29. レイス
エマは少し驚いた様子を見せた。
「私が教わった話とは、随分違いますね。レイスに襲われると魂を奪われるって言われてました。実際、姿を見たあとに亡くなった人の話も、聞いたことがあります」
「死んだ者の魂を導くという役目だけが残って、生きている者との区別まで曖昧になっておったのであろう。生者の魂までも、無理に導いてしまっておったようだな」
エマは、森の奥を振り返った。
「……それで、イルネアという方は?」
「イルネアは、レイスの原初だ。あやつが戻れば、各地のレイスにも働きかけられる。いつまでも今のままにはしておけぬからな」
フィルローデン村で運ばれていた死者の姿を思い出したのか、エマはそれきり黙って、前を向いた。
*
リエルへ戻るころには、すっかり日が暮れていた。
村の入口ではシアネリスが待っており、イリアたちの姿を見つけるとすぐに歩み寄ってくる。
「お帰りなさいませ。思っていたより、遅かったですね」
「ああ。帰りに少し寄り道をしてな」
イリアは、フィルローデン村で起きたことと、その帰りにレイスたちを見つけたことを話した。
「それで、イルネアの居場所も聞けた。アウグスフェルトにおるらしい」
シアネリスの表情が変わる。
「アウグスフェルトですか。懐かしい名前ですね」
「シアも覚えておるか」
「ええ。昔から戦の絶えない土地でしたから。イルネアが長く留まっていたこともありましたね」
二人の話を聞いていたエマが、そこで首を傾げた。
「アウグスフェルトって……もしかして、あの古戦原のことですか?」
今度はイリアが、エマを見る。
「知っておるのか」
「名前だけなら。グランツ帝国に、昔から有名な古戦場があったはずです。確か、アウグスフェルトだったと思います」
「グランツ帝国?」
イリアには、聞き覚えのない国名だった。
「北東にある大きな国です。ここからだと、かなり遠いですよ」
シアネリスも、少し考え込む。
「千年前には、そのような国はありませんでしたね」
「では今は、あの辺りまでグランツとやらの領土になっておるのか」
イリアは小さく息を吐いた。
「まずは、場所をきちんと調べねばならぬな」
「それなら、また詳しい地図を探したほうがよさそうですね」
エマの言葉に、イリアもうなずく。アウグスフェルトが今どこにあり、そこまでどう向かうのか。それを確かめてからでも、出発は遅くないだろう。
イリアは、北東の空へ目を向けた。
イルネアとの再会は、少し長い旅になりそうだった。




