練習
結局、令美は本当に応援に来ることになった。それまではイマイチやる気が出なかったのに、彼女が来るとわかった途端一気にやる気が出た。俺も現金な男だ。
弓道の精神に照らし合わせるとあまり褒められた事ではないが、大会で結局モノを言うのは結果や目に見える姿勢だけなので、やる気さえ出たのなら結果オーライだろう。
そんなことを考えながら、俺は畳に正座して先輩たちが美しいフォルムで矢を放っていくのをボンヤリと眺めていた。
バシュッ! バヒュン!
そんな音が絶えず飛び交う。これは弦を離した時の音だ。そして時々聞こえる「タァン」という小気味の良い音が、的に当たった時の音である。
一回的に向かった時、矢を打つチャンスは4回ある。4回も、と捉えることもできるし、4回しか、と捉えることもある。
とにかく勝負はこの4本の間で全て決まるので、当然そこには相当な集中が伴う。
なので、秋の心地よい風が吹き抜ける弓道場は痺れるような緊張で包まれていた。
バビュン!
3本目の矢が的めがけて発射される。次の射の後に交代となるので、そろそろ準備を始めよう。
そう考え、俺はまず右手に掛けをつける。これは弦を手に引っかかるために着けるもので、親指の部分が異常に硬い、親指人差し指中指の3つを包む手袋のようなものだと思ってほしい。
それを着けると俺は立ち上がり、ギリコと呼ばれる滑り止めを中指の腹につけ、その後に4本の矢と弓を持って5つ並ぶ的の真ん中のところに立った。
やがて打ち終えた先輩たちが全員的前から退け、次の射に入る俺含めた5人が床のフローリングの線に沿うように一列に並んだ。
全員が左手に弓、右手に4本の矢を持ち、その手を腰にあててクッと顎を上げ、前方15メートルほど先にある的を見据えている。
「……入ります」
そして右端にいた人の掛け声に合わせて、俺らは一斉に左足を床に擦らせるように一歩踏み出し、後を追わせるように右足を運んで足を揃え、腰から軽く頭を下げる。これが「揖」と呼ばれる所作だ。
それを終えると俺らはまた両足を擦らせるように歩き出して、ある線まで来たところで顔を的に向けたまま左足をやや大きく前に出して捻り、右足に後を追わせるのではなく少し後ろに下げさせる事で、的に左肩が向くようにした。
これは「足踏み」と呼ばれる。
顔を的から前へと向けると俺らは足を曲げないよう注意しながら腰を屈めて手に持っていた4本の矢のうち2本を地面へと放ち、もう2本は手に持ったまま姿勢を戻した。
それから何やら面倒な作業の後、1本の矢は弓に番させ、もう一本は掛けを着ける右手に握らせた。
ここに至るまでの動作は全て基本的な所作として決められており、これを間違えると大会の審査員であるお偉いお爺さん方にしかめ面をされる。
面倒だと思うかもしれないし、それは実際その通りなのだが、これこそが弓道の「かっこよさ」の基盤となっているのである。
いくら矢が的に当たっても所作がなっていない人はダサいし、逆に的に当たらずとも所作を美しくこなす人はかっこいい。
だからこういう細かいところにも常に気を配らなければならない。
そして余計な考えを全て追い出すかのように俺は大きく深呼吸をすると、首を左に捻らせて視線を的へと向け、両手で弓を抱え上げるように頭上へ持ち上げた。
余計なことは考えず、必要最低限の力で。
その後弓の持ち手を握る右手を半回転させながら右腕を伸ばし、左手はでこの辺りまで軽く流した。「第三」と呼ばれる姿勢だ。ここで狙いの半分が定まると言っていい。
そして再び息を吸って吐き出すと、俺は的を睨んだまま軽く両腕に力を込め、左右均等に力がかかるよう意識しながら頭上で展開していた動きをそのまま下へと持って来て、矢が頰にべったりとくっつくようにした。
両腕を可能な限り左右に引き伸ばし、体の細かい動きをピタリと静止させる。
ここからは自分との戦いだ。いつ右手から矢を離すかは、身体にピッタリとフィットしたタイミングに合わせなければならない。
早くもなく、遅くもなく。ちょうどいい時間を精神の中で模索する。
そして体の緊張が仕組まれたかのようにふと解かれたとき──矢は、螺旋状の回転を描きながら前方へ勢いよく飛んでいき──
タァン……
と鋭い音を響かせた。
……あ、当たった。
嬉しくて一瞬顔を綻ばせるが、すぐにその表情を払拭する。一度でも気を緩ませたら集中は途切れる。当たったことは最後に喜べばいいのだ。
今は、この状態を維持してより多く当てることに徹しろ。
そう考えながら俺は次の矢を番え、同じ所作を繰り返して再び放つ。当たる。
残りの2本を拾い上げ、同じようにして両方放つ。両方当たる。
なんと、4本全て的中してしまった。
退場した後に思わず破顔してしまった俺は、ニヤニヤしながら弓をしまい、再び畳に正座した。
「お前今日調子いいな。いいことでもあったか?」
横に座っていた男子が小声で話しかける。
「あぁ。大会に向けて頑張る理由ができちゃったからな」
「お前が……? 珍しいことがあるもんだ」
「るせー」
「んで、その理由は?」
俺は顔をニマーッとさせつつ答えた。
「内緒ってことにしとくわ」
その後最高のコンディションを維持したまま活動を終えた俺は、またいつものように例の理由へと向かったのだった。
あまりここは描写するつもりはありませんでしたが、僕自身弓道と関わりが深いこともあって少し頑張ってみました。
「弓道ってこんな感じなんだなー」程度に思ってくれたら幸いです。
本当はもっと細い所作があるのですが、主な部分だけ書かせていただきました。それでもかなり動作が細かく書きづらい部分もあったので、分かりづらい描写があったら気軽にご意見お寄せくださいorz
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったらぜひブックマークと評価をお願いします!
☆☆☆☆☆ → ★★★★★
広告の下にありますので!
その小さな気遣いが、作者の最大のモチベです。




