不穏
祭りの本番の期間中、リザルとウェイトはブラウンラットで俺とエレノアは地上にある大きな酒場で仕事をした。ユースは足りなくなった酒を補充する係だ。ロクバの方は知らない。エレノア曰くサボるのだけはプロとの事。地上の酒場では、リザルの作った酒はマウスバロウの住人にはそこそこ受けたが、地上の住人は試飲だけして、買っていくことはほとんどなかった。エレノアと二人でアピールをしてみたりもしたが、ビール工房のビールの方が圧倒的な人気があった。酒場では、フィッシュアンドチップスも売っており、エレノアが気まぐれに付け合わせのソースを作るとそっちの方がよく売れた。オーロラソースに、刻んだタマネギ、刻んだニンジン、レモン、ゆで卵などを混ぜたものでフィッシュアンドチップスは飛ぶように売れた。あまりの人気ぶりにマスターがレシピを月の収入の四割で契約したほどで、リザルに報告すると、新たな収入源として喜ばれた。結局クラフトビールの方は契約まで至らず、残りの酒は持ち帰ることになった。よそと比べても明らかに売れ残ってしまっていた。
最終日。打ち上げと称して参加者に料理が出される。お馴染みのフィッシュアンドチップスに、ステーキに、魚の姿煮、野菜スティックや、パイが並ぶ中、一番人気のビールが振舞われた。エレノアと食事を堪能しながら、売り上げの計算をする。エレノアが言うには去年よりも売り上げが下がったらしい。ビール一本に絞らざる終えなかったのと、売れ行きが良くなかったせいだろう。俺は、リザルの作ったクラフトビールの残りを開けて、食事と楽しんだ。こうやって、食事と楽しむ分には味を損なわずに美味い。しかし、ビール工房のビールは、あれだけパンチがあっても、ステーキとかと合わせる分には十分美味い。敗因ははっきりとしていた。外で大きな音が鳴った。驚いて立ち上がると、エレノアに笑われた。エレノアに腕を引っ張られて外に連れ出されると色とりどりの花火が上がっていた。初期記憶で知っているが、実物を見るのは初めてだ。こんなにも大きな音がするのは知らなかった。今も、音が鳴るたびに体がびくりと弾む。
「お祭りが終わっちゃうね。」
エレノアはさみしそうに言った。
「また、来年もあるんだろう。」
「みんなで迎えられるかな?」
「きっと大丈夫。リザルもめげずに美味しいビールを作ってくれるはずさ。」
花火はものの数分で終わってしまった。人々が片づけをし始める。屋台が畳まれ、大道芸人たちが風船を子供たちに配って去って行く。俺は、大道芸人から風船を一つもらいに行くと、エレノアに渡した。赤い丸い風船。エレノアは楽しそうに風船を揺らした。そこに一人の人間がぶつかって来る。ちらりとこちらを見て走り去るその人の首には、首輪がついていた。
「奴隷?」
続いて警備服を着た連中がどかどかと走って来る。エレノアにぶつかって、彼女が風船を離してしまう。
「あっ。」
風船はあっという間に遠くに飛んでいった。しかし、警備服の連中は気にせず走り去っていった。エレノアの腕を引っ張って、急いで地下まで降りた。嫌な予感がしていた。
ブラウンラットではリザルが常連客の相手をしていて、ウェイトとユースの姿は見えなかった。
「二人は?」
「すぐに戻ってくるはずだよ。」
そんなことを言っていると、そこに二人が帰ってきた。安心して胸をなでおろす。
「奴隷が逃げたみたいだ。」
俺のその言葉にウェイトが深刻そうな表情をした。
「マウスバロウでも見かけたやつが、その奴隷をどうも匿っているみたいだった。警備兵が、町全体を警戒している。上の連中が来ているのかもしれない。こりゃ、しばらく外には出ない方がいいな。」
「マウスバロウにも来ますかね?」
ユースが不安そうに皆の顔を見回す。
「今までだって平気だったでしょう?」
深刻さがわかっていないのかエレノアがのんきに答えた。それをユースは真に受ける。
「リザル、住民の方はほとんど帰ってきたか?」
「大体は。数人見かけていない。」
「まずいな。」
「連れ戻すか?」
俺の提案にウェイトが一瞬固まった。
「俺たちが捕まったら元も子もない。様子を見るしか・・・。」
そこで、扉が開く。緊張が走る。エレノアとユースだけがのんきに迎えに行こうとするのをウェイトが制する。その人は、腕が赤く染まっていた。事の深刻さに俺は予感が当たってしまったと頭の中でぐるぐる解決策を考えた。ウェイトがそばによるとその人が口を開く。
「二人捕まった。逃げ出した奴隷を助けようとして・・・。その奴隷も捕まって、上の連中が来てる!」
「気づかれたのか?」
「いや、ここの事なら大丈夫だ。しっかりと撒いてきた。」
「その血は?」
「捕まったやつの返り血だ。あいつら、こっちの様子がおかしいのに気づいてすぐに切り付けて来やがった。」
リザルが俺に耳打ちする。
「すぐに二人が殺されたっていうなら、逆に安全かもな。ただ・・・。」
(・・・そうでなければ、拷問でもされてここの事がばれるかもしれない。)
考えは一致していた。リザルは急いで奥へと走った。
「怪我はしていないんだな?エレノア。一応教会に連れていけ。」
「うん。」
エレノアも様子の怪しさに気付きだしたのか大人しくその人の腕を引いて奥へと引っ込んだ。
「ユース!扉を閉めて奥に引っ込んでろ。」
「お二人は?」
「様子を見に行く。何もなかったらいつも通りの合図を送る。」
バーと奥の住居までの扉は、分厚い金属製だ。鍵さえかけてしまえば、容易には開けることができないはず。
「覚悟はできてるな。」
ウェイトが俺に確認する。俺はこぶしを握り締めてただ頷く。
「普通の市民を装え。傍から見る分にはわからんはずだ。」
ウェイトが慎重に入口の扉を開けた。俺も後に続く。下水をしばらく歩いて、相談して、公園の方のマンホールから出ることにした。人の行き来が普段から少ないため、警戒されにくいだろうとの判断だ。実際上に上がるとあたりには誰もいない。
「広場かもな。」
「高台の方に行ってみるのは?」
俺の提案にウェイトは頷いた。高台の方まで行く間、少数の市民とすれ違ったが、警備兵はいない。
高台に着くと、奴隷市と近くの広場が見えた。奴隷市には大量の警備兵がおり、広場の方には磔にされた女性が一人と、既に生きているかも怪しい男が地面に転がされているのが観衆の間から見えた。
「手遅れだな。」
ウェイトがつぶやくと、広間に一人の男が立った。
「皆さん、この騒ぎですでにご存じでしょうが、ネズミが二匹ほど見つかった。奴らは、義務である首輪をなぜかつけておらず、市民に紛れ、他の奴隷を庇った。近くの空き家に庇いたて、我々の邪魔をし、兵士が一人負傷した。間違っても、協力した者はいないと思うが、もし、いた場合は罰則があることを忘れぬよう。通報は義務だ。他の市民の目を気にする必要はない。ユートピアの市民として、あるべき行動をとれるものが正しいに決まっているからな。これから処罰を行う!他に協力者がいるなら、名乗り上げよ。処遇を軽くする可能性がある。」
「嘘だ。」
ウェイトが再びつぶやいた。男は鞭を持ち、磔の女の腹のあたりを叩いた。女が呻く。ユートピアにおいて、武器と呼べるのは鞭とテーザーガンと食事用の刃物だけだ。長い戦争が終わった後、ユートピアでは二度と過ちが繰り返されぬように武器が捨てられた。こんな世の中だが平和を選び取るために確かに武器を捨てたのだ。だから、奴隷を処刑するには、基本鞭を用いるほかにない。刃物は完全に食事用として定められ、テーザーガンは殺傷能力までは持たず、鞭だけが奴隷をいたぶってもいい道具として扱われた。表向きには処罰という扱いで、殺しはしないという前置きはあるが実際には死ぬまで殴られる。それは、奴隷の体力の低さ故でもあり、やりすぎるところでもあった。市民たちは静かに成り行きを見守った。誰もマウスバロウのことは漏らさない。磔にされた女も、気力がないせいもあるのか、何も言おうとはしない。ただ呻くばかりで、鞭打ち処刑は続く。鞭の打ち付ける音が、ウェイストホールでの日々を思い起こさせた。俺は自分の手が震えていることに気付いて、ポケットに手を突っ込んだ。ウェイトと処刑が終了するまで広場を眺め続けた。
「死んでしまったか。まあ仕方あるまい。奴隷は脆すぎるからな。」
辺りに血をまき散らしながら、男がつぶやく。鞭をまとめて、警備兵に死体の回収を命じると男は去って行った。緊張感がわずかに和らぐ。ウェイトに腕を引かれて、古い酒場の方に歩き出す。酒場の店主は、俺たちを見留めると舌打ちをした後、カウンターに通した。ビールを二杯出され、ドアの方を気にしてしばらく誰も来ないことを確認すると、口を開きだす。
「三人死んだ。二人はマウスバロウの住人で、一人は逃げ出した奴隷だ。」
「マウスバロウのことは?」
「漏れていないはずだ。奴隷の方は知らないみたいだった。」
ウェイトが何かを考える。
「こんなことってあるのか?」
俺の質問に店主は首を振った。
「まさか。そもそもお上が来ていることすら知らなかった。祭りの事なら、いつもは平和に終わってた。」
「勘づいてるのかもしれんな。」
ウェイトが口を開く。
「首輪を壊せるのも、市民に紛れる格好ができるのも違和感を持たれている可能性はある。」
「しばらく地上に出ないだけで、警戒は和らぐだろうか?」
「厳しいかもしれん。上から人が来るなんて今まで本当になかったからな。」
二人で念のため客を装うためにビールを飲みながら、しばらく考え込んだ。
「とりあえず、暫く取引は無しだ。」
店主の提案に、ウェイトは頷くしかない。話が終わると俺たちは、公園から再びマウスバロウへと戻っていく。ブラウンラットに入るとウェイトが鉄扉の下から、紙を差し込んだ。
「そんな古典的な方法なんだな。」
「一応電話もあるが、面倒だからな。」
扉がガタンと開く。ユースが心配そうにこちらを覗き込んだ。
「大丈夫でしたか?」
「当面は地上に出られないが、マウスバロウ自体は安全だと・・・思う。」
その言葉にユースが表情をやわらげた。
「ボスに報告したら、教会に相談しに行くって。」
「地上のか?交渉なんてできるのか?」
「相談ですってば。ウェイトに付いてきてほしいそうです。」
「構わんが・・・あの老人、歩けるのか?」
「さあ?」
二人のやり取りを眺めていると、エレノアを連れたリザルが戻って来る。
「どうだった?」
「とりあえずは問題なし。三人が処分された。上の連中がうろついてるから、暫く地上には出れないが。」
「今までそんなことなかったのに。」
「仕方ない。どちらにせよ、不安定なところに存在しているのだから。」
「警備は必要か?」
俺の提案にウェイトが頷く。
「念のために見張りはいるな。扉はしばらく閉めておこう。エレノアは部屋に帰れ。ユースとヴァンとリザルと俺で交代して見張ろう。」
「何かできることは無いの?」
エレノアの問いにウェイトは首を振った。
「女子供の出る幕はない。」
「ユースも子供に近い年なのに。」
「あはは。一応大人と呼ばれる年なので。」
エレノアを見送ると、リザルが酒を移動させることを提案し、ウェイトとユースが手伝うことになった。俺は、その間見張りをする。いつも通りにソファ席に座ってみんなの作業をただ眺めた。
(何も起こらないといいんだが。)
その時、扉が開いた。外への扉だ。それは予期せぬ客の到来だった。




