↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/11

第3話 いつもと違う道

「絶対、何か隠してるでしょ」


 駅へ向かう道で、アカリが言った。


「何を?」

「こっちから帰る理由」

「なんとなく」

「タクミまでついてきた理由」

「なんとなくだ」

「二人して語彙なくなった?」

「今日は機関から情報規制が……」

「タクミには聞いてない」

「オレだけ扱い雑じゃない?」


 いつもの帰り道から一本外れただけだった。

 店先のガラスには、歩く三人が車と重なって映る。

 バス停の前では、買い物袋を足元へ置いた人が時刻表を見上げていた。


 駅へ行くなら、こちらの方が近い。何度も通った道だ。

 リョウタはバス停より先の信号を確かめ、次にアカリの横顔を見た。

 普段なら看板など気にも留めず、話しているうちに駅へ着く。


 今日は一つずつ見ないと歩けなかった。

それでも、いつもの道を思い浮かべるより胸が楽だった。こっちでいい。その理由だけが、出てこない。


「なあ」タクミが横に並んだ。

「なんだよ」

「本当に、なんとなくか?」

「しつこい」

「火曜にも西日が嫌だって言ってただろ」

「……嫌なんだからしょうがないだろ」

「何が嫌なんだ?」

「知らん」

「眩しいから?」

「たぶん」

「事故が起きそうだから?」


 足が止まった。

アカリだけが二歩先へ進み、振り返る。


「どうしたの?」

「……なんでもない」


 リョウタは歩き出した。

タクミは追及しなかったが、その顔からはいつものふざけた表情が消えていた。


                ~


 駅前へ近づくにつれ、人が増えた。

制服姿や、買い物袋を持った人。仕事帰りにはまだ少し早い。


 信号機の電子音、バスの低いエンジン音、どこかの店から流れる揚げ物の匂い。リョウタは音がするたび、そちらへ肩を向けた。


 アカリが駅ビルを指差した。


「本屋寄っていい?」

「いいよ」

「オレも?」

「タクミは好きにすれば」

「この扱いの差よ」


 三人で横断歩道を渡る。

リョウタが何気なく学校の方を振り返る。タクミもつられて振り返った。


「……違う」

「何が?」

「六時間目」

「は?」

「先生、プリント落としただろ」

「落としたな」


 アカリが笑う。

「しかも全部。すごかったね」

「前は落としてない」


 リョウタが眉を寄せた。

「前?」

「……いや」

「またそれ?」


 タクミは答えずに歩き出した。ただのプリントだ。先生が手を滑らせただけなのに、前とは違った。


 大きなことだけが繰り返されているわけじゃない。

小さなところは、変わる。タクミはそれを覚えておくことにした。


                ~


 十六時五十三分、リョウタのスマートフォンが震えた。ただの通知だったのに、全身に力が入った。


「っ……」

「リョウタ?」アカリが驚く。

「なに?」

「いや……」


 画面には、十六時五十三分。胸が速くなる。耳を澄ますと、車の音と人の声、駅の案内放送が聞こえた。


 何も起きない。

一秒。二秒。三秒。

信号が変わり、誰かが横断歩道を渡り始める。それだけだった。


「……リョウタ?」


 気づけば、息を止めていた。


「大丈夫?」

「ああ」

「顔色悪いよ?」

「平気」


 何が平気なのか、自分でも分からない。

ただ、何かを越えた気がした。隣を見ると、タクミもスマートフォンで時刻を確かめていた。


 目が合っても、何も言わなかった。

言わなくても、タクミも同じことを考えている気がした。


「本屋行こ」


 アカリが先へ歩く。

リョウタはその背中を見た。生きている。当たり前なのに、その当たり前がひどく嬉しかった。


                ◇


 本屋に入ると、アカリは新刊コーナーへ消えた。

タクミは雑誌棚の前で立ち止まる。


 自動ドアが閉じると、外の車の音が急に遠くなった。

新しい紙とインクの匂い、低く流れる店内放送。整然と並んだ背表紙だけが、ここでは何も起きないと主張しているように見えた。


「お前、本読むの?」

「失礼な」

「何読むんだよ」

「世界の真理について」

「ムー?」

「なぜ分かった」

「それ以外あるかよ」


 少し離れた棚から声がした。


「その雑誌、今月号なら裏返ってるわよ」


 二人が振り向いた先に、ミオがいた。


「……なんでいるんだよ」タクミが言った。

「本屋に私がいたらおかしい?」

「おかしくはないけど」

「じゃあ何?」

「いや」


 ミオは文庫本を一冊持っていた。学校で読んでいたものとは違う。


「今日は図書室じゃなかったの?」リョウタが聞く。

「新刊の発売日」

「なるほど」


 それだけで会話は終わった。ミオは棚へ戻る。


 タクミが小声で言った。


「……偶然か?」

「何が」

「いや」

「お前今日そればっかだな」

「考えることが多いんだよ」

「魔法陣描く暇はあるのに?」

「それとこれとは別だ」


 ガシャン、と外から大きな音がした。

三人が一斉に振り向く。続いて、誰かの声がした。


「大丈夫!?」


 アカリが新刊コーナーから飛び出してきた。


「今の何?」

「外」


 答えるより早く、アカリは入口へ向かった。

その瞬間、リョウタの身体が動いて、アカリの手首を掴んでいた。


「行くな」


 アカリが振り返った。


「え?」


 リョウタ自身も、自分の手を見た。なぜ掴んだのか、分からない。


「外で何かあったんでしょ?」

「……だから」

「だから?」

「行くな」

「なんで?」


 答えられない。

心臓だけが、異様な速さで鳴っている。怖い。外へ出してはいけない。


 それだけは分かる。


「誰か怪我してたら――」

「他の人がいるだろ」


 言ってから、リョウタは自分の声に驚いた。

冷たかった。アカリも少し驚いた顔をしている。


「でも」

「アカリじゃなくていい」


 沈黙の中、外で誰かが「大丈夫です!」と答えていた。

続いて笑い声も聞こえる。どうやら大した事故ではなかったらしい。


 アカリが入口の向こうを見た。

「……ほら」


 リョウタはようやく手を離した。


「ごめん」

「ううん」

「俺……」

「大丈夫」


 アカリは手首をさすった。強く掴みすぎたらしい。


「でも」


 アカリが首を傾げる。


「なんであんなに怖い顔してたの?」

「…………」


 また、答えがなかった。


                ◇


 数メートル離れた棚の前で、ミオは本を開いたまま動いていなかった。

ページには文字が並んでいるが、三分前から一行も進んでいない。


 リョウタがアカリの手を掴む前に、何かを見た様子はなかった。

 外で音がして、アカリが動き、リョウタが止めた。


 それだけなのに、まるでその先を知っていたみたいだった。


「……」


 ミオは視線を本へ戻した。

 一行読んでも、頭に入らない。

 もう一度読んでも、やっぱり入らない。


 ため息が出た。


「最悪」


 ページに栞を挟み、本を閉じた。


 今日は、


 ずっと楽しみにしていた新刊の発売日だった。


 なのに今は、


 あっちの続きの方が気になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。