女子の家にはお花畑でもあるのだろうか
「ど、どうぞ……」
家のドアを開けるとともに令美が言う。彼女の家はマンションのだいぶ上階にあった。普段はエントランス辺りまでしか送らないので、ここまで来るのは初めてである。
「お、おじゃまします」
と少し声を固くさせながら俺は一歩足を踏み入れさせた。
女子の家に訪れたのは小学校以来だろうか。あの時家に入れさせてくれたのも、確か令美のような大人しい子だったような……。まぁ、家も苗字も違うし、同一自分のはずはないけど。いやぁ、あの頃もいろいろとあったな。
5、6年前の記憶がぼんやりと蘇ってきて、俺はなんとも言えない微妙な表情を思わず浮かべる。
ていうか……。
なに、このほんのりと漂う甘い匂い。花の匂いか? 香水の科学的な香りではない。なんていうか、リラックスするナチュラルな香りだ。
こ、これが噂の女子力ってやつか……部屋のドアを開けると同時にイカ臭い臭いが鼻に付く海の漢(笑)とはまるで違う。
これには微妙な表情を浮かべていたオランウータンも思わずニッコリだ。
「ちょ、ちょっと汚いかもだけど、許してね」
「いやいやいや、これのどこが汚いわけ」
少し申し訳なさそうに言う令美の言葉を、俺は猛烈な勢いで首を振りながら打ち消した。
おいおい、こんなんで汚いとか言ってたら俺の部屋はゴミの埋立地レベルになっちまうですけど。すんげえ情けないんだけど、俺。
シュンと肩を落としながらも俺は靴を脱ぎ、令美が用意してくれたスリッパへと履き替えて先を行く彼女の後を追う。
「部屋はこ、ここ……」
「し、失礼します」
俺は声を少し詰まらせながら、彼女が指し示したドアへと手をかける。
今から俺は、産まれて初めて彼女の部屋に入る。
そう考えただけでにわかに緊張してきて、俺はゴクリと唾を飲み込んでから恐る恐るその木目調の可愛らしいドアを開け放った。
そしてそれと同時に、
「おぉ……」
俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
明るいウッドスタイルを基調とした内装で、落ち着いた雰囲気の家具たちは細かながらも控えめな装飾品とちょうどいい具合に噛み合っている。部屋奥にはベッド、その脇には勉強机が置かれ、参考書類が綺麗に並べてあるのが見える。
そしてこれらを一言で言いくるめるならば、「落ち着いた女性らしい部屋」となるだろう。
全ての物体がなんの法則もなく床にぶちまけられ、法則の証明には数学者も思わず台パンするだろうと思われる部屋に住む男とはまるで違う。
「じゃ、じゃあ私はお茶を淹れてくるから、好きなところに座っててね」
「お、おう」
ポケーっと見惚れている俺にそういうと、令美はパタパタとスリッパの音を立てながらキッチンの方へと消えていった。それに若干上の空気味の返事を返しつつ、俺は部屋へと踏み入れる。
とりあえずカバンを降ろした後に、部屋の中央に置かれていたちゃぶ台のような足の低い丸テーブルの脇に腰かけた。特にすることもないので、「はぇ〜」と腑抜けた声を漏らしながら部屋を見回す。
と、すぐそこに置かれた本棚が目についた。どんな本が置かれているのかな、と顔を近づけてみる。大江健三郎、夏目漱石、村上春樹……いや、純文学ばっかじゃん。俺だったら読んで2秒であくびが出るやつじゃん。
さすが学年4位の才女、俺とは根本的に頭の構造が違うんだな。俺の本棚には漫画しかないのに。
本棚からその横に視線をそらすともう一つ棚があり、そこにはCDがずらっと並んでいた。どんな音楽を聴いてるのかな、と今度はそちらに視線を集中させる。
見たところ、かなり英ロックに趣味が集中しているらしい。ビートルズとかクイーンとか、そういう見慣れたアーティストが目につく。その中で俺は、一際年季が入ってそうなケースを引っ張り出した。
モーニンググローリー……オアシスの中で一番売れたアルバムだ。これは俺にとっても懐かしい。小学校の頃、このアルバムの曲をよく聴いていた。
自発的に、ではない。誰かがよくかけていたのだ。なんだかすごくお世話になった人のような気がするのだが、なにせ古い記憶だ。よく覚えていない。
あれは、誰だっけ……。
記憶を辿ろうとしていると、
「お待たせー……」
と、両手でカップを直せたお盆を持っている令美が戻ってきた。
「お、ありがとう。じゃあ早速始めるか!」
記憶を辿るのは諦めて机に向かうと、俺はカバンから教科書を引っ張り出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったらぜひブックマークと評価をお願いします!
☆☆☆☆☆ → ★★★★★
広告の下にありますので!
その小さな気遣いが、作者の最大のモチベです。




