4. 夜の民
墓地に響いた声に、イリアは目の前の骸骨を見つめた。
「やはり、お前たちだったか」
「王……」
骸骨は確かめるようにイリアを見上げる。
「王ヨ……オ戻リニ、ナラレタノデスカ」
「ああ。つい先ほど目を覚ましたところだ」
「左様……デ、ゴザイマスカ」
言葉はまだ途切れがちだが、先ほどまでとは明らかに違う。周囲の骸骨たちも顔を上げた。錆びた剣を握る者、片腕を失っている者、衣服の名残すらほとんど留めていない者。イリアはその一体一体を眺めてから、口を開く。
「随分と妙なことになっておるな。私が誰か分かるか」
「ハイ」
「ここが何処かは」
「死者ノ……眠ル地。墓地ニ、ゴザイマス」
「ならば、ここでお前たちは何をしていた」
骸骨の顔がイリアから離れ、墓石のほうへ向いた。
「死者ノ眠リヲ……守ル」
「そうだ。それがお前たちの役目だったはずだ」
骸骨はしばらく墓石を見つめていた。
「我ラハ……守ッテ、オリマシタ」
「墓参りに来た者まで、剣で追い払っていたそうだが」
「…………」
返事はない。背後でカイルが、何とも言えない顔をしている。
「心当たりがあるようだな」
「……イツカラカ……考エルコトガ、難シクナリマシタ」
錆びた剣を握る手が、ゆっくりと下がった。
「……守ラネバ、ナラヌ。死者ノ眠リヲ守ラネバ。ソレダケガ……頭ニ残ッテ、オリマシタ」
イリアの口元から、わずかにあった笑みが消える。
「ほかには」
「思イ出セマセン」
別の骸骨が、続けて口を開いた。
「死者ヲ、守ル。近ヅク者ヲ、退ケル。我ラハ……ソレヲ、繰リ返シテオリマシタ」
「何故、そうなってしまったのだ」
「……分カリマセン」
イリアは黙って骸骨たちを見渡した。役目だけを抱えたまま、何のためにそれを果たすのかを、いつしか手放してしまっていたのだろう。
「ほかの夜の民も同じなのか」
「分カリマセン。我ラハ、コノ地ヲ離レテ、オリマセン」
「そうであったな」
イリアは墓地の奥へ目を向けた。古い墓石が、夕暮れの中に影を連ねている。
「私がいなくなって、すぐにこうなったのか」
最初の骸骨が、首を振る。
「スグデハ、アリマセン」
「覚えているか」
「初メハ……何モ、変ワリマセンデシタ。ソレカラ少シズツ、夜ガ……遠ク」
「夜が、遠く?」
「声ガ、届カヌ。死者ノ声モ、薄クナル。我ラモ……考エルコトガ、出来ナクナッテ」
イリアは、自分の手を見下ろした。
「私が眠りについて、どれほど経った」
「……王ヨ」
「なんだ」
「我ラガ、最後ニ王ノ御姿ヲ見テヨリ……千年ホドニ、ナリマス」
イリアの動きが止まった。後ろで、カイルが息を呑む気配がする。
「千年?」
「ハイ」
「……千年か」
空を仰ぐ。日は傾き、森の向こうへ沈みはじめていた。
「思った以上に寝ていたな」
カイルは何か言おうと口を開いたまま、固まっている。イリアは再び骸骨たちへ向き直った。
「それで、今はどうだ」
最初の骸骨が、自分の両手をじっと見つめる。
「……考エルコトガ、出来マス」
「墓へ来る者を片端から追い払う必要は」
「アリマセン」
「ならば、よい」
イリアは近くの墓石に目を落とした。根元に、枯れた花が置かれている。ずいぶん前に、誰かが供えたものだろう。
「死者を荒らす者から守るのが、お前たちの役目だ。家族が会いに来ることまで邪魔するな」
「承知、イタシマシタ」
「埋葬に来た者もだぞ」
背後の骸骨たちも、そろって頭を下げた。その様子を見ていたカイルが、おそるおそる声を出す。
「あの……」
骸骨たちの頭が、一斉にカイルへ向いた。
「うわっ」
カイルが半歩退く。
「何を驚いておる」
「いや、急に全員こっちを見たら驚きますって」
骸骨たちから少し距離を取ったまま、カイルは尋ねた。
「もう、村の人間が来ても襲わないんですよね?」
「死者ヲ弔ウ者ニ、剣ヲ向ケル理由ハ、アリマセン」
最初の骸骨が答える。
「……普通に喋ってる」
「先ほどから喋っておるだろう」
カイルが頭を押さえた。
日がさらに沈み、墓地へ伸びる影が長くなってゆく。骸骨たちは立ち上がり、それぞれの墓石のあいだへ戻っていった。一体は傾いた墓石の前で足を止め、両手を添えて、ゆっくりと起こしはじめる。別の一体は、地面に落ちていた枯れ枝を拾い、墓の脇へ除けていた。
イリアは、その姿をしばらく眺める。
「これなら問題なさそうだな」
「問題ない……んですかね」
「自分の役目を思い出したのだ。もうお前たちを襲うこともなかろう」
「信じていいんですよね?」
「本人たちに聞けばよい」
「それは、まだちょっと怖いんですけど……」
正直な言葉に、イリアは小さく笑った。
やがて二人は墓地を出る。坂を下りはじめても、カイルは幾度となく後ろを振り返っていたが、骸骨たちが追ってくることはなかった。しばらくは、どちらも口をきかなかった。
村の家々が見えはじめたころ、カイルがようやく口を開いた。
「イリアさん」
「なんだ」
「ひとつ、聞いてもいいですか」
「構わぬぞ」
カイルは少し迷ってから、イリアを見る。
「イリアさんって……何者なんですか?」
歩きながら、イリアは考える。
「何者と問われても、答えに困るな」
「あいつら、イリアさんのことを王って呼んでましたよね。しかも、千年前から知ってるって」
「そうだな。あれらとは昔からの知り合いだ」
「知り合い……」
カイルは墓地のほうを振り返った。
「アンデッドと?」
「夜の民だ」
「……夜の民」
「ああ。昔から、そう呼んでいる」
カイルは黙り込んだ。
やがて村の入口が近づくと、こちらを待っていたらしいオズワルドの姿が見えてくる。カイルは深く息を吐いた。
「これ、どう説明したらいいんだ……」
「見たままを話せばよかろう」
「そんなことしたって、絶対信じてもらえないですよ……」
頭を抱えたまま、カイルは村の中へ入っていった。




