12. 王の住居たるもの
翌朝。
イリアが食堂へ下りると、すでにセシアが朝食の準備を始めていた。
「おはようございます、イリア様」
「おはよう」
いつもの席へ向かおうとしたところで、後ろからシアネリスも入ってくる。セシアの手が止まった。
「……その方が、昨日来た?」
「ああ。バンシーのシアネリスだ」
紹介を受け、シアネリスが静かに頭を下げる。
「昨夜より、イリア様のお側に控えております。シアネリスと申します」
「セシアです。イリア様から、少しだけ聞いてます」
まだ多少緊張しているのか、セシアはシアネリスを幾度かうかがいながら、卓に食事を並べていく。
「シアも食べるか。美味いぞ」
「私は結構でございます」
「そうか」
イリアは気にせず椅子に腰を下ろした。シアネリスはその後ろに、立ったままでいる。
「其方も座ればよかろう」
「いえ。私はこのままで」
「そうか?」
本人がそれでよいのなら、構わない。イリアがパンへ手を伸ばすと、その様子をしばらく見ていたシアネリスが、ふと食堂の中を見回した。
「イリア様」
「なんだ」
「こちらは……宿でございますよね?」
「ああ」
セシアが、わずかに眉を上げる。シアネリスはもう一度、周囲に目を巡らせてから尋ねた。
「では、現在のイリア様のお住まいは、どちらに」
「ここだぞ」
「…………」
シアネリスが黙り込む。イリアはパンをちぎりながら、顔を上げた。
「どうした」
「こちらの宿に、滞在なさっているという意味でしょうか」
「そう言っておる」
「御屋敷は」
「もうない。目が覚めたときには、崩れておった」
「…………」
今度は、先ほどより長い沈黙が落ちた。セシアが二人を見比べる。
「うちは、ずっと泊まってもらっても構わないけど」
「ありがとうございます。ですが……」
シアネリスは、そこで言葉を切った。
「ですが?」
「我が王が、宿の一室をお借りして暮らしておられるというのは……」
「何か問題でもあるのか」
「ございます」
即答だった。イリアは首を傾げる。
「私は眠る必要もないし、食事も出る。何も困ってはおらぬぞ」
「イリア様がお困りかどうか、という話ではございません」
シアネリスが、珍しく返答に窮した顔をする。
そこへ、食堂に入ってきたカイルが、二人のやり取りを聞いて足を止めた。
「何の話してるんです?」
「シアが、私に屋敷がないのは問題だと言っておる」
「ああ……」
カイルはシアネリスを見て、うなずく。
「まあ、王様ですもんね」
「其方まで、何を言っておる」
シアネリスは、深くうなずいた。
「少なくとも、イリア様がお戻りになられた以上、お住まいになる場所は必要です」
「ここでよいと言っておるだろう」
「よくありません」
「頑固だな」
「この件については、譲れません」
表情は普段どおり穏やかなままだが、どうやら本気らしい。イリアはしばらくシアネリスを見つめていたが、やがて諦めて朝食へ戻った。
「……はぁ、まあよい。好きにせよ」
「ありがとうございます」
カイルが横で、笑いを堪えていた。
*
朝食のあと、シアネリスは墓地へ向かうという。気になったイリアとカイルも、ついていくことにした。
墓地では、いつものようにスケルトンたちが掃除や見回りをしている。シアネリスの姿を認めると、近くにいた一体が足を止めた。
「シアネリス様」
「久しぶりですね」
「オ戻リニナラレタノデスネ」
「ええ」
短く言葉を交わしたあと、シアネリスが本題を切り出す。
「皆に頼みがあります」
「何ナリト」
「イリア様のお住まいを用意します」
スケルトンが、イリアのほうを見た。
「……我ガ王ノ、御住マイ?」
「ああ。どうやらシアは、私が宿にいるのが気に入らぬらしい」
スケルトンが、少し黙り込む。
「……以前ノ御屋敷ハ?」
「もうない。壊れてしまった」
「…………」
イリアは眉を寄せた。
「何故、同じ反応をするのだ」
隣で、カイルが吹き出す。
「骸骨だから、表情は分からないですけどね」
「そういう話ではない」
スケルトンはしばらく固まっていたが、やがてシアネリスへ向き直った。
「必要ナ物ハ」
「まずは、建物に詳しい生者へ相談しましょう。私たちだけで勝手に造るより、そのほうが早いでしょうから」
「承知イタシマシタ」
*
その日のうちに、ドーガンが呼ばれた。事情を聞いたドーガンは、腕を組んでシアネリスを見る。
「つまり、イリア様の家を建てたいってことか?」
「家、ではありません」
「……じゃあ、何だ」
「王がお住まいになる場所です」
「……同じじゃないのか?」
「違います」
ドーガンが、イリアに目を向けた。
「イリア様は、どのくらいの大きさがいいんだ」
「私は要らぬと言っておる」
「話が進まねえな」
頭を掻いたドーガンの横で、シアネリスが真剣に考え込む。
「最低でも、イリア様がお過ごしになる部屋と、大勢の夜の民が集まれる場所は必要でしょう」
「……大勢?」
「今はまだ少ないですが、いずれ増えますので」
「待て。随分と話が大きくなっておらぬか」
イリアが口を挟んだ。
「これでも、最低限でございます」
「どこが最低限なのだ……」
ドーガンも同じことを思ったのか、微妙な顔をしている。
「この村で、いきなり城なんか造れねえぞ。石も木も運ばなきゃならんし、人手もいる」
「人手でしたら、夜の民がおります」
「……ああ」
ドーガンは、墓地のほうを見やった。
「そういや、あいつら疲れないのか?」
「疲労は、ほとんどございません」
「そりゃ助かるな……」
話は少しずつ現実的な方向へ進み、村はずれに建てることで落ち着いた。いきなり大きな城を築くのではなく、まずは石と木を使った少し大きめの建物を造り、必要になれば後から広げる。
シアネリスはまだ何か言いたげだったが、ドーガンに、
「最初から全部やろうとしたら、いつまで経っても完成しねえぞ」
と言われ、一応は納得したようだった。
場所を確かめるため、皆で村はずれへ向かう。あたりを歩きながら、ドーガンが地面の具合や木の位置を見ていった。
「この辺なら悪くないな。村からも離れすぎてねえし」
「ここにしましょう」
シアネリスが決める。
「決めるのが早いな」
「問題がございますか?」
「……もう、好きにするがよい」
「では、ここで」
すぐに何体かのスケルトンが呼ばれ、倒木や大きな石を運びはじめた。ドーガンが指示を飛ばすと、彼らは素直にその通りに動く。
「そっちはまだ動かすな! 先にこっちだ!」
「承知シタ」
「二人で持て! 一人で全部やろうとするな!」
「一人デモ持テルゾ?」
「できるかどうかじゃねえんだよ!」
少し離れたところで見ていたカイルが、笑いを零した。
「ドーガン、普通にスケルトンたちを使いこなしてますね」
「何笑ってんだ! 暇なら、カイルも手伝え!」
ドーガンの声が飛んでくる。イリアも、小さく笑った。
作業を眺めるうちに、ふと村のほうへ目が向く。家々を囲む柵は古く、ところどころに補修の跡があった。森に近い側など、大きな獣が本気でぶつかれば、簡単に壊れてしまいそうだ。
「……シア」
「はい」
「どうせ皆に働かせるのなら、村のほうも少し手伝ってやれ」
シアネリスが、村を振り返る。
「村を、ですか?」
「ああ。世話になっておるからな。壊れかけた建物や柵もあるだろう。手の空いている者に手伝わせればよい」
「承知いたしました」
「墓の守りは疎かにするなよ」
「もちろんでございます」
近くにいたスケルトンも、頭を下げた。
「承知イタシマシタ、我ガ王」
*
日が沈み、村が静まったころ。
カイルは、家の外から聞こえた音に目を覚ました。何か硬いものが地面を踏む音が、ゆっくりと近づいてくる。
「……なんだ?」
窓から外をうかがう。月明かりの下を、二体のスケルトンが歩いていた。武器を携え、村の外周に沿って進んでいく。
「…………」
しばらく見ていると、今度は反対側から、別の一体がやってきた。
カイルは家を出る。
「おい」
声をかけると、スケルトンが振り返った。
「何ヲシテイル」
「いや、それはこっちの台詞だよ。何してるんだ?」
「村ノ警備ダ」
「警備?」
「我ガ王ヨリ、村ヲ手伝ウヨウ命ヲ受ケタ」
「……それで、警備?」
「夜トハ、生者ガ休息ヲトル時間ダ。夜ノ民デアル我ラガ見張ル方ガヨイ」
あまりにも当然のように言われ、カイルは返す言葉を失った。
「まあ……こっちとしては、助かるけども」
「問題ガアルカ」
「いや、ないけどさ」
スケルトンは軽く頭を下げ、再び歩きだす。カイルは、その背中をしばらく見送っていた。
*
翌朝。
「イリアさん」
朝食をとっていたイリアが、顔を上げる。
「なんだ」
「昨日の夜、スケルトンたちが村を見回ってたんですけど」
「……そうなのか?」
「知らなかったんですか?」
「村を手伝えとは言ったが、警備をしろとは言っておらぬぞ」
隣にいたシアネリスが、静かに口を開いた。
「村をお守りすることも、お手伝いのひとつかと存じまして」
イリアは、少し考える。
「……まあ、間違ってはおらぬな。其方が決めたのか」
「はい。ご迷惑でしたでしょうか……?」
「いや、よいのではないか。せっかくなら、今後も続けてやれ」
それだけ言って、イリアはまたパンを食べはじめる。カイルが呆れたように、二人を見た。
「そんな簡単に決まっていいんですかね……」
「何か困るのか」
「いや、むしろ助かりますけど」
「ならばよいではないか」
イリアは何事もなかったように、朝食を続けた。




