37. 共同作業
リエルとフィルローデンのあいだに道を通すことが決まってから、数日。
どこを通すかについては、すでにエルフとネル氏族の者たちが森を見て回り、おおよその道筋を決めていた。できるだけ大きな木を切らず、急な斜面や雨のあとに水が溜まりやすい場所を避ける。もともと人や獣が通っていた場所も利用しながら、荷物を持って歩いても困らない程度まで道を広げることになった。
そして今、その作業はすでに森の奥まで進んでいる。
木々のあいだから、斧が幹ではなく張り出した枝に当たる音が響く。道を塞ぐ低木を取り除き、地面から大きく突き出した石を掘り出す。切った枝や運び出した石は、リエルから参加している何体かのスケルトンが、黙々と脇へ運んでいた。
「……ずいぶん進んだな」
イリアは、後ろを振り返った。
森の中に一本、今までにはなかった空間が伸びている。まだ人が何度も歩いた街道のように、地面が固まっているわけではない。それでも、出発したころのように枝をかき分けながら進む必要は、なくなっていた。
「この調子なら、思っていたより早く終わりそうですね」
近くにいたリーゼロッテが、額に浮かんだ汗を布で拭う。
「人が多いからな」
そう答えたのは、アーシャだった。彼女は切った細い枝を何本かまとめ、一本の蔓で手早く縛っていく。その手もとを見ていたリーゼロッテが、ふいにしゃがみ込んだ。
「その蔓、切らずに使うのですね」
「ええ。柔らかいうちなら結構丈夫なのよ。乾いたら固くなるし」
「私たちは、こういうときは別の草を撚って使うことが多いです」
「へえ。そっちはどんな草?」
リーゼロッテが、少し離れたところを指さす。
「あそこにもありますよ」
「どれ?」
二人はそのまま道から外れ、同じ草の前にしゃがみ込んだ。作業の話をしていたはずが、いつの間にか、葉を揉んだり、茎を引っ張ったりしながら比べはじめている。
少し離れたところでは、トアドとエルフの男が、掘り出したばかりの大きな石を前にしていた。二人とも動かすつもりらしいが、すぐに手をかけようとはしない。しばらく石の周囲を眺めたあと、トアドが足先で片側の土を崩した。
「下にもうひとつ噛んでるな」
「やはり、そう見えますか」
「ああ。無理に引っ張ると、そっちの根まで持っていくぞ」
「では、先に下を抜きましょう」
二人はそれだけ話すと、別々の方向から土を掘りはじめた。その様子を見ていたカイルが、イリアの隣で小さく笑う。
「……最初はどうなるかと思いましたが、エルフとダークエルフがうまく馴染めたみたいで、よかったですね」
イリアも周囲を見回した。言われてみれば、誰がどちらの村の者なのか、少し離れてしまえば分からないくらいには混ざっている。片方だけで固まって作業している者は、ほとんどいない。
「似たような暮らしをしておるからではないか?」
「それもありそうですね」
「やはり、人間だの魔族だの、最初から分ける必要はないのではないか?」
「世の中は、そんなに簡単じゃないんですよ」
「面倒なものだな」
「……俺も、そう思います」
カイルは苦笑し、そのまま作業へ戻っていった。イリアも再び森へ目を向ける。作業場所から少し離れた木々のあいだで、黒い影がゆっくりと動いていた。デュラハンだ。今日は二体が、この一帯を巡っている。以前、フィルローデンの周辺では獣の群れが押し寄せてきたばかりだ。大勢が作業に集中しているあいだ、その周囲を見ておく者がいたほうがよい。
少し前にも、木々の奥から低い唸り声が聞こえた。だが、そちらへ向かったデュラハンが戻ってくるころには、もう何も聞こえなくなっていた。おそらく、追い払ったのだろう。そのおかげで、作業している者たちは森の奥を気にすることなく、手を動かせていた。
*
それから数日が過ぎた。
作業を始めたころには所々で途切れていた道も、今ではリエルからフィルローデンまで一本につながっている。人が並んで歩くことはできるし、籠を背負っても、枝に引っかけることはほとんどない。小さな荷車であれば、場所によってはそのまま通せそうだった。
最後まで残っていた倒木を脇へ動かすと、向こう側から見覚えのある家々が見えてくる。
「着いたな」
オルフェが辺りを見回した。リエルから一緒に来たネル氏族の者たちにとっては、初めて見るフィルローデンだった。
「ここがフィルローデンか」
アーシャも興味深そうに、集落を眺める。
「思っていたより、リエルから近かったのね」
リーゼロッテが笑った。以前は森を縫うように進み、倒木を避け、藪を回り込まなければならなかった。今はほとんど迷わず、歩いて来られる。
フィルローデンの住民たちも、道の向こうから現れた一行に気づき、少しずつ集まってきていた。その中には、初めてダークエルフを見る者もいるらしい。驚いたように目を向ける者はいたが、エーヴァルトがオルフェたちと並んで歩いているのを見ると、大きく騒ぐことはなかった。
「ようこそ、フィルローデンへ。せっかくここまで来たのですから、今日は客として、ゆっくりしていってください」
「なら、遠慮なくそうさせてもらおう」
少し後ろにいたアーシャが、リーゼロッテを見る。
「前に言ってた薬草、見せてもらってもいい?」
「もちろんです。少し離れたところに群生している場所がありますよ」
「じゃあ、あとで行きましょう」
二人はもう、その後の予定まで決めていた。イリアはその様子を眺めながら、道のほうへ振り返る。木々のあいだを抜けて、一本の細い道が、リエルの方角へ続いていた。
「イリア殿」
呼ばれて振り向くと、エーヴァルトが立っていた。
「あらためて、ありがとうございました」
エーヴァルトは道を見る。
「これで、リエルへ行くのも随分楽になります」
イリアも満足そうにうなずいた。その向こうでは、エルフとダークエルフたちが、すでに次に何を見に行くかで話をしている。
森の中にできた道は、思っていたより早く、役目を果たしはじめていた。




