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本番前の緊張

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 それからあっという間に2週間が過ぎ、とうとう本番である土曜日を迎えた。ここしばらく、やけに弓の調子がいい。やはり何事においても、腕を上げるには恋が有効な手立てとなるのだろう。


 まぁ、そんなことはともかく。俺はカバンに試合での衣装となる袴と簡易的な昼食を詰め込み、家をたった。

 時刻は午前5時半。時間としてはかなり早いが、試合が開始されるのは9時頃からなので、これくらいの時間に出ないと間に合わない。


 その後15分くらいかけて最寄りの地下鉄駅へ向かい、途中で別線に乗り換えてから30分ほどかけて高校に着いた。


 弓道場は学校の隅にポツンと立っている。入り口の引き戸を開けると、中には既に今日出場する部員が数名、ソワソワしながら立ったり座ったり、弓を引いたりしていた。

 部員には女子もいるが、今日はいない。大会は男女で分かれており、女子の部は明日行われるのだ。よって今日はむさ苦しい男どもとの移動となる。


「よぉ、龍星」

「あ、先輩。おはようございます」


 ちょうど射を終えた先輩が俺に話しかける。彼は部内でかなりおちゃらけているが、実はものすごく上手い。ていうか1番上手い。俺が部内で最も尊敬している人だ。


「調子はどんな感じだ? 最近は良さそうな感じだったけど」

「まだ分かりませんけど、悪くなさそうな感じです」

「そうか。まあでも一回くらいは打っとけよ。半日やらないだけで感覚は鈍るからな」

「はい!」


 先輩のアドバイスに従い、出発時間までの30分間で俺は何度か射に入った。

 まだ朝ということでいまいち体が動かないのが、それでもかなりいい感じだ。少なくとも2本は当てられる。大会でもいい成績を期待できるだろう。


 そして男子全員が揃い、弓と矢をそれぞれ専用の袋に詰めると、俺らは一旦礼をしてから、緊張と高揚感を胸に弓道場を後にした。


 大会は街でもそれなりに名の通った総合体育館で行われる。かなり大きい弓道場を併設しているのだ。

 地下鉄を一旦乗り換え、30分ほどでそこへの最寄り駅に着く。体育館は駅に隣接しているので、そこから徒歩5分ほどで着いた。


 体育館に着くとまず俺らはメインの建物の中に入り、そこの二階にある巨大なホールへと向かった。ここが選手の控室となっている。

 中に入ると、そこは同じように大会に出場すること他校の選手でいっぱいだった。みな弓を壁に立てかけ、袴への着替えを済ませている。


 席は自由とのことだったので、俺らはずらっと並ぶ長机のなかでポッカリと空いていた一角に陣取り、早速部活ジャージから袴へと着替えた。


 その間、一年生の間には張り詰めた空気が充満していた。当然ながら、初めての大会に緊張しているのである。かく言う俺もその一人だ。もちろん勝つとは思っているが、何故か体が強張ってしまう。


 それは恐らく、大会で的に入ったときのあの息が苦しくなる緊張を知ってしまっているからだろう。


「お前ら、そんな気張るなって。リラックスしねーと当たんないぞ」

「は、はい」


 そう返事をするものの、やはりそう簡単に和らぐものではない。

 そうこうしているうちに、最初のブロックに出場する選手の名が呼ばれた。


 大会に参加する部活はメンバーを3人のチームに分けていて、各グループ毎にアルファベットが振られている。

 一番最初に呼ばれるのがAで、俺の番号がBだ。よって今呼ばれた3人の次に俺が呼ばれることとなる。


 落ち着け、俺。俺はクールでダンディなイケメン英国紳士(自称)だろ? これくらいのことで取り乱すなよ。


 そう自分に言い聞かせる。だが体はいつだって正直で、心臓はバクバクと大食い選手の効果音並みに脈を打ってるし、冷や汗はダラダラだ。


 もし外したら? もし失敗したら?


 そんな不安が胸に巣食う。もしだ。この大会が()()()大会で失敗しても失うものがないのだとしたら、まぁ悔しがって次へのモチベーションに繋げるだけで終わっただろう。


 しかし、だ。


 今のシチュエーションはスペシャルだ。なぜなら俺のガールフレンドがデアでルックしてるんだから。


 ……やばい、テンパりすぎて某芸能人みたいな話し方になってる。いくらなんでも混乱しすぎだ、みっともないぞ。とりあえず深呼吸だ。


 すうううううう。

 はああああああ。


 よし、少し落ち着いた。とりあえず冷静に自分がテンパっている理由を分析しよう……と言っても一つしかないが。


 そう、令美がきっと見ているだろうということ。


 あんなに愛しくて可愛い彼女の前で、無様な姿を見せたくない。


 そのプライドが生むプレッシャーが、逆に枷となって俺の心に重くのしかかっているのだ。


 馬鹿らしいとは思うし、「失敗しても死ぬわけじゃないんだから、そんな考えは捨てろ」と自分を鼓舞してみたりもするが、効果なし。


 心の中を占拠している令美の割合は想像よりも多かったらしい。


「どうした? 顔青いぞ」


 それが表情に出てたらしい。メンバーに心配されてしまった。


「あ、あぁ。ちょっと緊張しちゃって」

「初めての大会だからってそんな張り切んなって。俺らはまだ始めたてのトーシロなんだから失敗して当然だろ。うまく行こうなんて思うなよ」

「そ、そうだよな……」


 そうだ、そうなのだ。

 近頃マグレで調子が良かっただけで、俺はまだ始めたての初心者。失敗して当然なのだ。


 令美に上手くいく姿勢なんて、見せれると思うな。だって、最初からそんな姿を見せられるはずがないと分かっていたのに誘ったのは、俺じゃないか。

 俺がいくら悩もうが、そういう運命にあったことには変わらない。


 ダサい姿を見せるのは、宿命なのだ。


 そう考えると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。心臓の鼓動も収まり、通常の食べるペースに戻っている。


「なんか、行ける気がしてきたわ」


 リラックスした表情で俺が言うのと同時に。


「えー、Bグループの人は来てくださーい」


 と、俺らが呼ばれた。

 俺は覚悟を決めると、弓と矢を手に持って立ち上がった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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