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逃げたとて

激しく息を吐く。手足を必死に動かして何処へともなくただ走った。足がもつれた矢先にテーザーガンが飛んでくる。足に刺さった電極から電流が流れ込む。自分の意志とは無関係に体が倒れ込み、痙攣する。追いついた防護服姿の管理者が、電極を処理して、首輪を強引につかみ引きずっていく。暴れる元気すら失った人とも呼ばれないそれは手足をだらんとさせてただ引きずられて行く。周りで作業する者共が怯えながらその様子を見送る。管理者の一人が手の止まった作業者に鞭を一つ打つと、皆再び手を動かしだす。それは、意識が戻ると今度は首輪に締め付けられる苦しみでもがいた。足をばたつかせ、首元を抑える。しかし、手心を加えられることもなく引きずられていく。それは見世物のようであった。逃げた本人も意図したものではないが、管理者にとってはある意味で都合は良かった。見せしめはいる。活きがいいものならば尚いい。それは、断頭台代わりに用意された小さな壇に、伏せるような形で投げ捨てられた。首輪を地面すれすれのところに引っ掛けられる。地面に接吻するような距離で頭が固定された。背中はがら空きで、ボロ布だけがその身をかばいたてた。手足を拘束され、膝と両手が地面についたら、準備は万端だった。管理者が作業していた者共を呼び寄せた。皆、不安げに身を寄せ合いながら壇を見つめる。固定されたそれは、言葉にならない何かを発した。それこそが獣の証と言わんばかりに管理者がそれの頭部を蹴った。くぐもったうめき声だけがあたりに響く。これほど人間が集まっているというのに酷く静かだった。それは、作業者たちが人の姿をした別の何かとして扱われているから起きた静寂であり、これから起こる見世物を際立たせる静寂でもあった。管理者は鞭を一つ持った。ここで管理者に推奨されている装備の一つ。必需品。それは、作業者を打つために用意されたものであると同時に、これから起こる見世物に必要不可欠な道具。ボロ布に守られた背中を一つ叩く。スパンという音と共に背中が打たれる。それは、もう一度うめき声をあげた。二度、三度。鞭は背中をえぐるように飛んだ。うめき声は泣き声に変わった。数十度ともなれば、それは一定のリズムを刻むように懇願した。しかし、獣の言葉は人にはわからない。地面に血の池だまりが出来、背中にはかばいたてたボロ布が肉ごと裂け、歪な裂傷が生まれていた。そのころには荒い息をただ吐くそれがいた。それは、今度こそ言葉を失い瞼を深く閉じ、辛抱強くただその時を待った。死。それだけが唯一の救いとなってしまった。しかし、勿体ぶるように管理者は鞭打ちを弱める。それは辛抱たまらず最後の力を振り絞って叫んだ。静寂を突き破り、管理者たちからどっと笑いが出る。轢かれたカエルが最後に屁でも出したような笑いっぷりに、作業者たちはただ怯えた。それはとうとう自分を支える力もなくして腹ばいになった。面白くなくなった管理者は、とどめに激しく鞭を打った。肉片が飛び散った。血が近くの作業者まで飛んだ。白い骨がむき出しになり、わずかに傷ついた。そこで鞭打つ手を止めるとそれの拘束を外して管理者の一人が大鉈をそれの首に向かって振るった。首がごろごろと転がった。管理者の一人がそれを足で踏みつけるように止める。その後は包丁でそれは解体されていった。皮を剥ぎ、内臓を取り出し、肉を断つ。それを目の前であぶられちょうど昼時。それらは作業者たちにふるまわれた。できるだけ多くに行き渡るように小さな肉片が、脳みその一部が小さな皿の上に乗せられ渡される。作業者たちは吐き気に襲われながらもそれを食らうほかない。自分たちがこうはならないためにも。

それから残った骨が近くの犬に投げられた。凶悪なドーベルマンがぼりぼりと音を立てて骨を食らう。ここの犬は作業者共より偉く、また彼らをいつでも食いちぎる準備ができている。一人の逃走劇はこれにて幕を閉じた。作業者たちは日常に戻り、管理者達はしばらくの安寧を退屈そうに過ごすばかり。

ウェイストホール。生活ごみや放射性廃棄物を取り扱うこの穴は防護服の無い作業者たちの手によって支えられている。

奴隷。それは、ここで作業する者たちの身分であった。地に這いつくばり、手を汚し、わずかに息をすることを許されたそれらは今日もここで穴を掘り、ゴミを埋め立てわずかな糧を手にする。彼らに自由はない。人として生まれながら何かしらを欠落した者たちはわずかな時をこの穴に捧げることによって生きながらえさせてもらっているためだ。

この世に神はおらず、居たとしてもとうに見捨てられており、わずかな選ばれたものと、初めから人であった者だけがこの世を享受している。

医学や、生物学が飛躍的な進化を遂げたこの国はユートピアと呼ばれ、幾度もの戦争を乗り越えて一つの世界を築いた。戦争は遠き過去のものになり、人々は兵器を捨て、平和という対価を奴隷たちという骸の上に築き上げた。しかし、欲望が止まることはない。永遠という不死性を手にしていない彼らはまだまだ、技術を築き上げていくしかないのだ。そこでどんな醜い生き物が生まれようとも。

人が人間性を失ったユートピア。そこは人を人ではないものに貶める場所。あらゆる快楽も不幸もこの中に詰まっている。ユートピア(ディストピア)。

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