そして
大会を終え、一旦高校に戻って弓やら矢やらを置いたのちに俺たちは解散となった。自由を与えられるや否や、俺は勢いよく校地から飛び出て学校前の喫茶店へと向かった。
先程受け取ったLINEで、そこに令美がいることを知らされていたのだ。
カランカランと入店を知らせる鈴を鳴らし、「いらっしゃいませー」という声を受け取りながら俺は店内をぐるりと見回す。令美は窓脇のカウンター席に座って、コーヒーなんぞを啜りながら本を読んでいた。
うーん、大人。本当に高校生なのだろうか。大学生、いや社会人と言われても全く疑わない。手を繋いだだけで股間が勝手に臨戦態勢となるどこぞの猿高校生とは違う。
なんて考えながら俺は彼女の元へと向かい、今度は驚かさないよう後ろから優しく「令美」と声をかける。彼女はコトリとコーヒーカップをトレーサーに置くと、クルリと振り返った。
「ごめん、待たせたよね」
「うぅん、全然」
かぶりを振ったのち、令美はパッと目を輝かせてさらに言葉を続けた。
「そ、それよりすごかった! 最後、かっこよかった……」
「ありがと。なんかすごい調子出たわ」
ポリポリと頬を書きつつ、俺は顔がニヤけるのを抑えながら答えた。どうも先程の言葉を思い出すとニヤけてしまう。
その事に触れるのはなんだか照れ臭かったので、特に触れないことにする。
「大会には、か、勝てたの?」
「ん? おう、全道大会出場決定!」
「おぉ!!」
俺がガッツポーズを決めると、令美はその綺麗な瞳をキラキラと輝かせながらパチパチと拍手した。
「令美の応援のおかげだよ。ありがとう」
「えぇ! わ、私は何も……」
「令美いなかったら絶対負けてたよ、ほんと」
「そ、そんなことない……」
照れたように前髪をくるくるといじる令美の姿で今日のストレスを和ませながら俺は彼女がコーヒーを飲み終えるのを待ち、会計をパパッと済ませたのちに俺らは店を出た。
時刻は3時。天気は快晴。気持ちよくなる天気だ。
ポカポカと光る太陽の下で俺らは手を繋ぎ、駅を目指して歩き出した。
**
歩き慣れた道を歩き、すぐに彼女の家に着いてしまった。特にいつもと違う感じはしない。忘れちゃったのかな。
しかしここで先程の話を掘り返すと、欲を抑えられない童貞と思われたりはしないだろうか。実はさっきの言葉は俺のやる気を出すための嘘八百で、実は内心嫌がっているのだろうか。実は……。
そんなネガティブな妄想が絶え間なく頭の中で飛び交う。
いずれにせよ、ここで俺から言い出すのは得策ではないだろう。ここは紳士たる者として、努めて冷静でいなければならない。
そう、さっきの言葉は幻聴だ。俺の妄想が生み出した幻だ。童貞の想像力は一国を滅ぼしかねないほど強い。決しておかしい話ではないだろう。
「じゃ、また明日な」
「う、うん……」
そんな心の中身を悟られないようなるべく平静を装いながら、俺は俯いてなんだかモジモジしている令美を眺める。
今日のところは、もう諦めよう──
そう考えながら振り返ろうとした、その時。
令美がクッと意を決したようにその顔を持ち上げ、一歩前へと踏み出した。
そして咄嗟の行動を飲み込めず、混乱する俺の胸元をその華奢な手でそっと掴み、俺を引っ張り寄せた。
重心が前へとずれ、顔が彼女の頭にぶつかりそうになる。
やば!
反射的に交わそうとするが、彼女の方が動きが早かった。令美は潤む目をのぞかせながら俺の顔を見上げ──
そして。
俺の唇がちょうど、彼女の唇に重なった。
「!!??」
混乱する俺。そんな俺に構わず、彼女はキュッと目を閉じたまま唇を押し当て続ける。
鼻腔が彼女の柔らかな香りを嗅ぎとる。鼻息が荒くなりそうになるがなんとかその衝動を抑え、俺はなんとか今起こっていることを理解しようと務めた。
……どれくらいの間、そうしていたのだろう。やがて名残惜しげにその唇が離された。
顔が離れ、彼女とパチリと目が合う。頬をやや紅潮させ、その瞳を潤ませながら俺を見上げる様は、なんというか──
「……綺麗だ」
「〜〜〜!!」
俺が思わずポツリと呟くと、彼女は元々赤かった顔をさらに赤くさせ、俺の胸元に当てられていた両手で俺を軽くポンと突き放した。
そして俺が一歩後ろに下がるのと同時に彼女はクルリと背を見せ、「ちょ、ちょっと!」という俺の制止を振り切って家の中に飛び込んでしまった。
「……………」
こうして、後には未だに事態を飲み込まずにいる俺が1人ポツンと取り残された。
**
家までの道をテクテクと歩く。側から見た俺は至って冷静でベリークールだっただろう。
犬すら振り向くいい男。うんうん、今日も俺はかっこいい。ふははは!
澄ました顔で家へと向かい、フッと前髪を吹き上げながら部屋へと入る。
よしよし、俺は冷静。冷静だな、俺は。冷静、べりー冷静、冷静は俺の必要十分条件……。
そう考えながら俺はベッドへと飛び込む。
冷静、冷静、冷静──
…………。
「ぬわあぁああぁああぁあぁああ!!!!!」
無理無理無理無理!!
あれの後に冷静とか絶対無理!
てかやっば! 唇やっば! この世にあんな柔らかいものって存在できたのかよ!
え、いや、あんな照れられてほんと殺されるかと思った! なに、もしかして暗殺者なの? 俺のことなんの証拠も残さずに消し去ろうとしてるの!?
あーくそっ、なんで俺はあの後なんもしなかったんだよ! せめてハグくらいすればよかったよ、何フリーズしちまってんだよクソ童貞!
「うぉおおぉぉおおぉお!!!!」
思考が頭の中で大洪水となり、俺は堪らずベッドの上をものすごいスピードで寝転がり回った。
「ぬぅぅ……」
やがてちょっとずつ気持ちが落ち着き、俺は枕に顔を埋めて唸る。
よし、一旦冷静になろう。
俺は何故こんなにテンパっているか。もう理由はシンプルすぎてテンプルだろう。
ファーストキスを、一瞬で奪われたからだ。
……やったんだよな、キス。つい数十分まで。
仰向けになり、唇に手を触れてみる。そこからなんだか令美の温まりが伝わってくるような気がしてきて──
「うわあぁあぁぁあぁ!!」
再び訳の分からない感情が込みあがり、結局俺は妹に背中を思いっきり蹴られるまで悶え続けたのだった。
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