ごみ捨て穴で
天気、不明。空が見えないから。少なくとも雨音は聞こえない。
温度、三十度くらい。暑い。昨日までは快適な方だったのに。
湿度、四十パーセントよりは少し上くらい。快適な方だ。
時間、朝だと思う。ここは暗すぎてわからない。ボール電球が点々とついているだけだ。
今の状態、喉が渇いた。最後に水を飲んだのは昨日の昼か?
ポンと頭を軽くたたかれる。朝の恒例行事みたいなものだ。五十くらいの見た目のおじさんはここらで有名な軽く頭のおかしい奴隷仲間の一人だ。頭をポンとたたいていくのは奴隷仲間の一人が仕事をさぼっていたところ頭を叩かれ、そのまま引きずられていくのを見てから行うようになったおじさんなりの啓発活動のようなものだ。他の奴隷たちにあの日のような惨劇を起こさせないというおじさんなりの気遣いなのだ。頭をかいて起き上がる。ぎゅうぎゅう詰めの二段ベッドの下段には二人が同時に横になる。奥にいる方は、手前が起きないと起きてこられない。それもあって、おじさんは起こす目的でも頭を叩いていくのだろう。仕事熱心で真面目なこった。おじさんに頭を叩かれてイライラした一部の仲間が怒声を上げる。しかし、おじさんには何の効果も無い。他人が怒ったりすることを理解できない脳構造なのだ。そればかりか、怒られていつもにやりと笑うもんだから相手の機嫌を徹底的に損ねる。だから今日も誰かの鉄拳がおじさんに炸裂してベッドに倒れ込む音が響いた。日常風景。寝ていた仲間はいい迷惑であろう。しかし、その程度で学習するおじさんではないのだ。自分の痛みには愚鈍のようだから。
俺はベッドから起き上がるとすぐに外に出た。宿舎は、暑くなる日には奴隷仲間の汗の臭いで呼吸が苦しくなる。それに、出入り口が混雑すると朝の食事に遅れるかもしれない。さっきのおじさん達のようなやり取りに巻き込まれるかもしれない。食事に遅れれば、次にいつ食べられるかはわかったもんじゃなかった。昼がある時もあれば、朝だけの時もあるものだから。相変わらず天井があるため外は暗いが、俺はいそいそと炊き出しに向かった。出されるのは味気ない完全栄養食の粒と水だが、ドッグフードのような見た目をしているとしても、無いよりはましだ。特に水はあるとないとじゃ大違いで仕事の出来高を左右するものだった。粒をかみ砕き、水をごくごくと飲んだ。奴隷の管理者たちはここぞとばかりにおいしそうな朝食を目の前で摂り、水も飲み放題だ。パンとかチーズとか、奴隷には縁遠いものばかりだ。馬鹿な奴隷の一人が、管理者の朝食欲しさに襲い掛かったこともあった。すぐに他の管理者にテーザーガンを撃たれ、鞭打ち処分になった。鞭打ち処分までならいい。その後に鞭打たれた肉を食わせられるのは俺たちなのだから勘弁してほしい。奴隷肉は臭みと硬さでとてもじゃないが完全栄養食以下だ。しかも、奴隷の最後を見せつけられるのは気分の良いものではない。いつか訪れる最後なんて、本当の最後が来た時だけでいい。それまでは平和に暮らしたいものなのだから。そういうわけで、皆管理者の食事には見て見ぬふりをする。美味しそうとか思ってはいけない。最後の晩餐に贅沢よりも、少しでも楽な死に方を選べる方がベストなのだから。
食事を終えたら、チームになって運び入れられたごみを所定の位置まで運ぶ。大半は家庭ごみだ。産業廃棄物が次いで多い。それらをある程度の所まで運んだら、過酷な労働が始まる。手で柔らかいと言えども地面を掘り返して、穴を掘る。そのおかげで奴隷たちの手はいつも土まみれだ。しかし、気にすることはない。土自体に害はないのだから。微生物がうようよいるらしいこと以外は気にする必要がない。それよりも、家庭ごみの生臭さの方がキツイ。産業廃棄物はそんなには臭いを発することはない。しかし、家庭ごみは腐った食事が混ざるために生臭さが生じて時に吐き気を催す。吐くことがあれば、鞭が飛んでくる。運が悪いと、その衝撃でループすることになる。酷いと、背中の肉が裂けることも少なくない。こらえながら、穴の中にごみを埋め立てる。土をしっかりとかぶせ、再びごみを運んでくる。夜になるまでその繰り返しを奴隷たちはする。途中で休憩を挟ませてくれることもあるが、大抵夜までぶっ通し、宿舎に帰ることになる。
途中まで調子よくごみを埋めていくのは良かった。しかし残念ながら、今日はそれだけではなかった。管理者の指示の元、放射性廃棄物が運び込まれてくる。原子力は、この国において重要な資源の一つだ。電気の生産を基本として、発展している医療分野にも使われる。放射性廃棄物。それは、奴隷たちにとって恐怖の象徴だ。それは、公害をまき散らす。身体への害が約束されるもの。管理者たちは、遮断用の防護服を着ているが、奴隷にはボロ布一枚だ。無論、それで防げるような代物ではない。俺もそれによって手に火傷の跡がある。中身に触れないと微生物が分解してくれないため、厳重な梱包から出さなければならない。慎重に梱包を外した。中身は液体のままだ。大概は個体処理がなされている。今回は運が悪い。仲間の一人が舌打ちした。幸い管理者には聞かれていない。そのままゆっくりと穴に横たえ廃液をこぼしていく。問題なく処理ができた。影響のほどは、何日か後にわかるだろう。一番わかりやすいものでは、髪が抜けていった者がいたっけ。手をはたいて、今日の仕事は終わった。
苦労の後なのに夕飯もなく宿舎に戻された。二段ベッドの下の段で奥の仲間が横になったのを確認して横になる。眠気はすぐに来た。飢えが気にならないほどにつかれている。毎日の事だ。奴隷特有で体力が低い。作業が続けられるのは奇跡みたいなものだ。まどろみの中、何も考えることなく眠りにつく。
日常にわずかな変化が訪れたのはそれから二週間後くらいだろうか。寝込む者が出てきた。熱のためである。恒例の頭髪が抜けるものも数名出た。俺の変化としては、目の上あたりに水ぶくれができたことだろうか。赤くなっているとも言われた。放射性廃棄物の影響は、大概、数週間後に出ることが多い。それから免疫が下がるせいか死ぬ者が出ることもしばしば。比較的平和な死ともいわれる。だからといって、放射性廃棄物を歓迎する者はいない。大概が苦しむことになるのも事実なのだから。その日は頭を叩かれなかった。おじさんも寝込む側に回ったからである。様子を見に行くと、酷く苦しそうにしていた。それでも、仕事の時間はやって来る。俺は外に出て、炊き出しの完全栄養食を食べた。目の上の水膨れのせいか熱かったから、水の入れ物で冷やす。気休め程度にしかならなかったが。水を名残惜しくも飲み干し、仕事へと向かう。
仕事は順調だった。先々週、放射性廃棄物を捨てた穴は廃液が完全に分解処理されたようで穴はきれいなものだった。そこに新たなごみを埋め立て土をかぶせた。早ければ一週間、遅くても二週間後には完全に分解され、害はなくなる。
微生物はユートピアが出来た頃に改造されて、このウェイストホールに離された。従来のものよりも、分解速度も、危険物を無効化する精度も高いこの微生物はユートピアで重宝された。それまで、保存管理するしかなかった放射性廃棄物をきれいに分解できるようになったのは革命的で人々の生活段階を一段引き上げた。ごみの後処理に困らなくなったユートピアは資源を食いつぶし続けている。とはいえ、奴隷身分には関係のないことだ。放射性廃棄物の危険性にさらされ続けているし、原子力の恩恵は、ところどころにぶら下がっているボール電球くらいのものだ。その明かりも、夜になれば切れてしまう。
そんな暗闇に乗じて事件は起きた。犬たちも檻に返される時間だ。管理者数名が交代で当直につく。宿舎では大勢の奴隷が眠りについている。扉は施錠されている。外からしか開かないようになっているため朝を待つほかない。そんなところに、ゴンゴンと大きな音が響いた。皆が起き上がって扉の方を見ていた。俺もそれに習って扉を見ると、二人の奴隷が強引に宿舎のドアを破ろうとしていた。大きな音を立てたのだ。当直室は隣だ。すぐにでも、管理者たちがやって来る。入口に近かった俺は、ベッドから起き上がり二人の肩を叩いた。やめるように首を振ったが、二人がやめる様子はない。案の定、扉が解放され管理者二人が顔をのぞかせる。顔を入口に差し出して無防備なところに二人の奴隷が何か鋭いもので、管理者の顔を切りつけた。防護服を貫通し、二人の管理者が顔を抑えた。その隙に二人は外に駆けだす。俺は呆気に取られていた。管理者を傷つけたのは、小さな食事用であろうナイフだ。おそらく家庭ごみに紛れていたものを盗んだのであろう。管理者の一人が顔から血を流しながら目の前に立っていた俺をにらんだ。そして無関係だったはずの俺に向かって、テーザーガンを撃った。他の奴隷への威嚇も込めていたのだろう。俺はそのまま気を失うと、冷たい地面にたたきつけられた。
意識が戻ったのはおそらく数分後。逃げた奴隷を探しているらしく、犬たちが放たれていた。俺は、宿舎の扉の所に腕を縛り上げられていた。一匹のドーベルマンが唸る。見張りらしい。よだれをたらしながら、指示を待っているようだ。遠くで聞こえる声からも、奴隷二人が見つかっていないのはわかった。奴隷二人が見つかれば、確実的に鞭打ち処分になるだろう。そして俺も、逃げ遅れたとでも思われたのか仲間扱いらしい。罰が下るはずだ。きっと軽くは済まない。死ぬかもしれない。一気に震えが来た。絶望感にただ打ちひしがれていると、扉の裏から声が聞こえた。
「マウスバロウに行け。」
それは、幻聴でもなくはっきりと聞こえた。
「何処へ?今、縛られているんだ。見張りの犬もいる。」
震えながらも口は回った。声は返事をくれた。
「どうにかしてほどけ。犬だけならきっと何とかなる。町まで走って、マンホールから地下に行け。下水道の奥に俺たちの楽園がある。」
俺はその言葉の指示に従い、必死にロープを引っ張った。弱っていたロープだったらしく、突然引きちぎれる。前につんのめりながら立ち上がると、犬が強く唸った。俺はあたりを見回した。地面にさっきの食事用ナイフが落ちている。それを拾いあげ、前に差し出すように持つと、ゆっくりと犬から遠ざかった。犬の方も俺が逃げるのを察してか、じりじりと近づいて来る。仕掛けたのは犬の方からだ。突然身をかがめ、足の方にかみついてきた。足に鈍い痛みが走る。しかし、怯むことなく犬の目にナイフを突き立てると、キャンっと弱弱しく鳴いて、犬は逃げ去って行った。足からの出血を気にせず、俺は走った。まごまごしていたら、管理人が来るかもしれない。犬一匹ならどうにかなったが、数匹来られたら?ボール電球は暗く、明かりはない。それでもかすかな明かりを頼りに町の方角に走った。町のことは聞いたことがあった。西に行けば、中流層向けの居住区があり、上手く紛れ込めれば奴隷として生きていかなくて済む。誰しもが一度は聞き、夢に見た。しかし、実際に紛れ込むことが不可能なのは誰しもが知っていることだ。服が無ければ、首輪の外し方も知らない。そもそも傷を持つ者が大半だからその時点で目立つ。夢物語というのは誰しもが描くものなのだから、このうわさを流したものに罪はない。管理者たちの耳にも入って、笑われるような夢物語なのだから。夢を描く程度ならば、鞭は飛んでこない。むしろ笑いの種になって、管理者たちの空気感が緩む分には普段から緊張に支配されている奴隷たちにとっては良いものだった。
走り続けていると、目の前に鉄柵が立ちはだかった。身長の二倍はある。あたりに誰もいないのを確認して登り始める。有刺鉄線が途中に張ってあった。痛みを覚悟して、柵をつかむ。血をたらしながら登っていると、いつの間にか犬が集まってきていた。吠え声があたりに響く。管理者が来るのは時間の問題だ。急いで柵を上りたいが、有刺鉄線が厄介すぎる。どうしても時間がかかってしまう。
とうとう管理者が目の前を通りかかった。肩にはさっきの奴隷の一人を抱えていた。管理者が片手にテーザーガンを掲げたのが見えた。終わりだと思った。それでもあきらめきれなくて、有刺鉄線を強くつかんだ。すると、奴隷が急に暴れ出した。体をくねらせ、テーザーガンは目標を外す。唯一のチャンス。鉄柵を上りきった俺は、反対の地面に一気に飛び降りた。体を叩きつけながらも、立ち上がりヨタヨタと走り出す。
「止まれ!」
叫び声は耳に入らなかった。地面を見つめながらひたすら走った。砂利道が舗装路に変わってしばらくすると、マンホールを見つけた。マンホールをどかすと梯子が出てきた。マンホールをもとの位置に戻して、梯子をつたって降り、足がついたのは酷い匂いのする下水道。疲れからか、気のゆるみからかドッと体が重くなる。それでも立ち止まるわけにはいかない。下水道に降りてこられることがあったら、すぐにばれてしまう。ここまで逃げたのだ。見つかりたくはなかった。どこへともなく道に沿って歩き出す。マウスバロウだったか、楽園は見当たらない。踊らされたのかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。それでも、戻ることはできない。せめてでも、傷ついた体を休められるような場所を探さなくてはならなかった。
数分は歩いた。傷ついた体ではもう限界だった。道の途中で横たえ、激しく息をした。隣では汚水の川が流れている。匂いは気にならなくなっていた。それよりも、犬にかまれた足が腫れぼったく気になった。この傷がもとで死ぬかもしれないと思った。最後に死ぬには惨めな場所だ。薄ら笑いが出た。壁の冷たさにさみしさを覚えながら、眠りにつくことにした。次目覚めた時に見るのは天国か、はたまた地獄か。何も感じない無であることを望みながら瞼を閉じた。




