27. エルフ族と鬼人族
戦いが終わっても、フィルローデン村の中は慌ただしかった。
負傷者が次々と運び込まれ、空いている家や広場に、簡単な寝床が作られていく。エマもすぐに治療へ取りかかっていた。
「その人はここへ。そっちは傷を洗っておいてください」
エルフ族の者たちが、指示に従って動く。その傍らでは、リーゼロッテが、バルガスの左腕に巻かれていた布を外していた。
「……随分と無茶をしましたね」
穏やかな声のまま言われ、バルガスが黙り込む。そこへエマがやってきた。
「そこの人、傷を見せてください」
深く裂けた左腕の傷を確かめると、エマはすぐに膝をついた。
「あなたは、水をお願い」
「はい」
リーゼロッテが、傍らに用意してあった器を渡す。傷を洗い、血を拭き取ってから、エマが手を添えた。淡い光が広がり、バルガスの腕を包んでいく。少し離れたところでは、ヴァルディナも肩の手当てを受けていた。鬼人族もエルフ族も関係なく、傷の深い者から順に治療が進められていく。
*
イリアはその様子を見届けると、壊れた柵のほうへ向かった。ルグナードたちは、すでに周囲を見回っている。森の奥へ逃げた魔獣が、戻ってくる気配はない。
「先ほどは、本当にありがとうございました」
声をかけられて振り返ると、さきほどエルフ族に指示を出していた壮年の男が立っていた。
「私はエーヴァルト・フィルローデン。この村を預かっています」
「イリアだ」
「……イリア殿。皆さんが来てくださらなければ、今以上に犠牲が出ていたでしょう」
エーヴァルトが頭を下げる。そこへ、治療をひと段落させたエマがやってきた。
「……ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが」
エマは、少し離れたところにいるバルガスたちへ目を向ける。
「あの鬼人族の人たちは……?」
エーヴァルトの表情が固まった。
「……私たちの知り合いです」
「知り合い?」
それ以上答えようとしない様子に、エマも口を閉じる。近くで傷を巻かれていたバルガスが、こちらへ顔を向けた。
「エーヴァルト。もう見られちまったんだ。今さら隠しても仕方ないだろ」
「……簡単に言うでない」
エーヴァルトが低い声で返す。リーゼロッテは何も言わず、二人のやり取りを見ていた。イリアは少し首を傾げる。
「話したくないのであれば、無理に話さずともよいぞ」
その言葉に、エーヴァルトはしばらく黙っていた。やがて、エマのほうを見る。
「……あなた方は、彼らまで分け隔てなく助けてくださった。お話ししても大丈夫でしょう」
一度周囲を確かめてから、続けた。
「彼らは、ここからさらに森の奥にある、ダンの里の者たちです」
「ダンの里……」
「鬼人族が暮らしています。私たちは何年も前から、あの里と付き合いがあります」
エマが、驚いたようにバルガスを見る。
最初のきっかけは、数年前にフィルローデン村の近くで起きた山火事だったという。火の勢いが強まり、村まで迫りはじめたところへ、偶然それに気づいたダンの里の鬼人族が駆けつけた。それ以来、フィルローデン村で採れた作物や作った道具を渡し、ダンの里からは獲物や森で採れた物を受け取る。頻繁ではないが、そんな付き合いが続いているらしい。
「ですが、このことは周囲には伏せています」
エーヴァルトの声が、少し低くなる。
「鬼人族と付き合いがあると知られれば、互いに危険が及ぶかもしれない……」
エマは何も言わなかった。
「……今回も、できることなら自分たちだけで何とかするつもりでした」
「俺たちがいなけりゃ、助けを呼べたかもしれねえけどな」
バルガスが軽口を叩くと、エーヴァルトはすぐに首を振った。
「あなた方が群れを見つけて知らせてくれなければ、村はもっと酷いことになっていた。……それに、最後まで残って、共に戦ってくれたでしょう」
「目の前で困ってるやつを、ほっとけるわけないだろ」
バルガスはそれだけ言うと、また腕の手当てに視線を戻した。
エマは、辺りを見回す。エルフ族の者が鬼人族へ水を運び、鬼人族の若者が、負傷したエルフ族を背負っている。
イリアは二人の会話を聞きながら、特に口を挟まず立っていた。
「……イリア様は、やっぱり驚かないんですね」
「鬼人族とエルフ族が付き合っていることか」
「はい。……我々の中では、鬼人族は魔族ですから」
「昔はそのような括り方はしておらなんだゆえ、私にはそちらのほうが、まだ馴染まぬな」
エーヴァルトが、イリアを見る。
「昔……?」
「長い話になる。気にするでない」
エーヴァルトは不思議に思いながらも、切り出した。
「……ひとつだけ、お願いしてもよろしいでしょうか」
「何だ」
「ダンの里のことは、できれば他では話さないでいただきたいのです」
「構わぬぞ。わざわざ言いふらすことでもあるまい」
イリアが答えると、エーヴァルトはようやく、少し表情を緩めた。
*
そのとき、村の奥から数人のエルフ族が歩いてきた。布を掛けた者を運んでいる。助からなかった者たちだった。
イリアの視線がそちらへ向き、そのまま、しばらく動かなくなる。
「どうしました?」
エマが尋ねた。
「……いや」
亡くなった者たちの傍らには、まだ魂の気配が残っている。だが、それを導く者の姿がない。
そこへ、見回りを終えたルグナードが戻ってきた。
「周囲に獣の姿はありません」
「そうか」
イリアはうなずき、もう一度、死者たちを見る。
「ルグナード、レイスたちは今も、己の役目を忘れておるのだったな」
「ええ、そのように聞いております」
「……そろそろ、イルネアを探したほうがよさそうだな」
ルグナードは、静かにうなずいた。




