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祭り

バーでの仕事が数日続いた。覚えることはそう多くはなく、この間のような奴隷を見かけることもなく地上と地下の往復は続いた。昼頃、バーの裏で空になった瓶をまとめていると、リザルから呼ばれる。クラフトビールが出来上がったらしい。試しにと注いでくれる。すっきりとした匂いが立つ。思い切って飲んでみると、さわやかな味わいだ。飲みやすくて美味しい。

「美味いよリザル。これなら売れるんじゃないか?」

「だといいんだけどね。レモングラスとミントを使ったんだ。癖が少なくまとまったとは思うけど、シンプルすぎるかな?」

「飲みやすくていいんじゃないか?食事の邪魔をしなくていいと思う。」

「なるほど。食事の邪魔は確かにしないかもね。いくつか瓶を作ったから、地上のビール工房の方にもっていってくれないか?一番でかいところだ。リザルの名を出せば、飲んでくれると思う。」

「ああ、あの温厚そうな人だろう。行ってくるよ。」

瓶を二つほど持って地上に上がった。大きい工房はすぐそこで、中に入ると主人が作業を眺めていた。そこに声をかけて、リザルの使いを名乗れば、クラフトビールを注ぐ用のジョッキを持ってきてすぐに飲んでくれた。

「うーん。少し単調かね。」

「食事の邪魔はしないと思うんだが。」

「そうなると、インパクトは薄い様だ。まあ、地下では十分かもしれないけどね。」

「地上では売れない?」

「祭りで試しに売ってからだな。祭りでは、新しい酒をいくつも売るからな。人気があれば、契約しよう。」

「わかった。伝えておく。」


主人と別れて地下に戻ろうとした途中、少女が工房を眺めているのを見つけて気になった。

「親からのお使いかい?」

「・・・。」

何も言わない彼女の首元を見ると、白い首輪がついていた。白い洋服に合わせたものだろうが、色はどうあれ、それは奴隷を意味していた。エレノアよりも小さく、十代ぐらいに見える。子供の奴隷がいることに驚いた。奴隷は大人ばかりで、培養槽で子供時代をスキップさせられる。大人としてふるまえるように初期記憶を埋められ、その大半はウェイストホールに。特徴のある奴隷は奴隷市に送られる。ここにいるような子供が奴隷として扱われることは無い。・・・無いと思っていた。しかし、目の前の少女はきれいな格好をしつつも奴隷なのだ。そのことに混乱していると、首輪をつけたスーツ姿の奴隷が、少女を迎えに来た。俺をちらりとだけ見て、少女を抱き上げ、去って行った。それをどこまでも目で追っていると声をかけられ、振り向く。

「ユース?」

「はい!ユースですよ。何を見ていたんですか?」

「子供の奴隷?を。子供の奴隷は作ってはいけないとかのルールってないのか?」

「ああ、見ちゃったんすね。そうですねぇ・・・とりあえず、仕事も終わりましたし、地下に戻りましょ。」


リザルに祭りでの結果によっては契約してもらえることを伝え、ユースの座るカウンター席に座った。今日は客が少ない。

「何処から話しましょうね。・・・まあ、まずは一杯飲んでからにしますか。」

ユースが酒を二杯注文した。カシスソーダは甘酸っぱくて美味しい。

「臓器摘出用奴隷はご存じで?」

「それは?」

「病気の市民のための奴隷っす。後は、生まれつきとかで正常な臓器を持っていなかった者とかにも必要とされている奴隷で・・・。」

「培養臓器じゃダメなのか?」

「そっちも需要はあります。煙草とか、酒とか頻繁な人向けっす。」

「そもそも、生まれつき異常があったら奴隷落ちするのでは?」

「非遺伝子操作人間に関しては、保護が認められているので。まあ、知らなくて当然ですよね。自然人間はその存在を生まれながらに保証されているんですよね。全くズルい話ですよ。」

「あの少女はそれ用ってことか?」

「首輪がついている子供と言ったら、それぐらいしか用途を思いつきませんね。子供向けの臓器摘出用奴隷のはず。」

「どうしてそんなものが・・・。」

「特例ではありますよ。生まれてきた自然人間が臓器を欠損とかしていて、それをどうにかしてやるために専用で作られるんです。さっき、培養臓器とか言ってましたけど、あれは質が少し落ちるそうで。」

「その後は?臓器を抜き取られた後は?」

「愛玩奴隷って呼ばれてて、大概は子供のいない夫婦に、実子同然に引き取られます。身なりが良かったはずです。大事にはされるんですよ。」

「でも、首輪は付けたまんまだよな。」

「ルールで決まっているそうです。奴隷身分はその証拠を隠してはならないと。俺たちは当然ながら、違反者なんですよ。」

「大人になったらどうなる?」

「どうもしないです。捨てられるような話は聞いたことないし、少なくとも親や保護者が生きてさえいれば特別扱いは継続で、実子とおんなじ扱い。あっでも・・・。」

「?」

「エレノアは・・・」

「ユース!」

リザルがユースの言葉を遮る。俺は、エレノアの名を聞いて察してしまった。

「ごめんなさい。言うべきじゃなかった。」

ユースがしょぼくれるのを見て、肩を叩く。

「聞かなかったことにしてやるよ。でも、子供奴隷っていうのは居るんだな。」

「教会が特例だけは認めているらしいので。片手で数えられるぐらいの子供が数年に一度だけ。まあ、高級奴隷みたいなものかな。僕らとは扱われ方が違うので。子供に対しては、良心が少なからず働くんでしょうな。」

カシスソーダをゆっくりと飲みながらエレノアのことを考えた。元子供奴隷が、どういう理由を持って、マウスバロウに流れ着いたのか?いつか聞いてみたいものだ。もちろん本人の口から。


マウスバロウでの日々はあっという間に過ぎていく。ほとんどバーと地上の往復だが、ここらの空気感にも慣れ始めていた。教会では、朝夕の食事を摂った。シャワーも時々浴びに行き、地上の公園で走り回ったりした。地上はすっかり祭り気分なのか、のぼりや看板が派手なものに変わり目立つようになってきた。屋台が出始め、大道芸人の派手さも増した。エレノアに祭りの目玉は何かと聞くと、最終日に上がる花火らしい。数日程祭りの準備期間をはさんで、三日ほど本番をやるらしい。そもそも、食事や酒を楽しむのがメインの祭りらしい。古い時代の収穫祭が祭りの元になっていて、培養肉や畑の日照時間を調整できる今となっては、形だけのものらしい。息抜きの側面が強いのだ。普段ルールにある程度縛られるユートピアに置いて無礼講が許されるものでもあるらしい。奴隷市にいる奴隷は別として、奴隷にもある程度食事がわけられたり、自由時間を与えるのが習わしらしい。ウェイストホールでは、考えられない催しだ。

リザルに言われて、クラフトビールの積まれたボトルクレートを地上へと運ぶ。数が少ないため、すぐに運び終わった。売り出されるのはここらでも大きい酒場で、様々なオリジナルの酒類が運び込まれて店内をにぎわせた。ウェイト曰く、注目は立ち並ぶクラフトビールの中でもipa系で強い苦みが特徴の、あの大きなビール工房が出したビールらしい。大手が作った分、パンチもあって美味いらしい。ウェイトに手を引かれ、試飲させてもらうと、強烈な印象を受けた。好みの味で、リザルが作ったものとは、真逆のスタンスだった。ウェイトの方は、他の酒を試飲していた。柑橘系らしく、クリアカップの中でも、濃いオレンジをしているのがわかった。さわやかな香りが、こちらまで漂ってくる。ウェイトが少量飲んで、こちらに渡してくれる。オレンジの味がした。苦味がしっかりと合った。でも、さっきほどのパンチはない。ウェイトといくつか酒を試飲して酒場を後にする。町はすっかりお祭りムードで屋台からいい香りがいくつも混ざり合っていた。大道芸人たちが、いつも以上に派手な芸を披露し、場を盛り上げる。

「すごいな。」

「年に一回だからな。皆いつもよりもいい格好して出歩く。」

確かに、さっきの酒場だけでも、マスターの服が新品だったり、そこらを歩く女性がドレスを着ていたりする。

「ま、俺たちはいつも通りだがな。」


地下に戻る途中、数人とすれ違った。確かにマウスバロウから地上へと祭りの期間だけ皆出ていくらしい。バーに戻れば、地上への通り道故に人通りは多かったが、その場にとどまるのは、数人の常連のみだった。ウェイトが買ってきた酒瓶を開け、リザルに飲ませてやっていた。あのパンチのあるビールはリザルにとっても衝撃的だったらしい。

「とてもじゃないけど真似できないや・・・。」

そう言って、暫くちびちびとそのビールを飲んでいた。そこにエレノアがユースと見知らぬ男を連れてやって来る。

「そろそろ皆で、地上に出ましょう!」

リザルが常連に話しかけ、カウンターから出てくる。ユースが見知らぬ男の腕を引っ張ってこちらに連れてくる。

「ヴァン!ロクバだよ。話には聞いてたでしょ?ブラウンラットの初代バイヤーでバーテンダーもしてた・・・。」

「バーテンダーって程じゃない。ただ、酒をそのまま出してただけだ。話は聞いてる。ウェイストホールから来たんだろ。俺の代わりが務まるとは思わないが、まぁ、精々頑張れよ。」

「既に力仕事だけならあんたの倍は役に立ってるよ。仕事はそのまま引退する気か?」

ウェイトが口をはさむと、ロクバはムッとした顔をした。

「祭りが終わったら出るつもりだった。クラフトビールの方は売れそうなのか?」

「どうだろうな。」

ウェイトのその言葉にリザルは苦笑いしながら、

「ビール工房には負けたな。」

そう言って、残った酒を一気に煽った。

「ほら、そんなところで話してないで地上に行きましょう!」

エレノアが、ロクバの腕をつかみ引っ張った。

「もう、準備は済んでるから。」

地上はすっかり人混みに溢れていた。そんな波をエレノアが先導してあの町から外れた古い酒場に入った。この店の前にも、祭りののぼりは立っていたが、客は少ない。おそらくは常連で構成されていて、カウンター席のみが埋まっていた。ベンチ席の方にエレノアが皆を引っ張っていく。

「特別に、屋台飯をここで食べてもいい許可を得たから!」

「酒の方は僕が見繕って、二人で割り勘したんですよ。」

ユースがボトルクレートに入った様々な酒を見せる。

「ねぇ、何が食べたい?」

「俺が買ってやるよ。」

ウェイトがそう言って出ていくのをエレノアとユースが追いかける。リザルはカウンターの方に行ってさっきの酒瓶を持って店主に話しかけていた。残された俺は、ロクバと共にベンチに座って待った。ロクバが酒瓶の一つを手に取り開けると、用意されていたグラスに自分の分だけを注いだ。喉を鳴らしながら美味そうに飲むさまをただ眺めた。

「穴掘り奴隷が・・・。」

その言葉には嫌味がこもっていた。

「マウスバロウはごみを掻き入れる穴じゃなかったはずなのに。」

その言葉にはどこかいら立ちがあった。

「高級奴隷って言葉を知っているか?」

それは俺に聞いているのか?そんな言葉をかける暇もなくロクバは続けた。

「昔は奴隷市でも、奴隷に階級を付けていた。ウェイストホールに行くような奴は能無しで、奴隷の最上級は市民になる資格をあと一歩で取れなかった者。つまりは欠損者だった。」

遠くでリザルが笑う声が聞こえた。店主と盛り上がっているらしい。

「欠損者・・・。そいつらは、知能も運動神経も完ぺきで、足りないのは片方の目とか、耳とか、指の一つだとか。とにかく些細な欠点だった。」

それを俺に言って何になるのかと聞いてやりたかった。

「ボスや工房の主人、農地の管理者・・・数はそう多くはないが、今もいる。そいつらは高級奴隷で、次点に力の強い奴隷、特殊能力持ちがいた。リザルは記憶能力がいい。ウェイトは、コミュニケーション能力が高い。ユースは、肉体美が人並外れている。エレノアは、元子供奴隷で特別だ。だが、お前は?お前には何があるというんだ?」

沈黙が二人の間に流れた。周りの音が遠くに聞こえる。暗にウェイストホールから出てくるべきではなかったとでも言いたいのか?

「俺はただ、運が良かっただけだ。そもそもあそこから逃げようとしていたのは俺ではなかったのだから。」

「運?運ねぇ。笑っちゃうね。マウスバロウに来る奴皆が持っているものだ。それだけを振りかざす気か?」

口を開きかけてやめた。この人は俺を仲間だとは認めていない。それどころか、きっと楽園を脅かす敵として見ているのだ。

「奴隷市には優れた奴隷がそれなりにいる。特に鎖ではなく紐で繋がれた奴は、聞き分けがよくて特殊能力を持っている。」

「何を?」

「紐を切ってきたらどうだ?皆マウスバロウのうわさは知ってる。逃げ込むだろう。おとりには能無しでも十分だ。」

何も言い返す気にはならなかった。どうしたらいいのかがわからない。この男は、俺に死ねと言っている。でも俺は・・・、それを拒める立場なのか?

「不十分よ!少なくとも彼にやらせるぐらいなら、自分でやればいいじゃない。」

ツンとした声が割り込んだ。聞き覚えのあるその声は、スタティスで、彼女は男の腕に腕を絡ませてロクバを睨んでいた。

「落ち着きなさい。スタティス。」

男が彼女を嗜めるが、彼女は止まるつもりがないらしい。

「能無しって言う割に、そんなお粗末な作戦をやらせて死人が増えるだけじゃない?あんたの方が能無しなんじゃないの?」

ロクバは何も言い返さない。彼女の吠え声が聞こえていないとでもいうように、酒を静かに飲んだ。

「ウェイストホールで生き残ってきた運を甘く見るんじゃないわよ!あの地獄の縁をこの年まで生きてこられている時点で並の運なんて言わせない。」

ロクバは両手を上げた。

「降参だ。酒に酔った軽口だよ。許してくれ。」

「馬鹿らしい。」

彼女はつかつかと店の奥の席へと行ってしまった。男が軽く会釈してその後を追う。ロクバの目は変わらず俺を見ていた。俺の中の足りていない部分を見ていた。それが嫌で、目を伏せた。リザルが寄ってきて、ロクバを嗜める。軽口をたたいただろうと、やめるように注意する。

「買ってきたよ!・・・どうかした?」

エレノアが調子よく酒場に飛び込んで首を傾げた。その後をユースとウェイトが入ってきて、ウェイトは何かを察したのか、ロクバを睨みつけながら、

「ヴァンは、仲間なんだからな。それを忘れてくれるなよ。」

そう言い放った。ウェイトに言われるのは効くのか、ロクバが初めて表情を崩した。

「わかってるよ。」

その一言だけを発して残りの酒を煽った。

「いろいろ買ってきたよ。食べようね。」

エレノアが俺に向かって言った。俺は頷き、さっきのことを忘れるように努めた。屋台飯は、多岐にわたっていた。串に刺した肉や野菜類、包まれた料理に色とりどりの麺類。そこにウイスキー、ワイン、ウォッカ、ビール、ベルモット、薬草系のリキュールなどが並ぶ。飲み比べをしつつ、食事会は始まった。

「ヴァンは、ワインを飲んだことがなかったよね?」

エレノアがグラスにワインを注いでくれる。白ワインは、仄かにシュワシュワとしていて飲んでみると微炭酸でさわやかな香りに酸味を感じた。ユースが赤ワインを注いでグラスをこちらに渡す。赤ワインの方は渋みを感じるとともに、味の濃さを感じた。

「どっちが好きですか?」

ユースに聞かれ悩む。

「どちらかというと赤かな。渋みがいい。」

「渋みとか苦みが好きなんすね。薬草系のリキュールはどうでしょう。」

ユースの注いだリキュールは酒感が強く、甘みと苦みのある個性的な味わいだった。舌に馴染む感じがする。

「美味しいよ。口に合うみたいだ。」

「ロクバと味の好みが近いね。」

リザルが笑ってそう言った。俺は、ほんのちょっぴり顔を引きつらせてしまったかもしれない。ロクバの方は無反応で、リキュールを瓶ごといっている。

「このポットパイ、去年食べた時も絶品だったのよ。」

エレノアに差し出されたポットパイをワインとともに楽しむ。たっぷりのキノコとホワイトソースは白ワインと相性抜群で、エレノアが絶賛した意味が分かった。ウェイトがぎょうざをつまみ品評する。

「ニンニクが少ないな。肉感はいい。」

「私も食べる。」

エレノアがウェイトからぎょうざを分けてもらい食べてみると、

「確かにパンチがないね。おじさんの店、去年は美味しかったんだけどなー。」

ぎょうざを戻してウォッカをグイッと飲んだ。酒に酔って来るとウェイトは饒舌になった。奴隷時代の酒場での失敗や、兄弟の話をぽつぽつと語り出した。

「兄貴は面倒見がよかった。そもそも、酒場から俺が闘技場に売りに出されるとき、一緒についていくと言って譲らなかった。」

エレノアが補足するように俺に言う。

「同じ時期の奴隷だったから、セットで扱われたの。私は末妹扱いで、リザルが一番上の兄。次いでお兄ちゃんに、ウェイトだった。リザルは酒場で重宝された。私は闘技に出るって感じじゃなかったし、当時お金が欲しかった酒場の主人が二人をかなりいい額で売ったのよ。まさか、マウスバロウで再開できるとは思ってもみなかった。」

「あいつが・・・主人が二人分になったらサービスでより高く買い取ると言われてその話に乗った。俺としては止めてほしかった。闘技場のうわさはあそこでも聞いたからな。碌なことにならないのは想像がついた。」

ウェイトがビールを一気に飲み干す。ドンと置いて、俺の方を向いて服を軽くはだけて見せた。

「最初の頃は、獣とだった。大型の猫や犬、それ用に改造されてて、攻撃力は低いが、派手な傷を負わせるのが役目だった。」

「何のために?」

「如何にも、戦ってきた風を装うため。そいつらは完全なやられ役で、本番は次だった。」

ウェイトの体には確かに大きな爪痕のような傷が見えた。はだけたところだけでも、大きな傷が見えているから、服を脱げばもっと傷だらけなのだろう。

「兄貴に会ったときは愕然とした。家族で傷つけあわなきゃなんねぇのかとショックだった。兄貴は俺を気遣ってやられ役に徹した。殴りつける拳が痛かったのを今でも覚えてる。でも、奴らはそれで許すようなものじゃなかった。悪魔っていうのは確かにいるんだ。」

ウェイトは十字を切った。悪魔よけのつもりなのだろう。教会が形骸化した今となっては意味のある行為なのかはわからない。

「試合が一回止まって、兄貴に注射をした。血が出やすくなる薬でも打ったのかと思った。違った。」

ウェイトはイライラしているのか腕を搔きむしった。それをリザルが優しく止める。

「兄貴が異常に興奮していた。攻撃的な性格じゃないのに強い言葉を使って俺を挑発した。柵が上がるとすぐに掴みかかられてもみくちゃさ。狩り用の動物なんかに使う興奮剤を使ったんだと思う。わざと興奮させて、スリルを味わうんだ。でも、普通は重装備をして十分な対策を取って狩りに挑むだろう?圧倒的な力があるから成り立つ事だ。俺たちの場合は、兄貴の方が力が強かった。あっという間に瀕死に追い込まれて。血まみれの兄貴を怖いと思ったのは初めてだった・・・。」

ウェイトがガクリと頭を落とした。その時の苦しみを思い出すかのように腕がもがいた。

「町中で聞いた噂じゃ、兄貴は薬の打たれすぎで死んだって。優しい人だったから、素面じゃ試合にならなかったんだろうな。」

ウェイトが俺を見上げる。その目は酒に酔っている割には俺をしっかりと見つめていた。

「お前はちゃんと自分を優先しろよ。結局のところ自分が立ってなきゃ意味がないんだ。」

うつ伏せたままウェイトは起き上がってこなかった。机の上の片づけを、俺とユースでやってリザルがウェイトを担いでいった。ロクバはいつの間にかいなくなっており、エレノアは酔ったと言って、外の風を浴びに行ってしまった。片付けが終わると、外に出た。古い酒場のある土地は、少し高台になっている。そこから町を見下ろすようにエレノアが立っていた。

「気分はどうだ?」

気遣ったつもりだった。しかし、エレノアの顔はさらに曇った。

「お兄ちゃんの事、聞いちゃったね。」

「聞かない方がよかったか?」

「うん。」

エレノアが後ろを向いてその表情は読めない。

「ウェイト。だいぶ君に気を許してるよ。」

「そうなのかな?」

「じゃなきゃ、酒が入ったとてあんな話しないよ。」

「ロクバには嫌われてるみたいだ。」

「ロクバはね、そういう人。ユースが来た時にだって小言漏らしてたから。」

「俺は・・・いない方がよかったか?」

「・・・そうかもね。ううん。・・・今のは失言。君が来てよかったって本当は思ってる。」

祭りの喧騒はここからじゃ遠すぎた。

「ウェイトの落ち込みも、リザルのボーっとする時間も、私の無理な笑顔もだいぶ減ったよ。君が来て皆が変わったんだ。お兄ちゃんに似た君は私たちに少しだけ安心感をくれた。過去を無理に忘れさせずに余裕を与えてくれた。」

「俺が似ていたから?お兄さんの後に来たから?」

「君は自己が否定されたって思う?自分という人格が、実は他の人の面影に重ねられていて本当にみられていたのは、自分じゃなくて、その面影だったとして耐えられる?」

「俺は・・・。」

「君の事、ちっとも見てないんだ。私たち。酷いでしょ。」

「・・・それでもいいよ。成り代わりでも、そこが居場所になるのなら。」

「お兄ちゃん。」

「受け入れられるよ。」

ロクバの言う通り、俺には何もないから。

「頭を撫でてくれる?」

「ああ。」

すり寄って来るエレノアの頭を優しくなでる。

「お兄ちゃんは髪を梳くように頭を撫でてくれた。」

そっと髪を梳くようにして頭を撫でる。

「何処にもいかないで。」

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