5. 墓守
村へ戻ると、オズワルドが入口の近くで待っていた。
二人の姿を認めるなり歩み寄り、まずカイルの全身をざっと確かめる。
「無事だったか」
「まあ……無事です」
「なんだ、歯切れが悪いな」
カイルは頭を掻きながら、隣のイリアを見た。
「どこから話したらいいのか、分からなくて」
「……まさか、アンデッドに襲われたのか?」
「いや、それが……」
カイルが言葉に詰まったところへ、イリアが横から口を挟む。
「もう墓地へ行っても問題ない」
「……問題ない、とは」
「正気に戻ったようだ。今後は、弔いに来た者を襲うこともなかろう」
オズワルドの眉が寄った。
「正気に、とは?」
カイルが、観念したように続ける。
「あいつら、喋ったんですよ」
「喋った?」
「ええ、普通に会話してました。それに……」
また言葉が途切れる。
「イリアさんを見た途端、全員が跪いたんです。それで、イリアさんのことを『王』と呼んでました」
オズワルドは黙り込んだ。
「……カイル」
「いや、本当なんですって」
「頭は打っていないな?」
「……だから言いたくなかったんですよ」
カイルが大きく息を吐く。オズワルドはしばし考え込んでいたが、やがてイリアに向き直った。
「イリア様。そのアンデッドたちは、本当にもう、村の者を襲わないのでしょうか」
「ああ。あれらは元来、墓を守る者たちだ。長い年月のうちに役目だけが残り、誰を追い払うべきなのかが分からなくなっていたようだがな」
「墓を守る……」
「死者を荒らす者から、だ。弔いに来た者まで追い払っていては、元も子もないが」
オズワルドは墓地のある丘へ目を向ける。空はすでに、茜から群青へと移ろいはじめていた。
「私も一度、この目で確かめてみたいのですが」
「ちょっと待ってください、村長。今からですか?」
カイルが露骨に嫌な顔をした。
「襲ってこないのなら、昼でも夜でも変わらぬはずだ」
イリアの言葉に、カイルはますます顔をしかめる。オズワルドは墓地へ向かう支度をするため、いったん自宅へ戻っていった。
しばらくして、彼はエマを連れて戻ってきた。
「待ってください。なんでエマさんまで」
「本当に襲わなくなったのなら、自分の目で確かめておきたいの。今まで怪我人が出るたびに、私が診てきたんだから」
「その……怖くないんですか?」
「何言ってるの。怖いに決まってるでしょう」
エマは平然と答える。
「だからこそ、本当かどうか確かめに行くんじゃない」
返す言葉を失ったカイルは、そのまま前を向いて歩き出した。
坂を上るにつれ、墓地を囲う石柵が見えてくる。薄暮の中に墓石が影を並べ、そのあいだを白いスケルトンがゆっくりと行き来していた。
オズワルドとエマの足が止まる。
「……特に、襲ってはこないようだな」
そう言うカイルにしても、警戒を完全に解いたわけではない。腰の短剣へ、何度か視線を落としている。
イリアは何も言わず入口へ向かった。すると一体のスケルトンがこちらに気づき、歩み寄ってくる。オズワルドの身体に力が入った。
だがスケルトンは入口の手前で足を止め、イリアに向かって頭を垂れた。顔を上げ、今度は三人のほうを向く。
「其方ノ方々ハ、死者ヲ弔イニ来ラレタノカ?」
少し間を置いてから、オズワルドが答えた。
「……ああ。そうだ」
「左様カ。ナラバ、通ラレヨ」
スケルトンが道を空ける。それでも、誰もすぐには動けなかった。
その様子を横目に、イリアが先に墓地へ入る。カイルが続き、オズワルドとエマも顔を見合わせてから、おずおずと足を踏み入れた。
スケルトンは、何もしない。剣を抜くこともなく、墓石のあいだへ静かに戻っていく。
「本当に襲ってこない……」
エマが小さく呟いた。
「言ったであろう」
「そうは言っても、ついさっきまで襲ってきた相手ですよ」
カイルも無言でうなずく。
そのまま少し進んだところで、オズワルドがひとつの墓の前に足を止めた。墓石の根元に膝をつき、持ってきた小さな花束をそっと置く。
その傍らを、スケルトンが一体、通り過ぎていった。オズワルドは横目でその姿を追うが、スケルトンは何をするでもなく、別の墓の前へ向かう。わずかに傾いた墓石に両手を添え、土を押し固めながら、少しずつ傾きを直していった。
「さっきも、ああして墓地を片付けてました」
カイルが声を落として、オズワルドに耳打ちする。
エマが、スケルトンから目を離さないまま呟いた。
「ずっと、墓地を管理してくれていたの?」
「そうだ」
イリアが答える。
「死者は、自分では墓を守れぬからな」
「それなら……どうして、今まで」
「本人たちにも分からぬそうだ。時が経つにつれ、考えることが難しくなっていったと言っていた」
エマはしばらく黙ってスケルトンを見つめていた。墓石を直し終えたスケルトンは土を払い、今度は近くに落ちた枝を拾い上げて、脇へ除けていく。
「……怪物だと思ってた」
「人を襲っていたのだ。そう思って当然だろう」
イリアは責めるでもなく、ただ事実を告げる。
そのとき、墓地の奥から別のスケルトンが歩いてきた。手には、折れた木の板を持っている。スケルトンはオズワルドの前まで来ると、それを差し出した。
「……これは?」
恐る恐る受け取ったオズワルドの手の中で、板は古い墓標の一部だと知れた。腐食が進み、下半分が折れている。
「折れてしまったのか……」
「我々デハ直スコトガ出来ナカッタ。スマヌ」
「いや、これは村で新しいものを作るから大丈夫だ。わざわざ知らせに来てくれたのか」
「アア」
オズワルドは、手の中の板とスケルトンとを交互に見た。
「……そうか。ありがとう」
スケルトンは静かに向きを変え、墓石のあいだへ戻っていく。その背中をカイルが目で追った。
「なんか……調子、狂うな」
そう零したエマの口元に、小さな笑みが浮かぶ。
「ついさっきまで、剣を持って追いかけてきてた相手だものね」
「笑い事じゃないですよ。俺、一回ここで死にかけたんですから」
「逃げ切れたなら、よかったじゃない」
「そういう話じゃないんだけどな……」
二人が言葉を交わす横で、オズワルドは黙って墓標を見つめていた。やがてその目が、イリアへ向けられる。
「イリア様。村の者にも、墓地へ来てよいと伝えます」
「ああ、それがいいだろう」
「最初は、怖がる者も多いでしょうが」
「つい先ほどまで襲ってきていたのだ、それが当たり前だ。少しずつ慣れていけばよい」
オズワルドはうなずき、ゆっくりと出口へ向かった。
墓地を出る間際、カイルが入口に立つスケルトンを見る。
「じゃあ……また来てもいいってことだよな?」
「アア。ソノ方ガ眠ッテイル者タチモ喜ブダロウ」
「……そりゃそうか」
少し考えてから、カイルは苦笑した。
一行は坂を下りはじめる。先ほどとは違い、カイルが後ろを振り返ることはもうなかった。
村へ戻ると、入口の近くには、すでに何人かが集まっていた。オズワルドたちが墓地へ向かったと聞いて、待っていたのだろう。
「村長、どうだった?」
「襲われなかったのか?」
口々に問われ、オズワルドは一人ひとりに答えるように言った。
「大丈夫だ。もう墓参りに行っても問題ない」
「本当か?」
「ああ。ただ、慣れるまでは少し心臓に悪いかもしれんがな」
彼は墓地のある丘を振り返る。
「あそこにいる者たちは、墓を守っているそうだ」
人々が黙り込んだ。すぐには飲み込めないのか、互いの顔を見合わせている。
「スケルトンが?」
「イリア様は、彼らを『夜の民』と呼んでおられる」
その言葉に、今度は視線がイリアへ集まった。
イリアは何も言わず、暮れなずむ丘のほうへ目を向けた。




