備えがなければプレイはない
童貞がひたすら葛藤する回です。
翌日の朝。普段はボケーっとしながら適当に準備をしているところなのだが、今日の俺はいつもと違う。
いつもより15分も早く起き、普段は荷物の少ないカバンに色々と詰め込んでいる。荷物は主に参考書類だ。学校から推奨されたのを流されるように買ってそのまま埃を被っていたのを、無理やり引っ張り出してきたのである。
なぜカバンを無闇に重くしてまで、こうも慣れないものを詰め込んでいるのか。
断っておくが、決して筋トレに目覚めたわけではない。ムキムキの体を手に入れて「ヤーッ!」と叫んでみたい気持ちもちょっとはあるが、筋トレって正直面倒だし。
では筋トレではないなら一体なんなのか。
そりゃもう、真実はいつも一つですよ。
今日早速、令美の家にて勉強会を行うのである。
「えーと、参考書とかはこれくらいでいいかな」
そう独りごちながら適当に棚を漁る。
教科書類は学校のロッカーに置いて行ってるので、必要ならばそこから持って帰れば良いだろう。
そんなことを考えながら、机の引き出しを引っ張り出した時。
あるものが、目についた。
黒色を基調とした、コンパクトな箱。デカデカと書かれた「0.01mm」という表記が目につく。これ以上言わなくても分かるだろう。
そう……オ○モトである。
高校に入ってからすぐ、いい感じになった女子と一発サンドウィッチになることになった時用に買ったものだ。
ちなみにこいつが今まで果たした役目は、暇な時に風船代わりとなることだけである。
備えあれどプレイなし。
クッ、これが童貞の宿命か……!
悔しさを噛み締めながら、俺は引き出しを閉めようとする。が、
「……待てよ」
俺は今から令美の家に向かうわけだ。以前の通話によれば、親は夜遅くまで働いていて基本家にいないとう。これが何を意味するか。
そりゃもう、一眼がない場所で彼女と2人きりになった男子高校生の行動なんて万国共通だろう。
令美と、2人で……。
「いやいやいやいや!」
ブンブンと首を左右に猛烈な勢いで振って、一瞬頭に湧いた小っ恥ずかしい妄想を頭から追い出す。おいおい、あんなに清楚な彼女でそんなキショい妄想をするとか、情けなくないの? もしここに頭の中を覗けるエスパーがいたら、多分刑務所にぶち込まれるよ、俺。
落ち着いて考えてみよう。令美とは付き合ってからまだ2ヶ月。大人ならまだしも、ウブな高校生に、その、なんというか……共有結合は早すぎるのではないだろうか。いくらオ○モトが優秀でも、俺らの愛の結晶がデキる可能性は十分にあるわけだし。
もしそうなったら、俺らの人生はお先真っ暗だろう。俺1人ならまだしも、令美も巻き込むわけにはいかない。
ボーイズ・ビー・ジェントルメン!
かのクラーク教授をそういっていたではないか。そうだ、俺。ここはクールな紳士に徹しろ。
そう考え、俺は少し寂しそうな岡本くんを引き出しに戻した。
『僕の出番はいつなの……?』
元あった場所に帰還した岡本くんは、そんなことを言いそうな雰囲気で俺のことを見上げる。
俺がチキンなばかりに待たせてごめん!
心中で土下寝をしながら、引き出しをしまおうとする。だがここで、再び心の声が待ったをかけた。
もし向こうの方から迫ってきたらどうする?
共有結合は快楽を貪り合うだけの行為ではない。互いの愛を確かめあう意味も含まれているのだ。だからいかがわしいホテルには「ラブ」とつくのだし、夫婦の営みの場は「愛の巣」なのである。
統計学的に見ても、やはり共有結合が全くない高校生カップルは短命の終わりやすい傾向にあるという。
令美は思いの外積極的な子だし、そういう展開になってもなんら不思議ではない。だがもし、ムードが高まったところでゴムがないのが発覚したら? 賢者タイムの中で顔を合わせ続けるという、CIAがやりそうな新たな拷問が誕生するだろう。
ダンディーな紳士は共有結合を遠ざけるのではない。常にゴムを持ち歩き、もしもの時のために備えて置くものなのだ。
「持ってくか」
別に持ってったことでヤることが確定するのではないし、あくまで保険として持って行こう。
そう考えを改め、俺は再びその白い箱を手に取る。
そしてそれと同時に掘り起こされる、先ほどの妄想。
「……デュフッ」
うっ、思わず気色が悪い笑い方をしてしまった。股間もズムズムと交戦したそうにしている。
岡本くんを手に持ったまま、股間を臨戦体勢にして変な笑いを浮かべている男。
それはもう、「キショい」以外の何者でもないだろう。おいおい、こんな明らかに犯罪者予備軍みたいなところを誰かに見られたらどうするんだ──
「……なにやってんの、お兄ちゃん」
部屋の入り口から聞こえてきた声。
股間どころか全身が一瞬で硬直したのが感じられた。
首をギシギシ言わせながら扉の方へと視線を向ける。
そこに立っていたのは──
「その笑い方なに? キッショ」
寝巻きに身を包んだままの妹だった。
「ま、真衣! 部屋に入る時にはノックしろってあれほど……!」
「いや、普通に開けっぱなしになってたし。てかなに持ってんの?」
「あ、いや、これは……!」
まずい、これを見られるわけにはいかない! 見られたら俺が社会的に殺される!
「なに、また怪しいことやってたの?」
そう言いながら真衣は「く、来るな!」という俺の制止を清々しくなるくらい完璧に無視して俺の元へ歩み寄り、手に持っていた岡本くんをひったくった。
「あ、バカやめろ!」
「えーと、なになに。0.01mmのコ──」
その言葉が最後まで続くことはなかった。真衣が顔を真っ赤にして黙りこくってしまったからだ。
「あ、あの? 真衣さん?」
「…………」
「こ、これはですねー……アタッ!!」
なんとか適当な言い訳を捻り出そうとした時、額に鋭い痛みを感じて反射的に額を抑えた。コロンと音を当てて岡本くんが床に転がる。
「な、なに持ってんのよ! このバカ! 変態!!」
息を荒げながらそう言い残すと、真衣は駆け出すように部屋から出て行って「バタン!」と物凄い音を立てながらドアを閉めた。
こうして部屋には唖然と額を抑える俺だけがポツンと取り残された。
「……学校行くか」
そして今起こった出来事を全て脳内から消去すると、俺はまるでなにもなかったかのように学校へ行く支度を始めた。
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