罠
黒い服を身にまとった男は、胸元に十字をぶら下げていた。教会からの使者だとすぐに察しがいった。ウェイトがすぐに気づき使者の元に行った。
「何の用だ?」
「教皇様が話したがっております。」
「ボスと俺で向かおうと思っていた。」
「それは、・・・少々困りますな。」
「どういう意味だ?」
「そうですね・・・そちらの方なんてどうです?」
男は俺を指さす。
「見かけない顔です。新入りでしょう?」
ウェイトが険しい顔をする。
「新入りが話すことなんてないと思うが。」
「だからですよ。そちらの方と後、力の強い元奴隷を一人連れてきてください。他の者は必ず外には出ないように。」
「理由を説明してくれ。」
「二人ほどいれば、後はこちらで処理ができます。」
「処理って・・・」
「構わないよ、ウェイト。俺ともう一人見繕ってくればいいんだな。」
「はい。」
「ボスに相談した方がいいんじゃないか?」
ウェイトの顔は相変わらず険しいままだ。
「まだ、行くなよ。」
そう言ってウェイトは奥へと引っ込んだ。
「地上にはまだ上の人間がいるのか?」
「警備兵を引き連れて帰りましたよ。」
「教皇様は、何を話したがっているのですか?」
リザルの質問に使者はため息をつく。
「これからの事とだけなら伝えられます。」
リザルが顔をしかめた。ウェイトもリザルも、この使者を疑っている。
「ヴァン。君が行く必要はないよ。他の人に行ってもらおう。」
リザルの提案に俺は首を振った。
「俺の方がきっと都合がいいんだろうから。」
リザルの顔が曇る。
「また、亡くすわけにはいかない。」
「弟をか?」
「・・・。」
リザルは使者の方を見て、
「私が行くのは?」
そう聞いて、首を振られる。
「ここに来て、日が浅いものの方が都合がいいのです。教皇様は、話を聞きたいだけなのですから。」
暫く沈黙の時間が続く。ユースがボトルクレートを運び入れる音だけがあたりに響く。しばらくして、ウェイトは戻ってきた。大男を連れていて、使者に引き合わせると名を名乗らせた。
「ベヒーモス。」
一言だけつぶやいたその大男はいつか聞いた名で、確か俺の首輪を引きちぎってくれた男だった。
「首輪。取ってくれたんだってな。ありがとう。」
俺は彼と目が合うと、お礼を言った。彼は歯をむき出して笑った?と思うと使者に質問した。
「二人だけ?」
「ええ。十分です。」
ウェイトが俺にそっと耳打ちする。
「何かあったら、逃げてこい。」
教会が何かを隠しているのをわかっていて出た言葉だった。それはきっと危険なことだと俺は考えていた。
近くのマンホールから地上に上がり、使者の後を付いていく。ベヒーモスは何も言わず、ただ後を付いていく。俺も何も言えなかった。地上はすっかり深夜で闇が深い。騒ぎが起きたとて、誰も気づきはしない。
教会は森の中にあった。草木をかき分け入った中には、二人の人が立っていた。一人は優しそうな顔をした老齢の女。もう一人は広場で見た男。その時点で使者が嘘をついたのは明白だった。外には数人の人の気配がした。きっと逃がしてはくれない。
「この二人で間違いないのか?」
男が女に聞いた。
「ええ。教会で匿っていた奴隷の二人です。」
使者がいそいそと奥に引っ込んだ。すると、武装した男が一人テーザーガンを構えながら出てきた。
「処分いたしますか?」
その男の声に男は首を振った。
「その必要はない。お前、何処から逃げた?」
男は俺を指さし聞いた。
「ウェイストホールから。」
「ウェイストホール・・・警備をどう抜けた?」
「他の奴隷が気を引いてる隙に、怪我を覚悟で柵を乗り越えた。」
「そっちは?」
ベヒーモスの方を指さす。彼は少し唸ったのち、
「檻を壊して。」
とだけ答えた。男が眉を顰める。
「彼らは教会に助けを求め、近くの森の空き家に潜んでいたのです。教会としては、奴隷とて祈る者。無視するわけにはいかず、服と仕事を与え、町に紛れて暮らせるようにしてやりました。」
あくまで、マウスバロウのことは言うつもりはないらしい。そこに少しの安堵を覚えた。仲間が傷つくことは無い。
「本当に二人だけか?さっきの二人では確かに首輪は外せまい。この男なら、首輪を外せるだろうが町の人間が本当に気づかなかったとでも?」
「十分あり得るでしょう。彼らの傷を隠してやりさえすれば見た目ではわかりません。まさか、他の奴隷を開放することを考えているとまでは思いませんでしたが。」
その言葉に少しの違和感を覚えた。マウスバロウの人間があの奴隷を開放した?それによってこんなことに?
「まったく、奴隷の考えることはつくづく・・・とはいえ、たまには降りてきてみるものだ。不正を感知する手段が少ないことは考え物だな。カメラもセンサーも、まだまだ発展途上だ。」
「お慈悲を。」
「全く、自分たちが言い出したことだろうに。この二人は回収して、上に連れていく。悪いようにはせん。人並を知ってしまったのだからな。」
武装した男が指笛を吹くと、警備兵が二人やってきて俺たちの首に首輪をつけた。馴染みの感覚に懐かしさを感じた。
「協力感謝しよう。ユートピアに安寧を。」
男の後をついていくように背を押される。無人の町を歩いた。派手な看板やのぼりに祭りの名残を感じた。上の町への入り口に着くと、目隠しをされた。腕を引っ張られながらひたすら歩いた。
何かにぶつかって足を止める。すると、目隠しを外されてここで待つように言われる。狭い部屋だった。いつの間にかベヒーモスはいない。何もない部屋に閉じ込められて体を横たえた。
何時間たったのかはわからないが飢えと渇きによって、数日くらいは放置されているのがわかった。このまま、飢え死にで死ぬのかと思うと呆気なかったなと思った。マウスバロウでの日々は、ほとんどがブラウンラットでの日々だ。久々に仲間と呼べる人が出来て、人並みの生活を送って、あの日々は人生の最高潮だと言えたのかもしれない。エレノアの小さな体の熱を思い出す。もう二度と感じることは無いのだと思うと、彼女に申し訳なくなった。期待させた。兄が帰ってきたと。何処にもいかないでと言った。約束は果たされなかった。そんなことを考えていると扉が開く。あの男だった。
「君にチャンスをやろう。」
その言葉の意味を考えられない。
「君はただ、あるべき場所に帰ればいい。」
そうして、中流層の町のど真ん中に離された。ベヒーモスも一緒だ。俺たちは久々の再開も、お互いの無事も喜ぶことなく、示し合わせたわけでもなくマンホールへと向かった。下水をしばらく歩き、マウスバロウへの扉を開く。
出迎えたのはリザルだ。扉を開けた俺たちにすぐに気づいて駆け寄った。
「怪我は?」
「腹が減ってる。喉も乾いた。」
カスカスの声でそう伝えると、すぐにフィッシュアンドチップスと水が出された。ベヒーモスががっつく。俺はゆっくりと食べながら久々のブラウンラットを見渡した。変わった様子の無いブラウンラットに一安心して、食事を終えると、だんだんと思考力が戻って来る。
「君にチャンスをやろう。」
不意にその言葉を思い出す。
「君はただ、あるべき場所に帰ればいい。」
その言葉の意味に到達する寸前に、奥から二人が来た。ウェイトとロクバだ。
「帰ってきたのか?!」
ウェイトが困惑気味に俺たちに気付く。するとロクバが訝しげに聞く。
「お前ら尾行を振り払ってきたのか?」
その言葉に、一つの可能性に気付く。尾行。人の気配なんてわかるわけがない。飢えていたから、考える余地を奪われていたから。まさか、そんな・・・。
扉から、人がなだれ込んでくる。武装していて、その手にはテーザーガン。リザルめがけて電極が飛んだ。彼は無抵抗なままその場に倒れた。ロクバが出てきた扉から、手早く奥に戻る。ウェイトは一瞬呆気に取られていたが、数人の客が拘束される様を見て、敵を殴り飛ばし、抵抗を試みる。ベヒーモスには数十個の電極が刺さってやっと倒れる。俺は茫然自失のまま立ち尽くした。テーザーガンが飛んでくる。電撃に痺れ、目の前が白黒し、暗転した。
目が覚めると酷く息苦しい。上に何か乗っかっていて呼吸がまともにできない。もがこうとしても、手足が縛られ、身動きが取れない。このまま窒息して死ぬのかと考えていたところ、足が強い力で引っ張られた。体が持ち上がり、上に乗っかっている何かから引っ張り出されると、ウェイトと目が合った。彼の顔は真っ赤で、俺を引っ張り上げるのに苦労したのが伝わってきた。彼が足を離すとどさりと俺はその場に投げ出される。彼の体に拘束はない。俺と違って捕まらなかったのかと思っていると、目の前に突如ベヒーモスが表れる。暗闇すぎてわからなかった。ベヒーモスが、手と足の枷を引きちぎってくれる。俺は地面を歩いてウェイトのそばに寄った。地面は、変な凹凸があって歩きにくい。こけながらもウェイトのそばに寄って、何があったのかを聞こうと思って口を開こうとすると明かりがついた。まぶしさに目を細める。白い明りは目をちかちかさせた。明かりを避けようと思って下を見ると、そこには人の顔があった。すでにこと切れており、その表情は驚愕のままに固定され、涎をたらしていた。驚いて転ぶと、今度は、柔らかいものに当たった。女性の胸で、それは恐ろしく冷たかった。手を離し立ち上がる。そこは、人の掃き溜めで、動く気配はない。それでも、驚愕の顔がいくつも並んでいるのを見ると気分が悪くなり、吐いた。ウェイトが背をさすってくれる。
「ここはどこなんだ?」
絞り出すように出した声はウェイトには届かず、彼は上の方を見上げていた。真似して上を見上げると、ガラス窓の向こうに人の顔があった。何やら作業をしているらしく、忙しそうに行きかった。
「処分する気だ・・・。」
ウェイトの口からそんな言葉が漏れると、何かが稼働する音が聞こえてくる。轟音で、ウェイトがこちらを向いて何かを言ったのが聞こえないほどだった。ウェイトに腕を引っ張られ部屋の隅の方めがけて連れていかれる。ベヒーモスもおとなしくついてきており、俺よりも状況を把握しているようであった。地面もとい、人の山が動き出す。俺たちが逃げてきた方向とは逆に動いて血しぶきが上がった。それは激しくて、俺の足元まで飛び散って靴が汚れた。無我夢中で隅の方まで走った。飲み込まれたら最後、ただでは済まないのは察しがついた。隅に着くと轟音が一時止まる。その間に俺はウェイトに聞く。
「どうすればいい?」
「出口を探すしか・・・。まだ、動けるか?」
「問題ない・・・と思う。」
体の方は、電流を浴びた後にしては元気だった。俺たちはあたりの様子を事細かに窺う。今逃げてきた壁の上の方に切れ込みがあるのが見えた。
「あそこはどうだ?」
「届くか?」
それは身長の二倍ほどの高さで、誰かが残れば届く距離だった。
「俺が残る。」
ウェイトの提案。俺は首を振る。
「俺が。体力だってまだあるし、上だって未知だ。ウェイトの方がどうにかできる。」
後ろめたさがあった。皆をここに突き落とした後ろめたさが。しかし、ウェイトは首をゆっくり振った。
「怪我をした。すまん。役に立てそうにない。行ってくれ。」
ウェイトの見せる腕には切り傷があった。まだ生々しく、血は止まっていたが、俺を引っ張り上げる時に傷んだはずだ。ウェイトが壁に手をついて、台になる。ベヒーモスは容赦なくその上に乗り、上の方に登って、こちらに手を伸ばした。
「なぁ、ヴァン。」
ウェイトが俺に優しく声をかける。
「俺はな、ヴァンがマウスバロウに来て、ブラウンラットの一員になってよかったと思ってる。」
「なんで今?」
「兄貴と最初は重ねる時もあったけど、お前はお前だ。お前はやるべきことをして、あそこに帰ってきた。それを誇りに思っていい。」
俺は目頭が熱くなった。
「ヴァン。お前と酒をたらふく飲んで、思い出を作っていきたいよ。だからさ、どうにかしてくれ。」
稼働音が再び鳴る。時間がない。俺は、ウェイトの肩に乗って、ベヒーモスの腕をつかんだ。転がるように外に出ると、まだ施設内らしく、広い部屋に出た。そこには数人の繋がれた人がおり、ユースの姿もあった。ベヒーモスが、拘束を端から壊していく。俺は、ユースの方に行って事情を聞こうと思い口を開く。しかし先にユースの方が喋り出す。
「エレノアが!助けてあげてください!」
「何があった?」
「連れていかれたんです。やばいことになるかもしれない。」
「ここはそもそもどこなんだ?」
「多分、上の地区にある塔の中。奴隷の旧処理施設があったとされる場所。」
「ウェイトが下にまだ残ってる。」
「助け出さないとですね。少なくともここは安置所みたいで、安全は確保できるはず。さっきまで死体が山と積まれてて、管理者が来て、そこに放り投げていたんです。」
「君らはなんで無事だった?」
「すぐに目が覚めて、抵抗したら繋がれたんです。後で処理するって。やっぱ安全じゃないかも。」
「エレノアはどこに?」
「多分上の階です。円卓で見せるって言ってました。」
ベヒーモスが扉を強引にこじ開ける音が響く。何人かの仲間がさっきの出入り口に寄ってきて、中を覗き込む。
「行ってください。エレノアを。じゃないと・・・。」
「わかった。」
俺は、ベヒーモスの肩を叩いて走り出す。意図が伝わって、ベヒーモスもついてきてくれている。廊下で数人とすれ違って驚かれる。それを無視して、階段を見つけて駆け上がる。どこまで上がればいいかはわからないがとにかく上を目指した。
暫く上を目指して階段を駆け上がっていると、警備兵と出くわした。彼らは俺たちに驚いて、とっさにテーザーガンを握った。そこに、ベヒーモスが盾になるように俺の前に躍り出る。テーザーガンは、大男に刺さるが、数個の電極では足止めにすらならない。ベヒーモスが腕を振ると警備兵が吹っ飛んだ。俺のそばに飛んできた警備兵の首根っこをつかみ、
「円卓はどこだ?」
と聞いた。警備兵は一瞬の躊躇の後、
「もう一つ上の階の奥の部屋だ。」
そう言った。俺たちは急いでもう一階を駆け上がり、奥まで走る。途中で警備兵に阻まれ、ベヒーモスが相手をする脇を通り過ぎて、奥の部屋へと飛び込んだ。




