↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の王は夢を見る ~目が覚めたらアンデッドが怪物扱いされていました~  作者: うみのもずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/37

31. 千年後の街道



 ノクティアを離れたイリアは、森の中を北東へ向かって歩いていた。


 かつて街道が通っていたあたりには、今や木々が生い茂り、道らしいものはほとんど残っていない。ときおり、草に埋もれた石畳や古い道標を見つけることもあったが、それも長くは続かなかった。それでも、まったく見覚えのない土地というわけではない。


 しばらく歩いたところで、イリアは苔に覆われた石造りの建物の跡を見つけた。屋根はとうに崩れ落ち、壁も半分ほどしか残っていない。建物の中にまで木が生え、かつて入口だった場所も、根に塞がれていた。


「……ここは、旅人の休憩所だったか」


 昔は、街道を行き交う商人や旅人が立ち寄っていた場所だ。イリア自身も、何度か訪れた覚えがある。建物の奥には馬を繋ぐ設備があったはずだが、今では草木に覆われて見当たらない。イリアは崩れた壁に軽く触れてから、その場を離れた。千年も経てば、建物ひとつ残っていないことも、珍しくはないのだろう。


 それからも、森の中を進み続けた。小川に行き当たれば浅いところを探して渡り、倒木が道を塞いでいれば、影を使って越える。人の通った跡が見つかればしばらく辿ってみたが、ほとんどは獣道で、やがて森の奥へ消えてしまった。


 日が暮れると、木々のあいだから差し込んでいた光が失われ、辺りは静かな闇に包まれていく。普通の旅人であれば、そろそろ野営の場所を探すころだろう。しかしイリアには、休息も睡眠も要らない。暗くなった森でも視界に困ることはなく、そのまま歩き続けることができた。


 ときおり、近くの茂みから獣の気配がする。枝に留まっていた鳥が羽音を立てて飛び去り、遠くからは、狼の遠吠えも聞こえてきた。それらを聞きながら、イリアは夜の森を進んでいく。


 少し開けた場所に出たところで、セシアから受け取った鞄を開いた。中には、パンと干し肉、それに小さな焼き菓子が入っている。


「せっかくだから、ひとついただくか」


 焼き菓子を取り出して口に運ぶと、ほどよい甘さが広がった。リエルでは何度か食べたことがあるが、こうして森の中で食べると、また少し違った気分になる。イリアは近くの倒木に腰を下ろし、残りの菓子もゆっくりと味わった。食べ終えると鞄を肩に掛け直し、再び歩きはじめる。


 夜空には、星が広がっていた。千年前と変わらない星の並びを確かめながら、イリアは北東へ進んでいった。


   *


 ノクティアを出てから三日目。イリアはようやく、人が使っていると思われる道を見つけた。


 それまで歩いていた獣道とは違い、土が踏み固められ、荷車の轍も残っている。道の両側には草を刈った跡があり、ところどころに、水を逃がすための溝まで掘られていた。


「ようやく見つかったか」


 イリアは道の真ん中に立ち、左右を見渡した。千年前の記憶にはない道だったが、これだけ整えられているのなら、どこかの町か村へ繋がっているはずだ。どちらへ向かうべきか考えていると、遠くから車輪の音が聞こえてきた。


 しばらく待つと、二頭の馬に引かれた荷馬車が姿を現す。荷台には木箱や袋が積まれ、手綱を握っているのは、日に焼けた中年の男だった。イリアが道の端へ寄ると、男は軽く手を上げて挨拶してきた。


「こんにちは、お嬢さん。こんなところで、ひとりかい?」

「ああ。少し道を尋ねたいのだが、構わぬか?」

「道? どこへ行きたいんだ」

「グランツ帝国へ向かいたい。この道を進めばよいのか」


 男は少し意外そうな顔をしたが、すぐに前方を指さした。


「ああ、それなら合ってるよ。この先で道が二つに分かれるから、北へ向かうほうを進めばいい。しばらく行けば、帝国の関所があるはずだ」

「そうか。助かったぞ」

「ただ、関所まではまだ距離があるからな。途中に宿もあるし、無理に歩き続けることはないぞ」


 男はそこで、イリアが出てきた森のほうへ目を向けた。


「それにしても、あんたはどっちから来たんだ? そっちの森から出てきたように見えたけど」

「ああ。森を抜けてきたところだ。古い道を辿っておったのだが、途中で分からなくなってしまってな」

「古い道……?」


 男は少し考え込んでから、森の奥を見つめる。


「この辺りの森は、あまり入らないほうがいいぞ。もっと西へ行けば、アンデッドが大量にいる危険な土地があるって話だからな」

「そうなのか?」

「ああ。俺も近づいたことはないけど、昔からあの辺りは危ないって聞かされてきた。商人たちも、わざわざ遠回りして通るくらいだ」


 イリアは、男が指さした森のほうへ目を向けた。ノクティアの周辺に人の通る道が見つからなかったのも、そうした事情があるのだろう。


「教えてくれて感謝する。次からは気をつけよう」

「そうしてくれ。若い娘がひとりで歩くには、危ない場所も多いからな」


 男は手綱を握り直す。


「じゃあ、俺は行くよ。お嬢さんも気をつけてな」

「ああ。其方も達者でな」


 荷馬車がゆっくりと動き出す。イリアはその後ろ姿を見送り、教えられた方角へ歩きはじめた。しばらくすると道は少しずつ広くなり、遠くには、畑らしきものも見えてくる。ノクティアの周囲とは違い、人々が暮らす土地へ近づいているらしい。


   *


 街道へ出てからは、道に迷うこともほとんどなくなった。途中、何台かの荷馬車とすれ違い、旅人の姿も見かけるようになる。荷物を背負って歩く者もいれば、馬に乗って先を急ぐ者もいた。


 イリアはそうした人々を眺めながら、街道を進んでいく。千年前にも馬車や荷車はあったが、今のものは車輪の造りも荷台の形も、随分と違う。大きな荷馬車ともなると、かなりの量の荷を積んでいるにもかかわらず、車輪が滑らかに回っていた。道そのものも、以前よりよく整えられているように見える。途中で見かけた小さな橋は、丈夫な石材を組み合わせて造られ、重い荷馬車が通ってもびくともしなかった。


「こういうところは、随分と進歩したものだな」


 橋を渡りながら、足もとの石組みを眺める。千年もあれば、国が変わるだけでなく、人々の暮らしも変わっていく。その違いを見て回るのも、思っていたより楽しいものだった。


 やがて日が暮れ、街道を行き交う人の姿が減っていく。道沿いには旅人向けの宿もあったが、イリアはそのまま先へ進むことにした。宿に泊まる必要もなければ、夜道を恐れる理由もない。昼間は荷馬車の行き交っていた街道も、夜になると随分と静かだった。ときおり、遠くの農家から犬の鳴き声が聞こえてくる。月明かりの下を歩き続け、夜が明けるころには、さらに北へと進んでいた。


 途中、小さな集落の近くを通りかかったときには、ちょうど朝の仕事を始めた人々の姿が見えた。畑へ向かう農夫や、家畜を連れて歩く子供たち。何気ない暮らしの光景を眺めながら、イリアは村はずれを通り過ぎる。リエルでも毎日のように見ている光景だったが、知らない土地で見ると、また少し違った印象を受けた。


 やがて街道の先に、周囲よりも高い石造りの塔が見えてくる。その近くには頑丈な柵が設けられ、街道を挟むように建物が並んでいた。どうやら、あれが教えられた関所らしい。


 近づいていくと、街道沿いに荷馬車が何台も並んでいるのが見えてきた。兵士たちが荷物を確かめ、御者と何やら話している。装備も揃っており、鎧の胸元には、見慣れない紋章が刻まれていた。アルセリア王国の兵士たちとは、また違った雰囲気だ。


 イリアは少し離れた場所で足を止め、その様子を眺めた。旅人たちは兵士に声をかけられると、順番に関所を通っていく。特に揉めている様子もなく、荷物の確認が終われば、そのまま先へ進めるようだった。


「ふむ。普通に通れるようだな」


 そう呟き、イリアも旅人たちの列へ向かった。前には、大きな荷物を背負った男が二人並んでいる。イリアが後ろにつくと、そのうちのひとりが振り返った。


「お嬢さんも帝国へ?」

「ああ。少し人を探しておってな」

「そうか。初めてなら、兵士に聞かれたことにはちゃんと答えたほうがいいぞ。ここは荷物の確認が少し厳しいからな」

「そうなのか。教えてくれて感謝する」

「なに、別に難しいことじゃないさ。商売で何度も通ってるけど、変なものさえ持ってなければ、すぐ終わるよ」


 男は笑って、前へ向き直った。イリアも列の先へ目を向ける。兵士たちは荷馬車を調べながら、旅人の出入りを確かめていた。


 しばらく待っていると、前に並んでいた二人の番が来る。兵士が荷物を確かめ、何かを尋ね、男たちは慣れた様子で答えていた。やがて二人が通され、イリアの前が空く。


「次の方、こちらへ」


 兵士に呼ばれ、イリアは鞄を肩に掛け直した。


 グランツ帝国へ入るのは、これが初めてだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。