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夜の王は夢を見る ~目が覚めたらアンデッドが怪物扱いされていました~  作者: うみのもずく


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30. 旅の準備



 翌朝、イリアは村の共有建物で、シアネリスやルグナードたちと今後について話していた。


 イルネアのいるアウグスフェルトは、現在のグランツ帝国にある。リエルから直接向かうにはあまりに遠いが、ノクティアを経由すれば、移動する距離を随分と短くできるはずだった。


「まずはノクティアへ渡ろうと思う。あそこから北東へ向かえば、グランツ帝国にも近いであろう」

「それなら、私もお供いたしましょうか」


 シアネリスの申し出に、イリアは首を振る。


「今回は、ひとりで行こうと思っておる。今の人間たちは、夜の民を随分と恐れているようだからな。其方らと一緒では、帝国へ入るだけでも騒ぎになりかねぬ」

「それはそうですね……。では、私たちはこちらでお待ちしています」

「ああ。イルネアと会えれば、帰りは影渡りで連れてこられるだろう。それほど長く留守にするつもりもない」


 ルグナードも同行を申し出ようとしていたようだが、二人のやり取りを聞いて、納得したらしい。


「イリア様が不在の間は、私が周辺の警備を引き受けましょう」

「頼んだぞ。最近は、随分と人が増えたからな」


 そこへ、村人の治療を終えたエマが顔を出した。


「イリア様、グランツ帝国へはいつ出発されるんですか?」

「準備が済めば、今日にでも出ようと思っておる。向こうで道を尋ねながら進むつもりだから、少し時間はかかるであろうがな」

「そうなんですね。……ところで、その格好のまま行かれるんですか?」


 エマの視線は、イリアの着ている黒いドレスに向けられていた。


「いつもの服だが、何か問題でもあるのか」

「問題というほどではありませんが、街中ではかなり目立つと思います。特にグランツ帝国は、初めて行かれるんですよね?」

「ああ。今のグランツとやらが、どのような国なのかも知らぬ」

「でしたら、もう少し普通の旅人らしい服に着替えたほうがいいかもしれません。イリア様のドレスは綺麗ですけど、あまり見かけない形ですから」


 イリアは、自分の袖を眺めた。黒い布地には細かな装飾が施され、裾も長い。千年前から慣れ親しんだ装いで、特に不便を感じたことはなかった。


「そうか。随分と、服装も変わったのだな」

「ええ。もちろん、貴族の方なら似たような服を着ることもありますけど、旅をする方は、もっと簡素な格好をしていますよ」


 それを聞いていたシアネリスが、少し残念そうに口を開く。


「私は、今のお姿がとてもお似合いだと思いますけれど……」

「私も、嫌いではないぞ。ただ、其方らを連れていかぬ理由が目立たぬためなのだから、服装にも気を配ったほうがよいのだろうな」


 イリアがそう言うと、エマはうなずいた。


「それなら、セシアさんに相談してみましょうか。何か貸していただけるかもしれません」

「そうだな。頼んでみるか」


   *


 イリアとエマがセシアのところへ向かうと、彼女はちょうど建物の前で洗濯物を干していた。


「旅に出るから、服を貸してほしい?」


 事情を聞いたセシアは、イリアのドレスを眺めて、納得したようにうなずく。


「確かに、その格好じゃ街では目立つでしょうね。ちょっと待ってて。昔使ってた服が、何着か残ってるはずだから」


 セシアは二人を中へ招き入れ、奥から衣服の入った箱を運んできた。何着か取り出してイリアの身体に当て、丈や肩幅を確かめていく。


「これなら大丈夫そうね。少し大きいかもしれないけど、腰の紐を締めれば問題ないと思うわ」


 セシアが選んだのは、飾りのない淡い色のシャツと、濃い茶色のズボン、それに丈夫な生地の外套だった。


「今は、女性でもこういう服を着るのか」

「旅をするなら、珍しくないわよ。村じゃスカートのほうが多いけど、森を歩いたり馬に乗ったりするなら、こっちのほうが楽でしょう?」

「なるほどな。では、試してみよう」


 イリアは服を受け取り、空いている部屋を借りて着替えることにした。いつものドレスを影へ戻し、借りた服に袖を通す。柔らかな布地のシャツは思ったより着心地がよかったが、ズボンというものには、まだ慣れない。外套を羽織り、留め具を確かめてから、部屋を出る。


「どうだ」


 セシアとエマが、そろって振り返った。


「あら、いいじゃない。思ってたよりずっと似合ってるわ」

「本当ですね。これなら街でも、目立たずに歩けそうです」


 イリアは袖口を、軽く引っ張った。


「確かに動きやすいな。こういう服も悪くない」

「それならよかったです。靴は、今のもので大丈夫そうですね」


 エマが足もとを確かめる。いつものドレス姿とは随分印象が変わったが、銀髪と青い瞳はそのままだ。それでも、外套を羽織っていれば、旅をしている若い女に見えるだろう。


 そこへ、狩りから戻ってきたカイルが顔を出した。


「セシアさん、ちょっと頼みたいことが……」


 話しかけながらイリアの姿に気づき、少し驚いたように足を止める。


「あれ、イリアさん。今日は随分と雰囲気が違いますね」

「少し遠出をするのでな。服を借りてみたのだが、どうだ」

「似合ってますよ。最初は、誰かと思いましたけど」

「それなら、変装としても十分そうだな」


 イリアが満足そうにうなずくと、セシアが笑った。


「別に変装するわけじゃないでしょうに」

「似たようなものであろう。目立たぬために着替えたのだからな」


 カイルはイリアの外套を見てから、エマへ顔を向ける。


「そういえば、どこまで行くんですか?」

「グランツ帝国だそうです。イルネアという原初の方を探しに行かれるんですよ」

「グランツ帝国って、随分遠いじゃないですか。そんなところまで行くんですか」

「ああ。ノクティアを経由するつもりだから、ここからずっと歩いていくわけではないぞ」


 影渡りのことを思い出したのか、カイルは納得したようにうなずいた。


「それなら、少しは近くなりますね。向こうのことは俺もよく知らないですけど、気をつけて行ってきてください」

「其方も、狩りでは気をつけるのだぞ。先日のように、獣が妙な動きをしておるかもしれぬからな」

「分かってます。しばらくは、森の奥まで入らないようにしますよ」


 カイルがそう答えると、セシアは用意した服の残りを箱へ戻しはじめた。イリアも礼を言って出ようとしたが、セシアに呼び止められる。


「そうだ、少し待って。せっかくだから、食べ物も持っていって」


 棚から小さな鞄を取り出す。中には、硬めに焼いたパンと干し肉、それに焼き菓子がいくつか入っていた。


「向こうでも食べるものはあるでしょうけど、道中で何か食べたくなるかもしれないでしょ?」

「ありがたい。旅先でどのような料理が食べられるのかも、少し楽しみにしておるのだ」

「ふふ、それなら帝国の料理の感想も聞かせてね」

「ああ、土産話くらいは持ち帰ろう」

「……そういえば、イリアさん。お金は持ってるの?」

「いや、持っておらぬな」


 セシアは少し考えると、棚の奥から小さな革袋を取り出した。


「じゃあ、これも持っていって。そんなに入ってないけど、宿に泊まったり食事をしたりするくらいなら足りると思うわ」

「よいのか?」

「旅先で何があるか分からないでしょう?」


 イリアは革袋を受け取り、鞄の中へしまった。


「では、借りておこう。戻ったら返す」

「急がなくていいわよ」

 イリアは鞄を肩に掛け、二人に改めて礼を告げた。


   *


 村を出るころには、太陽が随分と高くなっていた。シアネリスとルグナードが見送りに来ており、見慣れない装いのイリアに、シアネリスが目を細める。


「まあ、イリア様。とてもお似合いです」

「セシアに借りたのだ。今の旅人は、こういう格好をするそうだぞ」

「そうなのですね。普段とは違うお姿も、素敵です」


 シアネリスは嬉しそうだったが、ルグナードは外套の下のズボンへ、少し視線を向けていた。


「どうした、ルグナード」

「いえ。千年前には、あまり見かけない装いでしたので」

「私もそう思ったが、着てみれば悪くないものだ。旅には向いておるらしい」


 イリアは外套の裾を整え、二人に向き直る。


「では、行ってくる。リエルのことは頼んだぞ」

「はい。こちらのことは、お任せください。イルネアにも、よろしくお伝えくださいね」

「無事にお会いできることを願っております」

「ああ。居場所も分かっておるのだ。そう心配することもあるまい」


 イリアは軽く手を振り、村から少し離れた木陰へ向かった。足もとに影が広がり、その中へ身体が沈んでいく。見送りの二人の姿が消え、次に視界が開けたとき、周囲の景色はすっかり変わっていた。




 ノクティア。


 目の前には古い石造りの建物が並び、その向こうに、広大な墓域が続いている。リエルの賑やかな村とは違い、こちらは相変わらず静かだった。建物のあいだを抜ける風が、崩れかけた石壁の隙間から、低い音を立てている。


 イリアは肩に掛けた鞄を直し、ノクティアの街並みを眺めた。ここから北東へ向かえば、やがてグランツ帝国の領内へ入ることになる。千年前にも、ノクティアから北東の土地へ向かったことは何度もあった。当時は途中に小さな集落が点在し、旅人たちの行き交う道もあったと覚えている。しかし今では、道の形も変わっているだろう。古い記憶だけを頼りに歩き続けるわけにもいかない。


 イリアは一度、街の北東側へ向かって歩き出した。途中、墓標の手入れをしていたスケルトンたちが彼女に気づき、作業の手を止めて頭を下げる。イリアも軽く手を上げて応じ、そのまま石畳の道を進んだ。


 やがて建物の数が減り、古い外壁の跡が見えてくる。かつて街を囲んでいた石壁は、長い年月のあいだにあちこちが崩れ、今では森の木々が、その隙間にまで根を張っていた。外壁の切れ目から外へ出ると、イリアはしばらく周囲を見渡す。


 目の前には緩やかな丘陵が続き、その先に、広い森が見えている。千年前には街道が伸びていた方角だが、今は草木に覆われ、当時の道筋はほとんど分からなくなっていた。


「……さて、まずは人の通る道を探さねばな」


 イリアは北東へ目を向け、歩き出した。


 ノクティアを離れ、知らない国へ向かう旅が始まった。

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