修羅場より微妙な気まずさの方がストレスが溜まりやすい
その後岡本くんをカバンに入れたまま、カスクラあたりにカバンをひっくり返されたりはしないかとヒヤヒヤしつつもなんとか1日を乗り切った俺は、帰りのショートホームルームが終わるとすぐに自習室へと向かった。
数十分くらい自習して、生徒の帰宅ラッシュをやり過ごそうというのである。
令美はあまり俺と2人でいるところを他人に見られたくないらしい。俺も見せびらかしたいわけではないので、素直にそれに同調したのだ。
自習室はかなり奥まったところにあり、利用する人はかなり少ない。俺が着いたときも中には一人もいなかった。好都合好都合。
1番後ろの方の席に腰掛けた後、適当なカバンから参考書とノートを引っ張り出してそれを机の上で広げ、パラパラと文字列を流し読む。
へぇ、なるほどね! あーそういうことだったのね! すげぇ、頭が手に追いつかねぇぇ!!
……うーむ、分からん。
雰囲気的にだいぶ初歩的なことが書かれているらしいのだが、いや何一つ分からん。フランス語で書かれてんのかってレベルで分からん。
彼女の前で「本気出す」と言った手前、手を抜くわけにはいかないのだが……。
「こりゃ先行きが長いぞ……」
思わずそう呟く。そしてそれと同時に、入口辺りに何やら人の気配がした。
令美か?
そう考えながら参考書からパッと顔をあげる。
だが目についたのはいつもの黒髪ではなく、鮮やかながらもナチュラルな金髪。スラっと伸びた手足は日本人離れしており、身長も俺とさして変わらない。鬼のように短いスカートから伸びた生足は健全な男子高校生の目を焼き払いかねないだろう。
そう、こいつは──
「……横山?」
例の学年2位美女である。
いやはや、こんなど田舎自習室を利用する生徒がいたとは。しかも横山。どっかの畑に金髪ギャルが立っているレベルで違和感だ。
思わず目を見張らせる。
そしてそれは向こう方も一緒だったらしい。まさかこのグ◯マーのジャングル並みに辺鄙な地に他の生徒がいるとは思っていなかったのだろう、彼女はその大きな目をさらに大きくさせた。
が、すぐにすました表情に戻って、
「……フンッ」
と鼻を鳴らしながら俺とは対角線の位置にあたる先へと腰掛けた。
うわぁ、感じ悪ぅ……。
それからすぐに教室は沈黙で満たされる。やれやれ、これでまた自習に集中できる……はずがねぇ。
彼女のことを声高らかにバカにしていたと言う女が目の前にいるのだ。こんな中で集中できる猛者はいないだろう。
当然視線はチラチラと前の方へと向けられる。
しかし彼女は俺のことを一向に意に介していないらしい。机に座ってからというものの、一心不乱に教科書を睨んでいる。
見た目や言動とは逆に、意外と真面目だったりするのだろうか。
ま、たとえ真面目だったとしても俺はお前を許さないけどな。せめて令美の前で土下寝くらいはしてもらわないと。
なんて考えているうちに再び廊下の方から気配がした。視線を入り口の方へと向けると、ちょうど人が入ってきたところだった。
長いスカートに、寝癖だらけの長い黒髪。見慣れた姿、実家のような安心感。令美である。
彼女は入室して一瞬その視線を彷徨わせたのち、俺のことを教室の隅に見出すとすぐにこちらの方へと向かってきた。
「ご、ごめん、待たせちゃって……」
隣の席に腰掛けると同時に令美が囁きかける。
「いーよ、全然。参考書読んでただけだし」
「そ、そっか……ねぇ」
「ん?」
「あの人、誰なの?」
チラチラと横山の方へと視線を向けながら彼女は訊ねてくる。
「横山っていう同学年の奴なんだけど、まぁ気にしなくていいよ」
「あ、うん。分かった……」
納得したように彼女は頷き、それからすぐにカバンから参考書を取り出した。「今でしょ(キリッ)」でお馴染みの予備校がプロデュースした、広辞苑並みにぶっといブツである。
ひぇぇ、俺があんなん読んだら間違いなく川の向こうで手を振るご先祖様をみることになるわ。
そんなクソしょうもないことを考えながら俺はぼんやりと令美の手元をぼんやり眺める。
彼女はノートを取り出すとすぐにカリカリとシャーペンを走らせ始めた。紙と炭素が擦れる小気味の良い音が静かな自習室にわずかに反響する。
なんとなくちょっかいを出してやろうと思い、視界の隅でダ○スケを小さく踊ってみたり、おそらく覚えている人はいないであろうゲ○ゲ○ポーをやってみたりしたのだが、一向に気づかれる気配はない。
かなりの集中力だ。横に彼女がいるだけで精神年齢が小学生に逆行するどこぞのチンパンジーとはまるで違う。
やっているうちになんだか小っ恥ずかしくなり、俺はわざとらしい咳払いをしてからフランス語の教科書(笑)と再び向き合った。
すぐにでも横にいる大先生にこの古文書を解読してもらいたいところだが、なにせここは自習室。横山もいるし、そういう私語をするのはなんだか憚られた。
……ていうか、横山はどういう気分でそこに座ってるんだ?
後からやってきた女子が、こんなに席がガラガラな中でわざわざ男子に隣に座ったら、それはもう完全にクロだろう。ハーレム系の鈍感主人公でもたぶん察せる。
そんな中で何も言わずに机に向かい続ける、その心中を訊ねたい。
例えば俺だったら……心の中で「リア充○ね」と連呼しながら爆破ボタンを連打する……いや、してたと思う。
まぁでもそれは悲しみの童貞高校生に限った話だ。横山はモテそうな見た目してるし、きっと男にも困っていないだろうから、そういう虚しくなる妄想をしていないに違いない。モテる奴は心のゆとりが違うからな。
でもやっぱり鬼気まずいことには変わりない。なんだろう、空気が象でも入ってんのかって思うくらい重い。ダンベルを持ち上げている肺がヒーヒー言ってるのが聞こえる。
……そうやって悶々としているうちに時間はじわりじわりと過ぎていき、30分が経った。流石に生徒の大半が帰っただろうし、もうそろそろここを出発してもいいだろう。
「……令美」
一回声をかけてみるも、応答なし。視線はノートに向けられたまま。おいおい、どんだけ集中してんだよ……。
「令美さーん?」
今度は肩を軽く揺すりながら声をかける、流石の彼女もここで気づき、視線をこちらへと向けた。
「ど、どうしたの?」
「そろそろ時間もいい感じだし、ここ出ない? 人もいるしね」
「わ、分かった」
令美はコクリと頷き、帰りの身支度を始める。俺も忌々しい古文書を華麗にカバンにシュートしてから席を立った。
そして教室を出る際、教室の隅でシャーペンの音を鳴らしつづける横山の方へと視線をやったのだが……。
参考書に向かっていた彼女の視線が一瞬、こちらに向けられたような気がした。
そんな大したことでもないのに強い引っ掛かりを感じながらも、俺は教室を後にした。
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