13. 夜は任せよ
翌日から、村の外周でも作業が始まった。
イリアの住まいを造るために集まったスケルトンたちの一部が、ドーガンの指示を受けながら、古い柵をひとつずつ調べていく。
「こっちはまだ使えるな。問題は森側だ」
ドーガンが柵を揺らした。木同士を結んでいた縄は緩み、支柱もわずかに傾いている。
「これじゃ、でかい魔獣が突っ込んできたら一発だぞ」
「今まで、よくこれで何とかなってたな」
隣にいたカイルが言う。
「何とかなってねえから、家畜を襲われてたんだろうが」
「それもそうか」
「おしゃべりしてる暇があったら、そっち押さえろ」
「はいはい」
カイルが柵を支える。少し離れたところでは、二体のスケルトンが太い丸太を運んでいた。
「ソコニ置ケバヨイカ?」
「いや、もう少し右だ。そう、そこ」
「承知シタ」
丸太が、地面へ下ろされる。
すべてを造り直すには時間がかかる。ひとまず傷みの少ない場所は補強にとどめ、森に近い側を中心に、太い支柱へ取り替えていくことになった。村へ入る道には門も造る。昼は開け放ち、夜は閉じておく取り決めだ。
「随分と大掛かりになったな」
作業を眺めていたイリアが呟くと、隣のシアネリスが答えた。
「イリア様がお命じになられたのでは?」
「少し手伝ってやれとは言ったが、ここまでやれとは言っておらぬぞ」
「どうせ直すのでしたら、きちんと直したほうがよろしいかと」
「……まあ、悪いことではないがな」
イリアは、それ以上口を挟まなかった。
近くでは、別のバンシーが村の外周を飛んでいる。柵を越え、家の屋根より高いところまで浮かび上がったかと思えば、そのまま倉庫の壁をすり抜けて、反対側から出てきた。それを見ていたカイルが、目を丸くする。
「……壁、関係ないのか」
「バンシーですからね」
シアネリスは当然のように答えた。カイルは飛んでいくバンシーを、目で追う。
「これなら、見回りには便利そうだな」
「ええ。高い場所から広く見渡せますし、建物があっても邪魔になりません」
「夜は、バンシーにも見回らせるつもりなのか」
イリアが尋ねた。
「そのつもりでございます。門や要所にはスケルトンを置き、周囲の確認はバンシーにも手伝ってもらおうかと」
「そうか、よいのではないか」
「ありがとうございます」
「其方、本当に何でも話を大きくするな」
「イリア様のご命令を、きちんと果たしているだけでございます」
「……そういうことにしておこう」
昼を過ぎるころには、森側の柵の補強もかなり進んでいた。すべてが終わったわけではないが、以前よりは、はるかに頑丈になっている。村人たちも手の空いた者から作業に加わり、門のまわりでは、ドーガンの怒鳴り声が幾度も響いた。
*
その夜。
完成した門の両脇には、一体ずつスケルトンが立っていた。昼は開いていた木の門も、今は固く閉じられている。村の外周では別のスケルトンたちがゆっくりと歩き、さらにその外側を、バンシーが巡っていた。
村の中は静かだった。ほとんどの家から灯りが消え、聞こえるのは虫の声と、風が木々を揺らす音くらいだ。
森の上を飛んでいた一体のバンシーが、ふいに動きを止めた。木々のあいだへ視線を向け、しばらくそのまま見つめたあと、村へ向かって一気に飛ぶ。柵も門も意に介さず、そのまま村の中へ滑り込んだ。
「森側ヨリ獣ガ四体、村ヘ向カッテオリマス」
夜の静けさの中に、はっきりと声が響く。近くの家に、灯りがともった。
「……今の、バンシーか?」
別の家の扉も開く。
「泣いてないぞ」
「普通に喋ってたな……」
眠そうな顔の村人たちが、外へ出てくる。その間にも、門に立っていたスケルトンたちは、すでに動きはじめていた。
「何ノ獣ダ」
「狼ノ姿ニ似テイマシタ。マモナク森ヲ抜ケマス」
「承知シタ」
三体のスケルトンが武器を取る。そこへ、カイルが弓を持って走ってきた。
「魔獣が来てるって?」
「アア」
「俺も行く」
「必要ナイ」
「いや、四体もいるんだろ?」
スケルトンが、カイルを見た。
「夜ハ、生者ガ休ム時間ダ」
「……は?」
「其方ラハ休ンデイヨ。我ラガ行ク」
そう言うと、スケルトンたちは門を開けて外へ出ていった。バンシーも、その後を追う。
カイルはしばらく、呆然と立ち尽くしていた。
「……寝てろって言われたんだけど」
後ろから来たドーガンが、斧を肩に担ぐ。
「らしいな」
「……どうする?」
「どうするって言われてもな」
二人で、門の外を見やる。森のほうから、何かが争う音が聞こえた。獣の唸り声。硬いものがぶつかる音。しばらく続いたそれは、やがて静まった。
「……終わったのか?」
「分からん」
カイルは弓を握り直す。
「ちょっと見てくる」
「ひとりで行くな。俺も行く」
近くにいた村の男がもうひとり加わり、三人で森側へ向かった。補強された柵を抜け、少し進む。森の手前まで来ると、月明かりの下に、いくつかの影が見えた。
「……いた」
カイルが足を止める。戦いは、すでに終わっていた。地面には、狼に似た魔獣が四体、倒れている。
「……灰狼か」
カイルが、倒れた一体に近づく。
「この辺じゃ珍しくないけど、四体まとめて村まで来ると厄介なんだよな」
一体のスケルトンが、剣についた血を払っていた。別の一体は、倒れた魔獣をひとところに集めている。上空ではバンシーが浮かび、あたりを見回していた。
「もう終わったのか」
「アア」
「怪我とか……は、するのか?」
「問題ナイ」
「そうか、よかった」
カイルは灰狼を見下ろす。どれも、すでに息はなかった。
「こいつら、村に近づいてたのか」
「アア。家畜ノ匂イニ引カレタノダロウ」
ドーガンも死体を見下ろした。
「四体全部、やったのか」
「村ニ入レル理由ハナイカラナ」
「まあ、そりゃそうだけどよ……」
スケルトンが一体の魔獣を持ち上げると、カイルが首を傾げる。
「それ、どうするんだ」
「村ヘ運ブ」
「持って帰るのか?」
スケルトンは、当然のようにうなずいた。
「命ヲ奪ッタノダ。使エルモノハ、出来ル限リ無駄ニシナイデクレ」
カイルが、少し黙る。
「肉とか皮とか?」
「骨モ使エルデアロウ」
「まあ、ドーガンなら使うか」
「俺に全部押しつけんな」
ドーガンが魔獣を覗き込む。
「でも、皮は使えそうだな。肉も、ちゃんと処理すれば食えるだろ」
「ナラバ持チ帰ロウ」
「お前ら、それ全部運べるのか」
「問題ナイ」
二体のスケルトンが、それぞれ魔獣を担いだ。もう一体も、残った二体へ手を伸ばす。
「ひとりで二体持つ気か?」
「持テルゾ」
「……そうだったな」
昼間にも似たやり取りをしたことを思い出し、ドーガンが苦笑した。
結局、スケルトンたちが灰狼を運び、カイルたちはその横を歩いて村へ戻った。門をくぐると、起きていた村人たちが集まってくる。
「それ、さっき言ってた魔獣か?」
「四体もいたのかよ」
「全部あいつらが?」
カイルがうなずく。
「俺たちが着いたときには、もう終わってたよ」
スケルトンたちは、魔獣を広場の端に下ろした。
「使エルモノハ、使ッテクレ」
それだけ告げて、再び門のほうへ歩きだす。ドーガンが声をかけた。
「おい、もう見張りに戻るのか」
「アア」
「少しくらい休んだらどうだ」
「必要ナイ」
「……便利な身体だな」
「夜ノ間ハ我ラガ見テイル。其方ラハ休ンデヨイ」
今度は、ドーガンも何も言い返さなかった。村人たちは運ばれてきた灰狼を眺めながら、門へ戻っていくスケルトンたちの背を、黙って見送った。
*
翌朝。
広場では、早くから灰狼の解体が始まっていた。使える肉を分け、皮を剥ぎ、骨もまとめていく。その様子を見に来たイリアは、四体の灰狼を前にして、小さくうなずいた。
「きちんと持ち帰ったのだな」
カイルが振り返る。
「イリアさんは、驚かないんですね」
「何にだ」
「こいつらを持って帰ってきたことですよ」
「命を奪っておいて、そのまま捨てるほうがおかしかろう」
イリアは、何でもないことのように言った。カイルはしばらくその横顔を見つめてから、門のほうへ視線を移す。そこでは昨夜と同じスケルトンが、変わらず周囲を見張っていた。
「……なるほどな」
「何がだ」
「いや、なんでもないです」
イリアは少し首を傾げたが、それ以上は尋ねなかった。
*
その日の夜。
仕事を終えて家へ戻る途中、村の男がひとり、門の前で足を止めた。スケルトンが、いつものように立っている。
「今夜も頼むぞ」
スケルトンが、男へ顔を向けた。
「任サレヨ」
それだけ聞くと、男は安心したように、家へ帰っていった。




