22. 新しい隣人
翌朝、オルフェたちはリエル村へ向かうことになった。
ネル氏族から村を見るために同行するのは、オルフェとトアド、アーシャの三人だけだ。残る者たちは、昨日と同じ場所で休んでいる。周囲ではデュラハンが巡回しており、少なくとも今すぐ追手を案じる必要はなかった。
出発前、オルフェがイリアに尋ねる。
「本当に、三人だけでよいのですか」
「あまり大勢で行っても、村の者たちを驚かせるだけであろう」
オルフェがうなずき、トアドとアーシャも荷を持つ。イリアとカイルが先を歩き、三人がその後に続いた。
森を抜けてリエルが見えてくると、アーシャが足を緩めた。
「……あそこ?」
カイルがうなずく。柵に囲まれた家々と畑があり、その向こうでは、朝から何人もの村人が働いていた。
アーシャが最初に目を留めたのは、畑の脇を歩く一体のスケルトンだった。肩に木材を担ぎ、そのまま村の中へ入っていく。
「あ……」
トアドも気づく。
「本当に、夜の民がいる……」
二人が目で追っていると、今度は墓地へ続く道から、別のスケルトンが現れた。近くを歩いていた子供は、それを見ても逃げない。スケルトンの脇を通り過ぎ、そのまま家のほうへ駆けていった。
オルフェも、黙ったまま村を見つめていた。昨日まで見てきた光景とは違う。夜の民が人を襲わないだけではない。村の住人もまた、夜の民がそこにいることを受け入れている。
*
村へ入ると、当然ながら三人に視線が集まった。畑の者が手を止め、家の前で道具を直していた男も顔を上げる。
「……あれが、昨日のダークエルフか?」
「たぶんな」
小さな声が聞こえ、アーシャの肩に力が入った。しかし、しばらく見ていた男も、やがて手もとの仕事へ戻っていく。
近くにいた村の男が、三人を見ながら言った。
「なんだ、思ってたより普通だな」
「お前、何を想像してたんだよ」
「いや、魔族って聞いたから、もっとこう……」
そこまで言って、男は近くを歩いていくスケルトンに目をやる。
「……まあ、今さらか」
二人はそれだけ言い交わして、また仕事へ戻った。トアドが何とも言えない顔でその背を見送り、アーシャも、少し呆気に取られている。
カイルが振り返り、アーシャたちに話しかけた。
「この村も、最初からこうだったわけじゃないですよ。スケルトンが墓地に出たときなんて、もっと大騒ぎでしたから」
ちょうど一体のスケルトンが通りかかり、村の女が声をかける。
「悪いけど、それ、倉庫の裏まで運んでくれる?」
「分カッタ」
スケルトンは置かれていた木箱を抱え、そのまま歩いていった。
「……本当に、普通に話しかけてる」
「まあ、慣れるとそんなもんですよ」
トアドは、しばらくその後ろ姿を見送っていた。
*
オズワルドの家には、すでに何人かが集まっていた。昨日の話を聞いたヘインとドーガンもいる。オルフェたちが入ると、さすがに全員の視線が向いた。
「ネル氏族の族長、オルフェ殿だ」
イリアが紹介すると、オルフェが頭を下げる。
「昨日は食料まで分けていただき、本当にありがとうございました」
オズワルドも立ち上がった。
「リエルの村長をしている、オズワルドです。事情は聞いています」
「こちらは、トアドとアーシャです」
二人も、それぞれ名乗る。ドーガンは腕を組んだまま三人を見ていたが、やがてぼそりと言った。
「ダークエルフってのは、見た目はエルフとほとんど変わらんのだな」
「肌の色が違うくらいですね」
アーシャが、少し不思議そうに彼を見る。
「……怖くは、ないんですか?」
「昔から、ダークエルフは魔族って聞いてたからな。まあ、多少は身構えたが……」
ドーガンは窓の外を指した。ちょうど、墓地のほうからスケルトンが二体、歩いてくるところだった。
「あいつらが村に出入りするようになったときに比べりゃ、この程度じゃ驚かん」
ヘインが笑う。
「五十人いるらしいぞ」
「……それは、別の意味で驚いたがな」
ドーガンの表情が、真面目になった。
「このままじゃ、家が足りんな」
オズワルドもうなずく。
「三人には、実際に村を見てもらったほうが早いと思って来てもらった。今ある家に五十人を入れるのは、無理だ」
オルフェは、すぐに答えた。
「我々も、いきなり皆を村の中に住まわせてほしいとは思っていません。安全に暮らせる場所が見つかれば、住居は自分たちで用意します」
「それなら、候補はある」
ヘインが立ち上がる。
「見に行こう。実際に見たほうが、話は早い」
*
一行は村を出て、しばらく歩いた。案内されたのは、リエル村の柵から少し離れた場所だった。片側には森があり、反対側には比較的開けた土地が広がっている。少し歩けば、沢もあった。
「ここなら村にも近いし、水にも困らん」
ヘインが周囲を見渡す。
「森に近いから、木も使える。問題は、家を建てるまでどうするかだな」
オルフェは地面にしゃがみ、土を手に取った。トアドとアーシャも、辺りを歩いている。
「どうだ」
イリアが尋ねると、オルフェは立ち上がった。
「我々には、ありがたい場所です。森から離れすぎても暮らしにくいので」
「ならば、一度ここへ移ってもらうか」
オズワルドが言う。オルフェは少し考えてから、うなずいた。
「氏族の者たちにも話してみます。ただ、おそらく反対する者はいないでしょう」
「木もかなりある。急げば簡単な小屋くらいは作れるだろうから、やるならさっさと始めちまおう」
トアドが、目をしばたたく。
「……手伝っていただけるのですか?」
「お前たちだけで、五十人が暮らせる建物を作れるわけないだろ。困ってるときは、お互いさまだ」
「……助かります。ありがとうございます」
話はすぐに、寝床をどうするか、どこから木を切るかといった具体的なものへ移っていった。
*
その日の午後には、ネル氏族の移動が始まった。老人や子供もいるため、リエルからスケルトンが何体か向かい、荷運びを手伝う。
昨日まで夜の民を恐れていた者の中には、最初、荷を渡すことさえためらう者もいた。だがスケルトンは、受け取った袋を黙って運び、指定された場所へ置いていく。
「あ、ありがとう」
幼いダークエルフの子供がそう言うと、スケルトンが振り返った。
「構ワヌ」
それだけ答えて、また次の荷を取りに戻っていく。母親は少し驚いた顔をしたあと、その背にもう一度、頭を下げた。
日が傾くころには、村はずれにネル氏族の簡単な野営地ができていた。張った布と木を組み合わせただけの寝床が並び、そのあいだを、子供たちが歩いている。
オルフェはようやく荷を下ろし、リエルのほうを見やった。
「これで、少しは落ち着けそうです」
「ああ」
イリアも隣に立つ。
「追手については、引き続きデュラハンに見てもらう。何かあれば、すぐに知らせるよう言ってある」
「何から何まで……」
「礼などよい」
イリアが先に止める。オルフェは少し笑って、頭を下げた。
少し離れたところでは、ヘインがネル氏族の何人かと話していた。
「何をしておる」
イリアたちが近づくと、ヘインが顔を上げる。
「この先の食べ物をどうするか、話してたんです。ネル氏族の人たちも、畑を作れるそうで」
オルフェがうなずいた。
「集落でも、野菜や豆は育てていました。森で採れるものだけでは、五十人を養えませんから」
「それなら話は早い。今の畑を少し広げて、そっちも使えばいい」
ヘインが棒で、地面に線を引く。
「この辺りなら、日も当たる。沢も遠くない」
アーシャがしゃがみ込み、土を指で崩した。
「悪くなさそうです。少し石が多いですけど」
「そこなんだよな」
ヘインが立ち上がる。目の前には、低い草と灌木が広がっていた。その先には、細い木も多い。
「まず、この草木と石を何とかしないとな」
ドーガンも、近くまで来ていた。
「森のそばだ。畑を作っただけじゃ、獣に荒らされるぞ。周りに柵もいる」
足もとを指す。
「畑にするなら、根まで抜く。石もどかす。柵の杭も、相当な数が必要になる」
トアドが、改めて周囲を見る。五十人が増えた分を支える畑となれば、小さな菜園では足りない。
「……結構かかりそうだな」
「皆でやればできるさ。ただ、収穫まで考えるなら、早く始めたほうがいい」
オルフェも考え込む。
「動ける者は出します。もともと、我々の食べる物ですから」
「こっちからも、何人か手伝う」
ヘインが答えた。
「よし、明日から始めよう」
*
そして翌朝、作業が始まった。
リエルの村人とネル氏族の者たちが、村の外に集まる。草を刈り、灌木を切る。太い石を掘り出して脇へ運び、邪魔な木に斧を入れる。始めてみると、思っていた以上に時間がかかった。
「こっち、まだ根が残ってるぞ!」
「分かってる! 今掘ってる!」
「この石、三人くらい来てくれ!」
あちこちから、声が飛ぶ。トアドたち若いダークエルフも、よく働いた。森で暮らしていただけあって、木の扱いには慣れている。一方、畑の作り方についてはヘインたちのほうが詳しく、どこまで土を起こすか、何を植えるかを相談しながら進めていた。昼を過ぎても、開けた土地は予定していた範囲の一部にしかなっていない。
イリアは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
ネル氏族の者たちも、食料をもらって待っているだけではない。老人や子供を除けば、ほとんどの者が何かしらの仕事を探して動いている。
ドーガンが、切り倒した木を見ながら大きく息を吐いた。
「思ったより手間だな。畑だけならまだしも、柵までとなると何日かかるか」
ヘインも汗を拭う。
「人手がもう少しあれば、早いんだがな」
その言葉を聞いて、イリアは作業中の者たちへ目を向けた。まだ手のつけられていない土地は、広く残っている。
「……人手か」
イリアが小さく呟く。
少し考えたあと、森の向こうへ目をやった。




