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偽聖女に全てを奪われ追放された無能令嬢ですが、隣国の冷徹王太子に拾われ、真の奇跡を開花させて溺愛されています  作者: 黒崎隼人


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番外編「冷徹王太子の胸中、運命の雨音」

◇アルフレート視点


 体内の奥底で、常に激しい熱が渦巻いている。

 呼吸を一つ繰り返すたびに、肺の腑を熱せられた鉄の棒で突き刺されるかのような感覚が、全身の神経を鋭く駆け抜けていた。

 アルフレート・ヴァン・オルティスは、漆黒の馬車の座席に深く背をもたれ、自らの拳を白くなるほどに握りしめている。

 生まれつきその身に宿る、制御不能なほどの膨大な魔力。

 それが、彼の肉体を内側から絶え間なく焼き尽くそうと暴れ回っていた。

 周囲の人間からは、戦場での冷酷な采配や、一切の感情を排した毅然たる態度を評され、冷徹王太子などと畏怖されている。

 だが、その実態は、誰にも分かち合えない痛みに耐えるため、ただ表情を凍らせているだけの孤独な人間に過ぎなかった。

 馬車の窓硝子を、激しい雨粒が絶え間なく叩き続けている。

 外の景色は灰色の雨の幕に遮られ、国境の深い森の輪郭すら判然としない。

 アルフレートは、座席の肘掛けに肘をつき、自らの額を押さえた。

 皮膚のすぐ下を、沸騰した泥のような魔力が激しくうごめいている。

 こめかみの脈動が、頭蓋骨を内側からえぐるように響き、彼の思考を鈍らせようとしていた。


『この痛みから解放される日は、生涯訪れないのだろう』


 幼い頃から、彼はこの巨大な力の代償を支払い続けてきた。

 周囲の貴族たちは、彼の強大な魔力を称賛し、恐れひれ伏すが、彼らが求めているのはオルティス帝国の権力であり、アルフレートという個人ではなかった。

 痛みに歪みそうになる顔を、冷淡な仮面で覆い隠し、ただ王太子としての義務を遂行する。

 それが彼の日常のすべてだった。

 今回のベルン王国との国境視察も、弱体化しつつある隣国の動向を探るための退屈な任務に過ぎない。

 密偵からの報告によれば、ベルン王国の第一王子レナードは、真の功労者である公爵令嬢を追放し、新たな聖女を迎え入れたという。

 利権と甘言に目を眩ませた愚か者たちの国。

 アルフレートは、そのあまりのくだらなさに、小さくため息を吐いた。

 馬車が、突如として速度を落とし、ぬかるんだ地面を踏みしめる鈍い音と共に停止する。

 前方から、護衛の騎士であるディートリヒの声が、雨音に混じって聞こえてきた。


「殿下、前方に障害物、いえ、行き倒れとおぼしき人影がございます。ベルン王国側から歩いてきた形跡がありますが、いかがいたしますか」


「待ちなさい」


 アルフレートは、自ら馬車の扉を開け、外へと足を踏み出した。

 ディートリヒが慌てて傘を差し掛けようとするが、それを手で制した。

 容赦のない冷たい雨が、彼の黒い外套を濡らし、髪を伝って頬を流れ落ちていく。

 しかし、彼を動かしたのは、単なる好奇心ではなかった。

 彼女が倒れているその場所から、信じられないほどに清らかで、澄み切った魔力の波動が、微かに、しかし確かに漂ってきたからだ。

 それは、彼がこれまでの人生で一度も触れたことのない、大地の息吹を感じさせる温かい力だった。

 アルフレートは、泥の中にひざまずき、彼女の姿を間近で観察した。

 細い指先は寒さで完全にかじかみ、赤紫色に変色している。

 衣服の隙間から覗くなだらかなうなじは、凍えるような白さのまま、小さく震えていた。

 その女性の顔を覗き込んだ瞬間、アルフレートの全身に、激しい衝撃が走った。

 彼女に近づいただけで、彼の体内を苛んでいたあの焼き付くような激痛が、霧が晴れるようにして和らいでいくのだ。

 暴れていた漆黒の魔力が、彼女の放つ目に見えない緑色の粒子に触れた瞬間、嘘のように大人しく従順になっていく。


「……何だ、この力は」


 彼の口から、驚愕の吐息が漏れた。

 長年、彼を縛り付けていた暗闇の呪縛を、この泥まみれの令嬢が、ただそこにいるだけで消し去ろうとしている。

 彼女の閉じた瞼は細かく震えており、今にも消えてしまいそうなほどに儚い。

 ベルン王国の紋章が刻まれた、ボロボロのドレス。

 アールスト公爵令嬢エレニア。

 密偵の報告にあった、あの追放された悪役令嬢が、この女性であることは明白だった。

 これほどの奇跡の力を秘めた至宝を、あの愚かな国は泥の中に投げ捨てたのだ。

 アルフレートの胸の奥で、ベルン王国の者たちへの激しい怒りと共に、これまでに感じたことのないほど強い、狂おしいまでの独占欲が首をもたげた。


『二度と、この手を離さない』


 彼は、躊躇うことなく彼女の細い身体を両腕で抱き上げた。

 驚くほどに軽く、そして氷のように冷え切っている。

 彼の胸の熱を、彼女の身体が必死に吸い上げようとするのを感じた。

 彼女の指先が、微かに動き、アルフレートの上着の生地を小さく掴む。


「……だれ、ですか」


 掠れた、今にも途切れそうな声。

 その瞳が僅かに開かれ、夜の色の彼の瞳を捉えた。


「もう安心しなさい。お前を傷つけるものは、ここにはいない」


 アルフレートは、自らでも驚くほどに穏やかで、温かい声を彼女へと掛けた。

 彼は彼女を大切に抱えたまま、馬車の中へと戻り、暖かい毛布でその身体を包み込んだ。

 彼女の小さな寝息を聞きながら、アルフレートは彼女の汚れてかじかんだ手を、自らの両手で強く、優しく包み込み続けた。

 彼女がこれまでに受けたであろう傷のすべてを、自らの権力と、深い愛によって癒やし、溺愛し抜く。

 その確固たる決意が、運命の雨音の中で、彼の心に深く刻まれた。


◆ ◆ ◆


 宮殿に到着した後、アルフレートは直ちに信頼できる侍女であるイレーネを呼び寄せた。


「彼女を最高位の賓客として扱え。ベルン王国の息がかかった者は一切近づけるな。彼女の身の回りの世話はすべてお前が統括しろ」


 彼の言葉には、普段以上の厳格さが含まれていた。

 イレーネは驚きながらも、主の真剣な眼差しを見て、深く頷いた。

 エレニアが眠る離宮の周囲には、帝国の精鋭の騎士たちが配備され、蟻一匹通さないほどの厳戒態勢が敷かれる。

 アルフレートは、毎日どれほど執務が山積みであろうとも、必ず時間をこじ開けて彼女の部屋を訪れた。

 日に日に彼女の頬に赤みが戻り、その瞳に生気が満ちていく様子を見ることは、彼にとって何よりの喜びとなっていた。

 彼女が微笑むだけで、彼の体内の魔力は穏やかに鎮まり、かつての苦痛は嘘のように消え去る。

 だが、それ以上に、彼は彼女の気高く、それでいて不器用なほどに優しい人柄に、深く心を奪われていった。

 温室でのあの瞬間、彼女の指先が水晶に触れ、美しいエメラルドグリーンの光を放った時、アルフレートは自らの直感が正しかったことを知った。

 古代の精霊の祝福。

 その奇跡をその身に宿しながら、悪女と罵られ、傷つけられてきた彼女。

 彼女が自らの顔を包み込み、その温かい手のひらから光を注いでくれた時、アルフレートの魂は完全に彼女のものとなった。


『お前を傷つけた者たちを、決して許しはしない』


 舞踏会の計画を進める彼の胸中には、冷徹な復讐の炎が燃え盛っていた。

 ベルン王国の使者から届く、困窮した魔力支援の要請をすべて握り潰し、彼らが自らの愚行の重さに絶望する瞬間を待ち望む。

 エレニアに贈るための「星紡ぎの絹」のドレスを用意させ、彼女自身の精製した結晶を首飾りへと仕立て上げさせた。

 すべては、世界中の貴族たちの前で、彼女の真の価値を知らしめるための舞台装置だった。

 大舞踏会の日、階段の最上段から降りてくる彼女の姿は、アルフレートの想像を遥かに超えて美しかった。

 深い夜空のようなドレスをまとい、誇り高く微笑む彼女の隣に立てることは、彼の人生における最大の誇りだった。

 床に無様にひざまずき、醜い罵り合いを始めたレナードとマリアを見下ろした時、彼の心にあったのは冷ややかな嘲笑だけだった。

 エレニアの放った奇跡の光が広間を埋め尽くし、貴族たちの賞賛が響き渡る中、彼は彼女の腰を抱き寄せながら、自らの幸福を噛み締めていた。

 空中庭園の星空の下、彼女の小さな手を握り、薬指に指輪を滑り込ませた時、彼の世界は完全に完成した。

 彼女が涙を流しながら、自らの求婚を受け入れてくれた瞬間、アルフレートは心の中で、生涯をかけて彼女を愛し、守り抜くことを再び強く誓った。

 かつて孤独の暗闇にいた王太子は、今、自らの光である最愛の女性と共に、どこまでも幸福な未来へと歩みを進めるのだった。

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