8. 墓参り
畑の作物が持ち直したその日の午後、リエル村では、別の場所にも人が集まりはじめていた。
向かう先は墓地だ。オズワルドが安全を確かめたとはいえ、昨日まで、近づけばスケルトンに追い回されていた場所である。
石柵の手前まで来た男たちは、入口に立つスケルトンを見て足を止めた。
「……本当に大丈夫なんだよな」
「村長もエマも、無事に帰ってきただろ」
「だったら、お前が先に行けよ」
「なんで俺なんだよ」
誰も先頭に出ようとしない。その横を、小さな影がするりと通り抜けた。
「こんにちは」
ニナだった。一緒に来ていたセシアが、慌てて腕を伸ばす。
「ニナ、ちょっと待ちなさい!」
入口のスケルトンが、ニナへ顔を向ける。大人たちの身体が、そろって強張った。当のニナは気にする様子もなく、骸骨を見上げている。
「お墓に入ってもいい?」
スケルトンは少し間を置いてから答えた。
「アア、彼等ニ会イニ来タノデアロウ?」
「うん。お花持ってきたの」
「ソウカ、キット死者モ喜ブダロウ」
ニナはそのまま、墓地の中へ入っていく。
「ちょっと、ニナ!」
セシアが急いで追いかけた。入口に残された男たちは、互いの顔を見合わせる。
「……行くか」
「そうだな」
ようやくひとりが動き、残りもそれに続いた。
墓地の中は、以前よりも整っていた。落ちていた枝は端へ寄せられ、傾いていた墓石も、いくつか元の位置に戻っている。墓石のあいだでは、スケルトンたちがそれぞれの持ち場に就いて動いていた。村人が近くを通っても、襲ってはこない。目で追う者はいても、剣に手を伸ばすスケルトンはいなかった。
セシアは墓地の奥の、ひとつの墓の前で足を止める。
「ここよ」
ニナが抱えていた花を受け取り、墓石の前にそっと置いた。すぐ近くを一体のスケルトンが歩いている。セシアは一瞬そちらに目をやったが、すぐに墓へ向き直った。
ニナのほうは遠慮なく、その骸骨を見つめている。
「ねえ」
スケルトンが立ち止まる。
「私ニ何カ用カ?」
「このお墓、ずっと守ってくれてたの?」
「アア」
「ほかのお墓も?」
「我ラハ、死者ノ眠リヲ守ル者。ドノ墓モ、同ジダ」
ニナは墓石を見つめた。
「じゃあ、お母さんが来られなかった間も?」
「……スマナイ、我ラガ目的ヲ見失ッテイタ。迷惑ヲカケタ」
セシアは黙って、スケルトンを見つめていた。
「……そう」
それ以上は何も言わず、彼女は墓石の前にしゃがみ込む。
ニナはしばらく母の隣にいたが、やがて少し離れた墓の前に、何かを見つけた。
「あ、お花落ちてる」
枯れた花が、墓石の脇に転がっている。ニナが拾おうとしたとき、近くのスケルトンのほうが先に腰を屈めた。骨の指で花を拾い上げ、墓石の前に置き直す。
「ありがとう」
「構ワヌ」
「そっちにも葉っぱ落ちてるよ」
スケルトンが、言われたほうを見た。
「……アア、任セヨ」
今度は枯れ葉を拾いはじめる。少し離れたところで見ていた男が、思わず吹き出した。
「おい、ニナ。墓守を使うなよ」
「だって、気づいてなかったんだもん」
「我ラノ仕事デアル。気ニスルナ」
スケルトンが、至って真面目に答える。
「ほら」
「ほら、じゃない」
セシアが苦笑しながら、ニナを呼び戻した。
そのころには、入口で立ち止まっていた村人たちも、それぞれの墓へと向かっている。花を供える者。墓石の汚れを拭う者。しばらく何も言わず、ただ立っている者もいた。以前のように、急いで用事を済ませて帰ろうとする者は、もういない。
墓地の端では、ドーガンが壊れた石囲いの前で腕を組んでいる。
「こいつは、一回動かさないと駄目だな」
足もとには、大きな石が横たわっていた。ひとりで持ち上げるには重い。
「誰か呼んでくるか……」
ドーガンが振り返ったところで、隣にスケルトンが立った。
「ソレヲ、動カスノカ?」
「ん?」
ドーガンは、骸骨と石を交互に見る。
「まあ、そうだが」
スケルトンは、石の反対側へ回り込んだ。
「持ツゾ」
「……持てるのか?」
「大丈夫ダ」
ふたりでしゃがみ込み、石に手をかける。
「じゃあ、せーので上げるぞ」
「セーノ?」
「合図だよ。せーの!」
石が持ち上がる。スケルトンの細い腕からは想像もつかないほど、その支えは安定していた。
「おお、いけるな。もうちょいこっちだ」
「コチラカ?」
「そうそう。そのまま」
石が、新しい位置に据えられる。ドーガンは腰を伸ばして、出来栄えを確かめた。
「助かった」
「彼ラガ眠ル場所ヲ直シタノデアロウ。ナラバ我ラノ仕事デモアル」
「……そうか」
ドーガンは少し考えてから、別の石を指さす。
「じゃあ、あっちも頼めるか」
「構ワヌ」
いつの間にか、そのやり取りは周囲の村人たちにも見られていた。
「ずいぶん息が合ってるじゃない」
「うるせえな」
墓地に、笑い声が広がった。
それからしばらくして、イリアも丘を上ってきた。墓地に入ると、最初に目に入ったのは、ニナとスケルトンの姿だった。
「こっちも葉っぱあるよ」
「今行ク」
「そこ終わったら、こっちね」
「承知シタ」
イリアは足を止める。
「随分と馴染んだな」
声に気づいて、ニナが振り返った。
「あ、イリア様」
「何をしておる」
「お墓のお掃除のお手伝い! 私は、教えてるだけだけど」
イリアは、スケルトンに目をやった。
「……そうか」
「我ガ王ヨ。問題ハゴザイマセン」
「……まあ、そのようだな」
小さく笑みがこぼれる。
墓地の奥では、ドーガンが別のスケルトンと石を運んでいた。セシアたちは墓の前で、静かに言葉を交わしている。昨日までとは、ずいぶん空気が違っていた。イリアは何も口を挟まず、そのまま墓地の中を歩いた。
日が落ちるころには、村人たちも少しずつ帰っていく。スケルトンたちは再び墓石のあいだへ戻り、いつもの務めを続けていた。
*
その夜、村の灯りが消えはじめても、イリアは宿の外にいた。
井戸のそばを通り、昼間よりずっと静かになった道を歩く。風は弱く、空には雲ひとつない。森のほうへ目を向けた、そのときだった。
「――――」
遠くから、声が聞こえた。
女の泣き声。長く、細く、森の奥から糸を引くように響いてくる。
イリアは足を止めた。すると近くの家の扉が開き、男がひとり顔を出す。
「今の……」
男は森を見やり、続いて別の家からも、人が出てきた。
もう一度、泣き声が響く。先ほどよりも、はっきりと聞こえた。
「まずいな……」
聞き覚えのある声に振り返ると、カイルが家から出てきたところだった。
「何がまずいのだ」
「イリアさん、聞こえましたよね?」
「ああ。女が泣いておるな」
カイルは森から目を離さずに答える。
「バンシーです」
「……ああ、バンシーか」
「知ってるんですか?」
イリアはしばらく、森の奥へ耳を澄ませた。
「随分と久しぶりに聞いたな」
カイルの顔からは、血の気が引いている。
「バンシーが泣くと、人が死ぬって言われてるんです」
イリアが、カイルを見た。
「……泣いたから、死ぬ?」
「そうです。あの声が聞こえた家から、死人が出るって……」
イリアは森へ向き直り、しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「それは妙だな」
「……妙って?」
また、泣き声が聞こえる。今度は先ほどよりも、近づいていた。
イリアは、声のするほうへ歩きだす。
「どこへ行くんです?」
「少し見てくる」
「え、自分からバンシーに近づくってことですか?」
「ああ」
カイルが慌てて後を追う。
「いや、待ってくださいって!」
森の奥から、バンシーの声がもう一度、夜気を震わせて響いた。




