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夜の王は夢を見る ~目が覚めたらアンデッドが怪物扱いされていました~  作者: うみのもずく


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20. 人間と魔族と



 ルグナードから話を聞き終えたあとも、イリアはしばらく黙っていた。


 ダークエルフだから、奴隷にされる。魔族だから、人として扱われない。


 カイルから一度説明を受けてはいたものの、それを理由に故郷を捨てた者たちが実際にいると聞けば、やはり、納得できる話ではなかった。


「その者たちは、今夜は森で休んでいるのだな」

「はい。周囲にはデュラハンを巡回させています」

「ならば、今日はそのまま休ませてやろう。五日も歩いてきた者たちを、こんな時間に呼び出す必要もあるまい」


 ルグナードもうなずく。


「私も、そのほうがよろしいかと」

「話は明日だな」


 そう言って、イリアはようやく村のほうへ歩き出した。


   *


 翌朝。


 森へ朝の光が差しはじめるころ、イリアはリエルを出た。同行するのは、ルグナードとカイルだけだ。


 ネル氏族が人族を警戒していることは聞いている。それでもカイルを連れてきたのは、これから先、彼らがリエルと関わることになるかもしれないからだった。人族と夜の民が共にいる姿を、見せておいたほうがいい。


「もう少し先です」


 黒馬をゆっくり歩かせながら、ルグナードが森の奥を示す。カイルはその隣を歩いていた。


「五十人かあ、結構な人数ですね」

「ああ。子供や老人も多かった」

「五日も森を歩いてきたなら、かなり疲れてそうだな……」


 ルグナードの言葉を聞いて、イリアが少し眉を寄せる。


「先に、食べ物を持ってくればよかったか」

「いえ、まず話をしてからでも、遅くはないかと」

「……それもそうか」


 イリアは納得し、そのままダークエルフたちの待つ野営地へ向かった。


   *


 ネル氏族の野営地には、朝から少し慌ただしい空気が漂っていた。


 昨夜は、久しぶりに見張りを減らして眠ることができた。周囲をデュラハンが巡回してくれていたが、それを完全に信用できたわけではない。ただ、少なくとも夜が明けるまで、獣も追手も現れなかった。


「族長」


 残り少ない干し肉を朝食に分けていたオルフェが、振り返る。森の端で見張りをしていた男が、こちらへ駆けてきていた。


「昨日のデュラハンが来ました」

「ルグナード殿か」

「はい。ただ……ほかに二人、連れています」


 オルフェの手が止まる。


「どんな者だ」

「ひとりは人族の男です。もうひとりは……」


 見張りの男は、そこで言葉に詰まった。


「どうした」

「分かりません。人族の女のように見えるんですが……」


 オルフェは立ち上がった。


「トアド、アーシャ」


 二人がすぐにこちらを見る。


「一緒に来てくれ」


 三人は、森の外へ向かった。最初に見えたのは、ルグナードだった。黒馬に跨り、昨日と変わらぬ姿でこちらへ近づいてくる。その横には人族の青年。そして、もうひとり。銀色の長い髪を揺らしながら、黒いドレスをまとった女が歩いていた。


「……人族?」


 トアドが小さく呟く。アーシャも、目を離せずにいる。姿だけなら、そう見えなくもない。けれど、何かがおかしい。


 距離が縮まるにつれ、アーシャは自分の呼吸が浅くなっていることに気づいた。怖いのかと問われれば、そうなのかもしれない。目の前にいる女が、自分とはまるで違う存在だということだけは分かる。森に満ちていた朝のざわめきが、少しずつ遠のいていくような感覚があった。


 鳥は鳴いている。葉も風に揺れている。何ひとつ、静かになってなどいない。それでも、その女の周りだけは、深い夜の中にあるように感じられた。


「……アーシャ?」


 トアドに呼ばれて、ようやく自分が立ち止まっていたことに気づく。隣のオルフェも、同じものを感じているようだった。いつもなら相手を見定めるように細められる目が、今は銀髪の女に向けられたまま、動かない。


 ルグナードたちが、数歩手前で足を止めた。


「オルフェ殿」


 呼ばれて、オルフェはようやく我に返る。


「ルグナード殿。お待ちしていました」

「昨日の件で、改めて話をしに参りました」


 ルグナードが黒馬から降り、銀髪の女の半歩後ろへ、ごく自然に立った。その動きに、オルフェたちは驚く。


「イリア様です」


 オルフェの視線が、再び女へ向いた。


「イリアだ。其方がネル氏族の族長か」

「……はい。オルフェと申します」


 声を出すまでに、少し時間がかかった。イリアは不思議そうに彼を見てから、後ろの二人へ目を向ける。


「其方らも、昨日ルグナードと話した者たちだな」

「はい。トアドです」

「アーシャといいます」


 名乗りながらも、アーシャはやはりイリアから目を逸らせなかった。近くで見ると、なおさら妙だった。恐ろしいほどの存在感があるのに、威圧されている感じがしない。


 幼いころ、祖母から聞かされた言葉が、ふと頭をよぎる。夜は恐れるものではない。騒がしかった一日を終え、命が静かに息を整えるためのもの。なぜ今それを思い出したのか、アーシャ自身にも分からなかった。


「……どうした」


 イリアに声をかけられ、アーシャの肩が跳ねる。


「い、いえ。失礼しました」

「……?」


 イリアは首を傾げたが、深くは追わなかった。そのまま、野営地のほうへ視線を向ける。


「少し、中を見てもよいか」

「もちろんです」


 オルフェが案内する。イリアたちが野営地へ入ると、朝の支度をしていたネル氏族の者たちが、次々に手を止めた。視線が集まる。イリアへ目を向けた者は、ほとんどがそのまま動きを止めた。誰も、声を上げない。ただ、何人かの老人が、不思議そうにイリアを見つめていた。


 イリアは気にする様子もなく、周囲を見回す。毛布に横たわる老人。まだ眠そうな子供たち。木の根もとにまとめられた、わずかな食料。簡単な手当てを受けている男が、ひとりいる。


「怪我人は、あれだけか」


 オルフェが少し驚いたように答えた。


「大きな怪我をしている者はおりません。あの男も、逃げる途中で足を捻っただけです」

「そうか。子供たちは」

「疲れてはいますが、今のところは問題ありません」

「……食料は、あとどれほどある」


 オルフェは少し言いにくそうに、残っている袋を見る。


「切り詰めれば、三日ほどは」

「三日か」


 イリアが眉を寄せたので、オルフェは慌てて続けた。


「昨日、ルグナード殿に守っていただいただけでも十分です。これ以上ご迷惑をおかけするつもりは――」

「迷惑かどうかは、お前たちが決めることではない」


 イリアの言葉が、それを遮る。


「食料は、こちらから持ってこよう。五十人分となると、リエルの者たちとも相談せねばならぬが、今日食べる分くらいなら何とかなるだろう」

「……そこまでしていただくわけには」

「腹を空かせている者がいるのに、見て見ぬふりをするほど、私は薄情ではないのでな」


 オルフェは返す言葉を探したが、けっきょく、頭を下げた。


「ありがとうございます」

「礼は、すべて片づいてからでよい」


 少し後ろで聞いていたカイルが、ネル氏族の荷物へ目を向ける。


「水は足りてますか?」

「沢がありますから、水だけは何とかなっています」

「それなら、村から運ぶのは食べ物を優先できますね」

「……この近くに、人族の村があるのですか?」


 トアドの声に、わずかな警戒が混じった。


「リエルっていう村です。この森からそれほど遠くありません」


 その答えに、周囲のダークエルフたちも顔を見合わせる。オルフェが、カイルを見た。


「……その村では、夜の民と一緒に?」

「そうですね、最近はよく見かけますよ。墓地にスケルトンもいますし、夜はデュラハンやバンシーも巡回してくれてます」


 オルフェたちにとっては、信じがたい話だった。アーシャが、思わず尋ねる。


「……怖くないんですか?」


 カイルは少し考えてから答えた。


「もちろん、最初は怖かったですよ」


 横にいるルグナードを、ちらりと見る。


「でも、今も彼らを怖がってる村人は、いないと思います」


 その言葉に、アーシャは昨日の光景を思い出していた。荷馬車を守ったデュラハン。夜の森で、自分たちを守ってくれたルグナード。教えの中にしかいなかった夜の民が、この近くでは人族と共に過ごしている。


 オルフェが、イリアへ視線を戻した。


「……ルグナード殿から、我々の事情はお聞きになったのでしょうか」

「ああ。奴隷狩りから逃げてきたとな。……だが、昨日から考えていたのに、やはりよく分からぬ」


 イリアは、オルフェをまっすぐ見る。


「何故、其方らが奴隷として狙われる」


 オルフェは少し戸惑った。


「……我々が、ダークエルフだからです」

「それは見れば分かる」


 イリアの表情は変わらない。


「私が聞いているのは、何故ダークエルフなら捕らえて売ってよいという話になるのか、ということだ」


 オルフェは、すぐには答えなかった。


「……我々は魔族ですから。人族の中には、ダークエルフを攫っても人攫いだとは思わない者がいるのです」


 イリアの眉が、わずかに寄る。


「其方らにも親と子がいて、言葉を交わし、腹が減れば食べ、疲れれば眠るのであろう」

「それは……もちろん」

「ならば、ただの人間ではないか」


 オルフェが黙る。トアドもアーシャも、何も言えなかった。イリアは、彼らが言葉を失っている理由が分からないらしく、小さく首を傾げる。


「違うのか」

「……」


 オルフェは、何も言い返せなかった。


「私は、人間と魔族という分け方そのものが、未だによく分からぬ」


 オルフェが、わずかに目を伏せる。


「……人族の方に、そのように言われたのは初めてです」

「私は人族ではないぞ」


 オルフェが顔を上げた。トアドもアーシャも、同時にイリアを見る。カイルだけは、特に驚かなかった。


「では……あなたは?」


 オルフェが、恐る恐る問いかける。


「知らぬ。お前たちが私をどのように分類しているのか、むしろ聞きたいくらいだ」


 そう答えられ、オルフェは困ったように口を閉ざした。イリアはその反応にも構わず、話を続ける。


「其方らのこれからについては、このあとリエル村の者たちと話し合うつもりだ。だが、ここにずっといるわけにもいかぬだろう。追手のこともある」


 オルフェの表情が引き締まった。


「今日のところは、食料を持ってくる。其方らは身体を休めておけ。できるだけ早く、返事を持って来させよう」

「……よろしいのですか」

「何がだ」

「我々は五十人もいます。しかも、助けていただいても、お返しできるかどうか……」

「そんなもの、お前たちが助かってから考えればよい」


 イリアは、野営地の奥へ目をやった。子供がひとり、母親の膝に頭を乗せて眠っている。


「今は、疲れているのであろう。まずは休め。周りの警戒もデュラハンが行うゆえ、心配はいらぬ」


 オルフェはしばらくイリアを見つめてから、深く頭を下げた。


「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」


 話が一段落したところで、少し離れていた年配の女が、オルフェに近づいてきた。


「族長」

「どうした」


 女はイリアを見ている。その視線には、怯えよりも戸惑いのほうが強かった。


「この方は……宵の教えとは、関係のない方なのですか」


 イリアが女を見る。


「宵の教えか。昨日から何度もその名を聞くが、私は何も知らぬぞ」

「……そうなのですか」

「ああ、期待させてすまぬな」


 アーシャも、黙っていられなくなった。


「でも……」


 イリアがそちらを見る。


「何だ」


 アーシャは、一瞬迷った。


「初めてお姿を見たときから、ずっと変な感じがするんです」

「……変?」

「いえ、その、悪い意味じゃなくて……」


 言葉を探しながら、自分の胸もとへ手を置く。


「すごく怖いくらい大きなものを前にしてる気がするのに、不思議と嫌じゃないと言いますか……」


 トアドも、小さくうなずいた。


「俺も、似たような感じです」


 オルフェは二人の言葉を聞いてから、静かに続けた。


「私もです」


 イリアは、三人を順に見つめる。短い沈黙のあと、年配の女がぽつりと言った。


「昔、祖母から聞いたことがあります。夜は恐ろしいものではないと。生きる者が命に感謝をし、亡くなった者が静かに眠るための時間だと」


 イリアの青い瞳が、わずかに動く。


「……ほう」

「あなたを見ていると、その話を思い出すんです」


 昨日、ルグナードは夜の主について答えなかった。しかし、今日現れたこの女に、ルグナードは明らかに敬意を払っている。そして、彼女自身から感じる、説明のできない気配。偶然だけで片づけるには、重なるものが多すぎた。


「イリア様」


 オルフェが、静かに呼ぶ。


「ひとつだけ、聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

「構わぬ」


 オルフェは、一度息を整えた。


「あなたは……夜の主と、どのような関係にある方なのですか」


 森の中が、静まり返る。


 イリアは、目の前のオルフェを見つめた。

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