吉な血痕のように大きな染みを作っていた。
レナードは、部屋の中央で肩を激しく上下させ、目の前の令嬢を睨みつけている。
彼の金髪は乱れ、上着のボタンは掛け違い、以前の端正な面影はどこにもなかった。
「マリア、もう言い訳は聞きたくない。今日の結界維持の儀式も失敗に終わった。魔導省の報告によれば、お前が提出した結晶の純度は、最低ランクの屑石以下だそうだ。お前は本当に聖女なのか」
その声は怒りで割れており、王子の品格など微塵も感じられない。
対するマリアは、ベッドの端に腰掛け、自らの爪を血が出るほどに噛みしめていた。
彼女の白いドレスは裾が汚れ、かつての可憐さを装う余裕は完全に失われている。
彼女の大きな瞳は、怒りと恐怖で血走っていた。
「レナード様こそ、私ばかりを責めないでください。魔導省の魔術師たちの腕が未熟だから、私の聖なる魔力を正しく結晶化できないだけではありませんか。私を聖女として祭り上げたのは、あなたの方でしょう」
「黙れ。お前が、自分に任せればエレニア以上の奇跡をいつでも見せられると言ったからこそ、私は彼女を追放したのだ。アールスト公爵家からも、エレニアの隠し持っていた結晶のストックはもう出ない。国境の街からは、夜な夜な不気味な獣の咆哮が聞こえると、住民たちが逃げ出しているのだぞ」
レナードは机を拳で激しく叩いた。
その衝撃で、残っていた卓上時計が床に落ち、部品を撒き散らして停止した。
彼らの間で交わされる言葉は、もはや愛の囁きではなく、互いの破滅を回避するための醜い責任の擦り付け合いだった。
マリアは立ち上がり、レナードの胸ぐらを掴むようにして顔を近づけた。
彼女の口からは、低俗な罵声が容赦なく飛び出す。
「だったら、今すぐあの女を連れ戻してくればいいじゃないですか。どこかの森で行き倒れて死んでいるでしょうけどね。私を偽物呼ばわりするなら、私はもうお祈りなんてしません。この国がどうなろうと、知ったことですか」
「貴様、自分が誰に向かって口をきいているか分かっているのか」
レナードはマリアの手を乱暴に振り払い、彼女を床へと突き飛ばした。
マリアは床に這いつくばりながら、髪の隙間からレナードを激しく睨みつける。
かつてエレニアを嘲笑っていた二人は、今や互いを蝕み合う害獣のように、底なしの泥沼へと沈み込んでいた。
国の屋台骨たる結界が崩壊していく中、彼らの諍いは夜が明けるまで続いた。
◆ ◆ ◆
翌朝、アールスト公爵邸の応接室には、重苦しい沈黙が支配していた。
アールスト公爵は、王宮から届いたばかりの、特使による最後通牒の書面を凝視している。
彼の指先は、恐怖のあまりに小刻みに震えていた。
書面には、次回の結界の儀式までに高純度の結晶を用意できなければ、公爵家の爵位を剥奪し、全財産を没収すると記されていた。
「……バカな。エレニアの部屋にあった結晶は、すべて王家に提出したはずだ。なぜ、これほどの短期間で結晶の精製が不可能になる」
彼は椅子の背もたれに深く身体を預け、力なく天を仰いだ。
彼は娘の力を、ただ公爵家が王家にへつらうための便利な道具としか考えていなかった。
その道具がどれほど希少で、代替の利かないものであったのか、失って初めてその重大さに気づかされたのだ。
しかし、いくら後悔したところで、エレニアを泥の国境へと放り出したのは、他ならぬ彼自身だった。
公爵の顔には、死人のような絶望の色彩がじわじわと広がっていった。




